二十七話
一ノ瀬と二人連れ立って歓楽街まで来て、よく分からない鼻歌を口ずさむ一ノ瀬に気になっていたことを質問した。
「今日って休校日なんだよな?」
たしかちょうど一週間前は学校が休みだったはずだ。
「うん! そうだよぉ~♪ あっ、この制服のこと?」
「そうだ」と首を縦に振るとご機嫌で、その理由を答えた。
「えへへ~今日は部活動見学やってたから、少し見てきたんだよぉ」
「青春ってやつだな。なんの部活にするつもりだ?」
意外すぎる。というかこれが普通の感覚なのだろう。
一ノ瀬 雪子という人間からくるイメージから、世間ずれした印象を受けるが、それは暗殺者として育った過去があるからだ。
根本的に普通の生活というのを満喫したいのかも。
「う~ん……今のお仕事が落ち着いたら、文科系の部活に入ってみたいかなぁ~。日向くんも一緒に入らない?」
詳細な部活動は決めていないらしいが、入る意思はあるようだ。そして俺は断固拒否したい。
「俺は嫌だ。わざわざ誰かに命令されて運動したり、身内ノリで寒いヲタク趣味もない」
「そ、そっかぁ~えへへ」
なにを笑っているんだと叩きたくなるような笑顔を向けられ、グッと拳をポケットへしまった。
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日が暮れていく中で二人だけの静寂が部屋を包んでいた。
荘厳華麗なタワーマンションにモデルルームのような清潔さに、一人暮らしにしては明らかに広すぎる。
「ここの問題、よくわかんねぇ」
ガラステーブルに広げられた教科書に参考書、ノートを写すという話がいつの間にか期末試験の勉強会になっていた。
「う~んとねぇ~ここはぁ──」
そして頭が悪い俺はさっきから一ノ瀬に質問ばかり投げ掛ける。
いつも頭の悪い言動を取る一ノ瀬は、意外すぎるほど頭が良い。
「なぁ一ノ瀬、なんでそんなに頭良いんだよ」
「ふぇ!? そ、そうかな? 私は普通に養護施設の勉強してただけだよ?」
驚きと困惑が入り交じったような目で、俺をチラチラ覗いてくる。
内心はそんなに焦っていなさそうだが、一ノ瀬は教科書片手に説明を続けた。
まるで家庭教師に教わっているような感覚だが、同級生という違和感が若干残る。
「──でもいつか外に出て、普通の学校に通っても恥ずかしくないくらいには、自主勉強してきたかなって感じだよ」
さっきの話の続きだろうか。いつものふざけた調子ではなく、どことなく信念を漂わせるような物言いに「そうか……」っとそれ以上深く聞かなかった。
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日が完全に沈むと自然と室内の照明が点きはじめ、エアコンから吹く温風が少しずつ強くなっていく。
「そろそろ休憩にしよーぜ。流石に何時間もぶっ続けはキツイ」
「あ、ホントだねぇ~えへへ」
一ノ瀬が教科書をガラステーブルへ置くと、ペタペタとスリッパを鳴らしながらキッチンへ向かった。
俺も教科書にノートを仕舞い、参考書数冊を積み上げて端へ置いた。
「はぁ~いお待たせぇ~」
甘ったるいカカオの香り、湯気が立つマグカップを差し出される。
「ありがとう……」
糖分が足りない頭にガツンとくる、ココアの甘さと暖かさに思わず「はぁ~」っと一ノ瀬と二人同時に呟く。
「そう言えば今朝の……アルヴァスとセレナだっけか? 龍一とどこ行ってるんだ?」
「えっとねぇ~お姉ちゃんが見つかったらしいから、調査してくるらしいよ?」
心臓の1オクターブ高くなった気がした。
「ち、調査ね。龍一って組織の中でも結構強いんだろ? 戦闘員が調査って変じゃね?」
「うぅ~んとね。お姉ちゃんって『異能』っていう不思議な力を持ってるんだけど、私たちみたいな普通の人間じゃ万が一出会った場合対象できないから……って事らしいよ♪」
一週間前に見た凍結に速度変化の能力、たしかに同じ能力者の俺も勝てる気がしなかった。それが普通の人間なら尚更か。
一ノ瀬はもちろん姉の能力を知っているだろうし、なにより情に絆される可能性がある以上、軽々に連れていけないって話だろう。
ってなんだか賢くなった気がするな。これも勉強の成果か?
「私たちのお仕事は、日向くんのお父さんを殺す事だからぁ~お姉ちゃんの事は今はそっとしておこ?」
「そうだな。俺には元々、関係ない話だ……」
初めて会った頃に氷華先生の存在について話したことがあったが、今は『組織』に所属する予定の身。
自分の保身を考えても、氷華先生と接触した話は控えていた方が、余計な危険は無いだろう。今朝もそう考えて一ノ瀬に真実を伝えなかった。
久世やアルヴァスのように簡単に人の心を読んでくる連中だ。一ノ瀬も口には出さないまでも、俺の一挙手一投足を観察しているだろう。
チラチラと一ノ瀬を窺うと、マグカップに唇をつけたままニッコリと微笑み返された。
「ココア美味しい?」
「まぁそうだな……もう少し苦くてもいいかもな」
「じゃあ次からはもう少し砂糖少なくするねぇ~♪」
初めて会った日の事を今でも鮮明に覚えている。
雨粒に打たれ濃厚な硝煙の匂いの中、刀を突き立てていた彼女と、いま目の前で一緒にココアを啜っている彼女。
同一人物の筈なのに、人殺しの姿と女子高生の姿は乖離しているように思えて仕方がない。
奇妙な違和感を胸に抱きながら、俺は『いずれ俺もそうなるのか』と僅かな不安を抱いた。




