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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第一章
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二十六話

 竜宮城に行った浦島太郎はこんな気持ちだったのだろう。


 目が覚めたら一週間経っていた。


 弾痕と血糊がついていたワイシャツは真新しい純白のシャツに変わっており、穴の空いたブレザーも新品になっている。氷華先生の気遣いだろうか。


 ワイシャツに袖を通し、グレーのネクタイを緩く絞めて、煤けたスラックスを履き最後に紺色のブレザーを羽織る。


 右腕は折れていたことが嘘のように、指先までしっかりと感覚がある。


 諸外国を凌駕するほど日本の医療が発展しているとはいえ、ぐちゃぐちゃな腕を切って新しい腕でも生やしたのだろうか。


 それにしては包帯は簡素だ。


 そしてまず最初に病室を出て気になったのが、普通の病院──七浜総合医療センター。


 七浜第一高校の近く、俺が通っている第二高校からは一駅くらいだ。


 地上一階の受付に声を掛けて帰ろうと、四基あるエレベーターのうち、一番最初に到着したエレベーターに乗り込む。


 先客が居たようで、俺が着ていた黄緑の患者服を着た女だ。


「あの、一階……」


 エレベーターガールじゃないわけだし、行き先を告げたところで気を利かせてくれるはずもなく。


 液晶ディスプレイに表示された『F1』を押すと、扉が静かに閉まった。


「ワタシのアカチャン……フフッ」


 誰と話しているのか女はブツブツとなにかを呟いている。


 やがて目的の一階に着くと女の横をすり抜けて降り、ふと振り返った。


 枝毛だらけの脂ぎった黒髪が目元を覆っているが、チラリと覗いた目には赤い光が宿っている。


『上へまいります』


 エレベーターからアナウンスが聞こえて、扉が閉まる僅かな間ジッと俺を見ていた気がした。


+++


 病院を出て第一高校の豪華な校舎を一瞥し、第二高校とのレベル差につばを吐き捨て駅へ向かった。


 一駅分歩くと流石に少し疲れたが、金がないので一息吐くこともできない。


 賑やかな駅前広場まで来ると、一週間前とは違う景色が広がっていた。


 それはクリスマスを彩るイルミネーションの準備だ。


「あぁ~! 日向くんだぁ~♪」


 俺が呆けていると、背後から間延びしたバカっぽい声が聞こえてき、振り返ると制服姿の一ノ瀬と、知らない二人の男女がいた。


「雪子の知り合い? ずいぶん腑抜けた顔してるわね」


 初対面で失礼なのは組織の人間なら、当たり前なのかと思ってしまうほどの毒舌家だ。


「えっと、日向(ひなた) 恭一(きょういち)って言います……」


 俺の挨拶を興味無さげに聞き流す、金髪のロングヘアに黒いローブ風のコートを着た女。


「あっそう……」


「セレナ失礼だよ。すまないね彼女は人見知りなんだ」


 セレナと呼ばれた金髪は宥めるのは、黒髪に青い目の優男。


「雪子の友達なんだってね。初めまして、僕はアルヴァスって呼ばれてるよ」


 セレナにアルヴァス……どこかで聞いた覚えあるような。


 そんな事を考えながら差し出された手を握る。シェイクハンドなんてアメリカ人みたいだ。


「警戒心は緩いようだね……それと僕はイギ……いや、中国人だよ」


 握手に応えたら嫌味を言われたし、どう見てもアジア人というよりヨーロッパ人だ。


「あんたも読心術ってやつを使えるのか」


「使えるなんてものじゃないよ。それに僕のは、ただの観察術だ」


 笑顔が眩しいイケメンだ。両手に花だろうが違和感が無いくらい。


「ところで日向くんはなにしてたの?」


「なにって……散歩?」


「そ、そうじゃなくて! 一週間も学校に来なかったよね!」


 間延びした声音で詰め寄られる。


「えっと……一週間前に腕を折ってな。その治療をしてて、さっき退院できたんだ」


 嘘はない。異能者との対決や氷華先生との件、あとは突然生えてきた腕なんかも伏せておかないと、厄介な事になりそうだ。


 なんて考えていると、アルヴァスは笑顔のままだが一瞬、眉根が動いた気がする。


「えぇ! 大丈夫なの!?」


「まぁ今ではこの通り」


 折れていた右腕の包帯を見せると、一ノ瀬は少し訝しむ様子を見せたが、すぐに「よかったぁ~」っといつもの調子に戻った。


「一週間も居なくなったらノート取れてないでしょ? 私の家で勉強しよ?」


 第二高校に通ってる生徒とは思えないほど真面目だな。


「えっと俺は……」


「あーもう! 歯切れが悪いわね! 断るならさっさとして」


 突然激昂したセレナに胸ぐらを掴まれ当惑していると、アルヴァスと一ノ瀬が同時に宥める。


「せ、セレナさん落ち着いて……」


「セレナ、雪子の意思を尊重しよう」


 二人に引き摺られるようにして離れると、鼻息荒く俺を睨む。


「ムカつく男……雪子も良くあんなのを仲間にしたわね」


「ひ、ひどいですよぉセレナさん……」


「そうだよセレナ。雪子と同年代の仲間なんて初めてなんだ」


 そうかやはり俺を貶すのが『組織』とやらの文化らしい。


「よぉ~3バカ! っとキョウじゃねーか、なにしてんだよ」


 聞き慣れた大声は龍一(りゅういち)だ。


 あぁそうか、セレナとアルヴァスと言えば龍一が言っていたんだっけ。


「だーれーがぁ! 3バカよ!!」


 アルヴァスと一ノ瀬の手を振りほどき、ズカズカと龍一に詰め寄るといきなり頭を(はた)いた。


「いってぇ!!」


 セレナが龍一を叩く瞬間、コートの袖からチラリと見えた、変わったタトゥーが印象的だった。


「龍一、セレナ……揃ったら早く行こう。時間が惜しい」


 アルヴァスがさっきまでの柔らかい笑顔を忘れ、神妙な面持ちに変わると、いつもふざけた様子の龍一とさっきから怒ってばかりのセレナも急に冷静になった。


「それじゃあ雪子、恭一、僕らは失礼するよ」


「はぁ~い! 皆いってらっしゃ~い♪」


 アルヴァスにすれ違いざまに「雪子をよろしく」と呟かれ、三人は第一高校の方へ行ってしまった。


「じゃあ私たちも行こっか日向くん!」


 そう言って一ノ瀬は傍らに寄ってくると、二人連れだって歩き出した。なんだか初めて出会った日を思い出してしまう。


 太陽が真上に来ているというのに、寒さは変わらない。そんな冬の日の昼間の一幕だった。

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