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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第一章
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三十一話

 数分遅れでトイレの前で待ち合わせ、さも情事に向かう男女のように、怪しまれないように共同トイレへと身を寄せながら入っていく。


 扉に鍵を掛けて汗を拭こうと、手にしていた布にチラリと視線を向けると突然、パンっと目の前で両手を合わせた一ノ瀬が眉根を寄せていた。


「むぅ~デレデレしすぎ!」


「してないだろ」


 そう言いながらポケットに涼子の下着を突っ込もうとするが、一ノ瀬がそれを奪い取る。


「むぅ~むぅ~!」


 頬を膨らませながら綺麗に畳んでソレをポケットに仕舞うと、一ノ瀬は右耳にインカムをつけて、もう一つを俺に手渡す。


 俺もそれをつけると黒いスマートフォンのような機械を操作する。


『こちらアルファ3、準備はできたわ』


 インカムから流れてきた声の主はアイリスだ。


「こちらはアルファ1、プランBに変更……目標は長尾組の稲田の部下、中島ケイタです」


 今朝殺したオッサン──長尾組の幹部の一人だが、その下の人間をどうこうしたところで、アイツに繋がる事は無いはずだが。


『アルファ2了解……これから向かいます。オーヴァー』


 ひどく簡潔な指示だが、プランBなんて言っていた事から、すでにある程度の作戦が立っていたのだろう。


 一ノ瀬がインカムを取り外し、それに倣って俺もインカムを取って一ノ瀬に返すと、さっき気になった事をぶつけた。


「今朝殺した稲田ってやつの部下だって調べは、ついてるのか?」


「うん。一応、長尾組の主要な人間の、顔と名前は全部覚えてるから」


 平然と言ってのけた事に驚きを隠せないが、現職警察がする見当たり捜索(・・・・・・)に似た技術なのだろう。


「中島ってヤツは殺すのか?」


「ううん! 拐って尋問するつもりだよ♪」


 さっきまでの仕事人の顔つきはどこへやら、今度はいつものふざけた様子に戻った。


「拐って尋問……でも稲田は親父(アイツ)の居所を知らなかった。その部下が知ってる可能性は低くないか?」


 先ほど抱いた素朴な疑問を口にすると、一ノ瀬は一瞬目を伏せどう答えるか迷った様子だったが、青い瞳を真っ直ぐに俺を見つめ、口を開いた。


「日向くんのお母さんなら……知ってるんじゃないかなって」


 ドクンっと心臓が早鐘を打った。今まで考えないようにしてきた母親の存在。


 俺がラブホテルに住んでいる理由。その答えは母親が長尾組の売春部門に深く関わっているからだ。


「そ、そうだな……たしかに母さんなら知ってるかもな」


 さすがに動揺を隠せない。長尾組の関係者を殺しているんだ。その可能性を今まで考えなかった方がおかしかった。


 母親はあの親父(クズ)の被害者だから、どこかで無関係な人間だと思っていたんだろう。


 アイツを殺したいほど憎む理由の一つに……いや大きな理由に母親が関係している。


「戻る前にもう一つ聞きたいことがある」


「うぅ? なにかな?」


 小首を傾げ、慈母愛に満ちた優しげな笑顔を向けられ、少しだけ生唾を飲んだ。


「涼子になんて返事をすればいい?」


「…………」


 笑顔のまま固まった一ノ瀬。


「取り敢えず涼子の提案に乗って、ホテルに誘って無防備になったところを(とら)える……なんてどうだろ?」


 無防備──それは互いに肌を見せ合うって事なんだけど、その意図を察しているのか、無言の一ノ瀬の額に十字型の怒筋が浮かんでいるように見える。


「い、いいんじゃないかなぁ~うん……」


「そ、そうか……じゃあそんな感じに誘引してみるから、一ノ瀬は上手く抜け出してくれ」


 いつもの「えへへ」っと蕩けた笑顔ではなく、乾いた声で「ハハッ」と笑う一ノ瀬を置いて、早々に共同トイレを後にした。



+++


 俺と数分遅れで戻ってきた一ノ瀬は、巧みな嘘で帰宅する旨を伝えると帰っていった。


 普段ならあたふたと言い訳が下手という演技をするであろうところを、一ノ瀬の嘘は嘘であると知っている俺ですら騙されそうなものだ。


 酒の入った涼子と共に、クラブを出てすぐにより深い路地裏へと移動する。


「涼子の箱って、まさか中華街じゃないよな?」


「まさか、あそこよ」


 そう言って指を指されたのは見慣れたラブホテル、俺の家というか間借りしている場所だった。


 「あーそうか……」っと返事すると、迷いなく二人で歩いていると右腕に柔らか何かが当たり、フローラルな髪の香りが鼻腔をくすぐる。


「さ、サービス満点だな」


「そう? これくらい普通でしょ。お金払ってもらうわけだし」


 そう言うものかと納得しながらも、自分だけ特別だったらなんて考えたが、その愚かさに頭を振って受付の前で部屋を選ぶ。


「どこにする?」


 そう聞かれてまず思い付くのは、自然に拘束できる機材が揃っているSMルームだ。


 三角木馬にX字の磔台、手足の拘束具に猿轡。


「ここ……なんてどうだ?」


 経験のない俺だって、初対面でしかも仲の良くない相手に、拘束具満載のSMルームなんて勧められたら、今の涼子のように嫌な顔になるだろう。


「えっ……あ、うーん……そうね」


 これから自身に振りかかる災難を予見したような青ざめた顔、そして完全に諦めたような目で俺を窺う涼子に対して俺は、毅然とした態度でSMルームのパネルを選び、当然のように宿泊を選択し清算するとカードキーを受け取った。


 内心は罪悪感で押し潰されそうだが、命が掛かった現場だ。


 ブレザーの内ポケットに仕舞う際に数秒だけ、Px4ストームの予備マガジンを握り勇気を貰うと、二階を目指してエレベーターへ向かう。


「ちょ、ちょっと。アメニティ持ってかないの?」


 ロビーに広がるアメニティグッズが整然と並べられた一角。


「必要ない……」


 嘘でも持っていけば良かったのだろうか。足早にエレベーターへ向かう道中、聞こえないとでも思ったのか。涼子がポツリと漏らした「ほんとサイテー」と聞こえた。

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