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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第一章
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二十九話

 濱田(はまだ) 涼子(りょうこ)に諭される形で──若干脅迫めいていたが──一ノ瀬は仕事を一時中断して、定期考査の打ち上げという訳の分からない行事に参加することになった。


 もちろん俺は数に含まれていない。


「なんで本郷までついて来てるのよ」


 歓楽街へ向かう集団の後方、俺は連中から少し離れた位置で追従しており、傍らには訝しげに俺を睨む濱田がいる。


「お前らに用事はない。一ノ瀬を呼んでくれ」


 今にも食って掛かりそうな目で睨まれるが、本当に殺意ある目を見てきたせいか数日前ほどの恐怖はない。


 それに一ノ瀬が居ないと仲間に連絡が取れないのだ。


 今までは不便に思わなかったが、未成年の俺は個人でケータイを契約できないし、する金もない。


 だから組織や仲間との連絡は、基本的に一ノ瀬か佐野、久世を通して伝えていた。


「なに偉そうに指示してんのよ」


 苛立ちを隠そうとしない濱田に目を向けられ、無言で一瞥すると「うっ」と小さな唸りを上げて身を退いた。


「あんた目おかしくない?」


 今度は心配と混乱を含んだ上目遣いだ。


「そうなのか……俺にはよく分からないな」


 そう言いつつ心当たりは山ほどある。


 一ノ瀬や久世、佐野らに見た殺人者の目──眠たげな目──をしていたらしい。


「アイス食べてる系?」


 抑えられた声音で聴かれたアイス(・・・)とは、恐らく《スピード》や《エス》などに代表される薬物の隠語だろう。


「こんな時期に……か?」


 努めて知らないふりをする。


 コイツが俺を「本郷(ほんごう)」と呼んだからには、親父のことを知っている可能性がある。


 賭場や風俗、薬物に手を出した人間なら、元締めの親父(アイツ)の名前を知って俺に近づく奴は少数ながらいる。


「そう? 冬に食べるアイス美味しくない?」


 俺が売人では無いと分かるや否や、裏社会の人間から普通の女子高生の仮面を被り直す。


「さぁな……それに最近は品薄だろ」


 普通の女子高生の仮面を被った濱田が、俺を値踏みするように睨む。


「そーなんだよね。私も最近、買えなくて困ってるんだ」


 買えなくて困っている──その心当たりは当然、俺たちが長尾組の人間を殺している事に起因している。


「アイス! 美味しいよねぇ~♪」


 突然割って入ってきたのは一ノ瀬だ。


 さっき俺が「一ノ瀬を呼べ」と言った事が聴こえていたのだろうか。ここ数日一緒にいて気付いた事の一つに、一ノ瀬の五感はかなり鋭いというものだ。


「うん! だよね! 今度ネットの評価がいいアイスクリーム屋さん行こうね雪ちゃん!」


 流石というべきか、さっきまでの刺々しい気配は何処へやらだ。


「それより品薄なの? よかったら私、この前いっぱい買ったから分けようか?」


 天然……な訳ないよな。一ノ瀬の事だ、さっきの会話を聞いていた上で調子を合わせているのだろう。


 笑顔に隠されたドス黒い陰謀。


 俺が何度も見てきた任務のために、平然と他人を裏切り利用する時の笑顔だ。


 そしてそんな事をつゆとも知らず、濱田も笑顔を向ける。


「ありがと! でもいくら冬だからって、家に帰る時には溶けちゃうよ?」


「あ、そっかぁ~♪ えへへ」


 俺がカマを掛けた方が上手く誘導出来そうだったが、組織においても任務の上でも個人裁量権なんてほとんどない。


 この前あったバーの一件のように、一ノ瀬以下の隊員は他の部隊よりも、個人裁量権は大きいらしいが、俺が己の判断で行動して最悪の結果をもたらせば、迷わず切り捨てられるだろう。


 だが今回は一ノ瀬も濱田へカマを掛けた。それはつまり、俺が誘導しても問題無いという事を暗に指しているはず。


「一ノ瀬も俺から買ったんだよ……」


 俺の小さな呟きに目を見開き、吐き捨てるように「サイテーね」なんて言われたが、聞かなかった事にして歩みを進める。


+++


 歓楽街の一角、雑居ビルの二階フロアより上にあるカラオケボックスに、俺意外の十人に満たない集団が和気あいあいとエレベーターへ乗り込み、二階フロアの受付に群がる。


 受付のチャラチャラした男は、連中の友人のようでバカみたいにデカイ声で話をしていた。


 そして遠巻きにそれらを眺めている俺の耳へ、批難する声が届く。


 目的の一ノ瀬はここへ着いた瞬間、トイレへ駆け込んだ。それはもちろん、俺が仲間たちへの連絡を要求したからなのだが。


「お待たせぇ~えへへ♪」


 トテトテと拙い早足で俺の元へ戻ってきた一ノ瀬が、恥じらいを込めた笑顔を向ける。


 日常的に有酸素運動を行う一ノ瀬のが、俺よりも足が早くスタミナがあるので、足早に駆け寄る姿が演技であることがわかる。


「じゃあ俺は帰るぞ。シフトが変わったから、久世の手伝いをしてくる」


「えぇ~もう帰っちゃうの?」


 甘えた声を出す一ノ瀬。久世と佐野に調査を続けさせているのだから、俺も手伝った方が良いと思うんだが。


 調査任務というのは、それなりに経験が必要らしいので、手伝ったところで「足手まといになる」っと言った理由からか。


「帰るとまずいのか?」


「え、えっと……」


 考え込むように項垂れ、チラリとその視線を濱田へと向けた。


 その目配せが意味するところは、あの女から長尾組の薬物売買の実態を調べる、と言った意味があるように見える。


「まぁ分かった……だが、その……俺はこういう賑やかなのは苦手なんだ」


「そうなの? むぅ~」


「だから俺は外で待ってるから、終わったら呼んでくれ」


 一ノ瀬が頬を膨らませながら、なにやら訴えたそうな顔をしているが、それを努めて無視してエレベーターへ乗り込む。


 あとは上手く一ノ瀬が濱田を誘導して情報引き出すなり、手の空いてるアイリスやエドゥアルドに命じて誘拐させるなりするだろう。


 エレベーターの扉が閉まる瞬間まで、一ノ瀬は恨みがましい目を向けていた。


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