二十五話
また知らない天井だ。人生で二度目の体験。
淡い白熱電灯に独特な薬品の香りと、シーツの衣擦れ音に視線を落とすと黄緑色の患者服。
そして指先が僅かにピリつくように痛む右手。
「右腕あるじゃん……」
前腕から上腕に掛けて丁寧に巻かれた包帯、そして胸元を見れば傷口が塞がって皮下から膨らむように出来た弾痕が、現実を思い出させる。
「あら、ようやく目が覚めたのね……」
コツコツとリノリウムの床を鳴らし、間仕切りのシーツを引いて現れた氷華先生は、いつものように純白の白衣に死んだ魚のような青い目をしていた。
「俺の腕……切り落とすとかって言ってましたよね?」
「えぇ切り落としたわよ? 見る?」
人の身体をなんだと思っているのか、一ノ瀬といい氷華先生といい、一本ネジが飛んでいる人の思考は非常に読みにくい。
俺は丁重にお断りすると「そう」っと興味無さげに返答された。
「一週間は目が覚めなかったわね。腕を繋いでナノマシンを打ったから、もう動くんじゃないかしら?」
「まぁ動きますけど、まだ結構痛いです」
筋肉痛のように少しでも動かすとピキリと神経痛が走り、手を動かすと指が鈍く痛む。
「リハビリが必要かもしれないわね」
そう言って氷華先生は俺の手にテニスボールを握らせる。
「あの、治療費って……」
痛みに耐えながらテニスボールをニギニギしながら、本題を切り出すと氷華先生はベッド下からスツールを取り出して座る。
「今回も治療費の代わりに、雪子の話を聞かせてくれるかしら?」
ネジが飛んでいる二人の姉妹だが、唯一理解できることがある。
それは互いにただ一人の家族である姉と妹を想いあえるというところだ。
「俺が知ってるだけですけど」
「それだけで構わないわ」
念押しして話を始めた。まずは俺と一ノ瀬との出会い、一ノ瀬と話したこと、バーでの襲撃の件。
眠っていた一週間と同じくらいの日しか一緒に居なかったのに、こうして言葉にしていると本当に色々あったと感嘆する。
そして一時間ほど一人で話していると、流石に話すような内容が無くなってきた。
「あ、そういえば氷華先生は組織に居たんですよね?」
ピクリと先程まで落ち着いて、俺の話に耳を傾けていた氷華先生の眉にシワが寄った。
ふと思い出した疑問を口にして、しまったと口を塞いだが、氷華先生は小さなため息と共にいつもの死んだ魚のような目を向ける。
「ふぅ~そうね。居た、というより私たちが作ったのよ?」
「私たちって言うと?」
「貴方は知らない人ばかりかもしれないけど、ゼロと私と赤井 龍一、ソルジャックとカルロス・バレットにヘスス。この六人で作ったの」
その口振りから自慢とか誇りなんてモノより、今にも皮肉めいた苦笑が聞こえてきそうなほど、沈んだものだった。
「じゃあなんで組織を抜けたんですか? 一ノ瀬が心配してました」
自分でもびっくりするぐらいのKY発言(死語)だ。口が滑るとは良く言ったもので、話し出した言葉を遮ることはできなかった。
「そう。心配させた事は申し訳なく思っているわ。でもあの子の為でもあるのよ? 龍一の考え方や思想にはついて行けなかったから、私たちはこうして別の道を探しているの」
「別の道?」
俺の言葉にフッと口の端を歪めて、スツールから立ち上がった。
「本郷 恭助くん、貴方が生まれた目的を思い出せたら、教えてあげるわ」
「目的ってなんですか!」
勢い余って握り込んだテニスボールがパンっ! と弾けた。
あまりの大きな音に驚き右手から落ちたテニスボールだったものを、氷華先生が拾い上げると黙って白衣のポケットにしまう。
「午後には退院できるように手配してあるから、ラックに入っている制服に着替えなさい」
それだけ言い残すと白衣をはためかせながら、身を翻しコツコツとリノリウムの床を鳴らしながら病室を出ていった。




