二十八話
激動の数日間を経てクリスマスを一週間前に控える今日、寒空の元で俺は人を殺した。
白息を右手に握られた回転式拳銃に吐きかけながら、目の前に転がるパンチパーマの男の死体を見下ろし、俺は近くの室外機に腰かけた。
紺色のブレザーの袖に残る僅かな血液の痕は、もちろん俺のものではない。
目の前の死体──稲田は長尾組の若衆を束ねる数少ない幹部のような男だった。
その男の死体は、肩に一発、そして腹にもう一発の弾痕を受けて驚愕の表情で目を剥き息絶えている。
致命傷を避けたのは情報を引き出すため、数日間の射撃練習が功を奏して、走る男の肩に一発。
男いわく「ガキにぺらぺら喋るヤクザがいるか」らしいので、腹にもう一発撃ち込んで黙らせると、ヤクザの矜持は何処へ行ったのか「兄貴の居場所は俺にもわからない」っと言ってきた。
まぁ想像はしていた。実の息子──っと言っても愛されてはいなかったが──でも知らない事を、誰でも彼でも知っている筈が無い。
後は一ノ瀬がコイツの護衛を始末するまでに、遺留品を漁る。
俺がタバコでも吸っているなら、一服ついて仕事の満足感に浸りたいところだが、生憎と俺は寒さに身を震わせながら白息を吐くことしか出来ない。
そして香水臭い男のジャケットに手を入れ、スマホと財布、護身用の拳銃を抜き取ると、学生鞄からビニール袋を取り出し放り込む。
最後に俺の持っていたオフデューティの薬莢を抜き、薬莢と拳銃をビニール袋へ詰めると封をして、路地裏から少し離れた指定のゴミ箱へ入れる。
コイツを数時間後に来る、組織の情報部が回収する手筈になっている。
「日向くんお疲れさまぁ~」
陽気な声で軽やかにやって来た一ノ瀬が、目下の死体を一瞥すると右手に握られたグロッグ42を向けて迷い無く頭を撃つ。
「どうしたの?」
俺の顔を覗き込む一ノ瀬に「なんでもない」とため息混じりに答えると、一ノ瀬はグロッグを鞄へ仕舞いながら、細く冷たい指で俺の手を掴んだ。
俺のオフデューティは回収し、一ノ瀬のグロッグは持参というのは、一ノ瀬ほどは組織に信用されていないようだ。まぁ当然と言えば当然だが。
「そろそろ行かないと授業に遅れちゃうよ?」
「人を殺した後に行く気になれない……」
かといって僅かだが返り血を被っている。喫茶店で時間潰しってのは、通報のリスクがあるから却下だな。
むしろ一ノ瀬は稲田の舎弟三人を引き受けていたはず。
返り血どころか息も切れていない、平然といつもの微笑みを浮かべている。
「うぅ~でも今日は国語のテストだよぉ~?」
間延びした話し方に少し苛立ちを覚えたが、それよりも思い出される学期末テストの存在。
クリスマス一週間前ということは、俺たちの高校は冬季休業を目前にした定期考査の始まりということ。
殺し屋になった今さら学校など行く気にもなれないが、一ノ瀬は俺とは真逆で、平和──というべきだろうか?──な日常を謳歌したいらしく、学生は勉学が本分とばかりに家では勉強、仕事の合間も勉強だ。
すでに学年主席を張れるだけの成績なのに、悪目立ちしたくないらしく、テストの平均点を狙うという漫画の主人公みたいな立ち振舞いをする。
「そうだったな……分かったよ。行くから、手を離してくれ」
引っ張られるように立ち上がり、最近訓練続きで筋肉痛な体にむち打つ。
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どこかの漫画なら、授業中、テスト中関係なく片手を鍛えるためにハンドグリップを使ったり。
手足首に何kgの重りをつけたり、鉄の下駄を履かされ日常の中でも体を鍛えるみたいな事だろうが、そんな事はしていない。
と言っても似たような事はしている。背もたれを使わず、意識的に胸板を見せつけるように胸を張っていた。
一ノ瀬いわく「日向くんは猫背で姿勢が悪い」らしく、それを矯正するためにわざと胸を張っているんだが。
姿勢の悪さはそのまま呼吸量に比例するらしく、プロの格闘家もこうして日常的に胸を張って完璧な呼吸を意識するらしい。
勉強のおかげかいつもは空欄だらけの国語のテストも、少しは上手くいったようだ。
予鈴が鳴り響き、数少ない生徒たちから安堵と疲労が入り交じったため息と共に、みな銘々に談笑を始める。
数時間前に人を殺したワイシャツの袖には、赤黒い血の跡が残っており爪先には化薬の残り香。
一ノ瀬は血と消炎の香りはこの世で一番嫌いな匂いらしく、人を殺した後すぐに香水を振り、手を入念に洗っていた。
俺も詳しくは知らないが、犯罪心理に「罪悪感から手を洗わないと落ち着かない」っというものがあるらしいが、それに関係してるのか。
「お疲れさまぁ~皆で打ち上げやるんだってぇ~♪」
楽しそうに一ノ瀬を中心に話をしていたところを、わざわざ中断して俺の元まで来ると第一声がこれだ。
「そうか、バイトはどうする? 他の連中に変わってもらうのか?」
バイトとはもちろん殺しの仕事の事だ。
「う、うぅ~ん……──」
悩んでいる様子だが、今日の襲撃予定は今朝の連中だけで、他に予定は無い。
そしてなにより長尾組の力を削ぐことが目的の仕事なので、そもそも長期スパンの仕事になっている。
よって1日2日程度休みに使ったところで問題無いはずだが、部隊の長である一ノ瀬の判断を仰がなければならない。
「バイトなんて飛んじゃえばいいじゃん!」
悩む一ノ瀬の隣に現れたのは金髪にピアス、膝上まで捲られたミニスカートのクラスメイト。
「そ、そうなのかなぁ~涼子ちゃん」
名前なんて知らないが、顔くらいは見たことがある涼子と呼ばれた女は、一ノ瀬との仲の良さをアピールするように二人は密着する。
「本郷が変わりにシフトに入ればいいんじゃない? 私って天才!」
本郷と呼ばれて一瞬ハッとしたが、クラスメイトなら当然俺の本名を知っているか。
「それはそうと……お前は誰だ?」
当然の疑問を口にすると、一ノ瀬と女は顔を見合せ、女が驚愕と怒りを露に俺の胸ぐらを掴んできた。
「はぁー!? あんたとクラスメイトだよ! 濱田 涼子よ!」
耳元でギャーギャー喚きながら自己紹介された。




