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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第一章
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二十四話

 薄暗い診察室の光源は僅かで、いくつか割れている蛍光灯と氷華先生の傍らに置かれたノートパソコンだけだ。


 そして差し向かいに座り、左手にはめた黒革の無骨な手袋を顎へ当てて思案する姿は、一つの芸術品のように美麗であった。


「今の話を整理すると貴方はつい昨日、異能に目覚めたようね」


「えぇ、まぁ……珍しいんですか?」


「珍しくは無いわ。ただ生まれ持った異能と違って、成長途中に発現した能力は純粋な能力者(・・・・・・)に劣る……くらいのデメリットしかないもの」


 そう言って氷華先生は傍らに居た長身の外国人に、机の上に無造作に置かれたカッターナイフを渡す。


「ソル、貴方の力を見せてあげて」


「…………了解した」


 流暢な日本語で答えるソルと呼ばれた外国人はカッターナイフを受け取ると、平然と自分の指を切ってみせる。


「『high&low』……」


 外国人が呟き金色の瞳に宿る白い光が現れたと思ったら、氷華先生の元から少し離れる。


 マントをはためかせながら、優雅に身を翻したと思ったら、突然の風切り音と共にカッターナイフが俺へ向けて投げられた。


「うわっ!」


 咄嗟に左腕で顔面を庇い数秒間、静けさは変わらず氷華先生の冷たい手が俺の腕を下ろすよう促す。


「見なさい……」


 低く落ち着いた声で語り掛けられ、ゆっくりと目を開けると刃に血のついたカッターナイフが中空を静かに踊っている。


「ソルジャックの異能は『high&low』彼の身体の一部となったものは、その速度を自在に操れるのよ」


 そう言って氷華先生は説明を終えると、死んだ魚のような青色の瞳に青白い光を宿す。


 氷華先生の虹彩に光が宿ると途端にこの部屋中に霜が張り、空調の暖風が止まり、俺や氷華先生、外国人の口から白息が漏れた。


「そして私の異能は『絶対零度(ぜったいれいど)』セルシウス度で-273℃つまり0ケルビンまで温度を操れるのよ」


 そう言って氷華先生は椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらへ向かってくるカッターナイフへ黒革の手袋をはめた手を向けた。


 その瞬間カッターナイフは今までの遅鈍な動きを忘れ、瞬く間に氷華先生の手の平へ向けて飛んで来る。


「凍りなさい……」


 白息を吐きながら呟かれた言葉を皮切りに、カッターナイフがまさに手に刺さろうとする刹那。


 バリバリと音を立てて革手袋の上から氷柱がナイフを飲み込み、凍り付けの立派な彫刻が完成した。


 そしてその氷柱を俺へ向け、「理解したかしら?」と言うと氷の彫刻はカッターナイフごと砕け散る。


「それで日向 恭一君……貴方の異能はなにかしら?」


「俺は……『(えにし)』物質同士を鉄鎖で繋ぐ能力です」


「そう、珍しい能力ね。肉体強化や速度変化、一般的に超常能力とされるモノが多いのだけれど、貴方の異能は願望に起因したナチュラルなのかもしれないわね」


 『ナチュラル(・・・・・)』聞き馴染みの無い単語に小首を傾げると、氷華先生は再び椅子に深く座り直し口を開いた。


「ナチュラルというのは、私や貴方のよう自然に異能が発現した人間のことを私はそう呼んでいるわ。逆にソルジャックやそこにいる──」


 そこ(・・)と言われて深い影を指差すと、唐突にのそりと影が動いた。


「──カルロスたちのように、薬物や人体改造、精神操作によって人工的に生まれた能力者はアンナチュラルね」


 カルロスと呼ばれた影の正体は、漆黒の装束に身を包み、背中に短い日本刀を二本携えた巨漢。


 一言で表すなら『忍者(にんじゃ)』だ。


「アンナチュラルに共通するのは、自分の望んだ能力ではない為に、異能を100%引き出せない。つまりナチュラルに劣る能力者というわけよ」


 俺や氷華先生に劣ると言われても、二人の男は眉一つ動かさない。


 今言われた事がそのまま世界の常識であるかのような反応だ。


「ちょっと待ってください。そーすると、俺はこんな鎖を出すだけの異能を望んだって事ですか!?」


「願望を形にした結果、そういう異能が発現したってだけよ。神様も人間の願いをなんでも叶えてあげるほど、お人好しじゃないって事でしょう」


「神様なんて非現実的なもの居るわけないですよ」


 科学が多くを解明する世の中で、神や仏にすがる人間は弱者だと俺は思っている。そんな俺に同調するような目を向け、氷華先生は軽く笑う。


「フフッ私も神の存在なんて信じてないわ。でもこんな常人離れした能力、取り敢えず神様って事にでもしてないと納得できないのよ」


 口元を隠しながらクスクス笑う氷華先生に、始めて人間らしい反応を見た気がした。


「話が脱線しちゃったわね。貴方の右腕の件は私に任せなさい」


「ありがとうございます。またナノマシンってヤツですか?」


「ナノマシンを使っても折れた右腕は元に戻らないわ。だから今から貴方の腕を切り落とそうと思うわ」


 平然と俺の右腕を指して四肢切断宣告に血の気が引いた。


「ち、ちょっと待ってください! たしかに複雑に折れてるみたいだけど、レントゲンも撮らずに簡単に切り落とすって!」


「貴方の場合、切り落とした方が早いのよ。カルロス……」


 氷華先生が顎で指示をすると大きな影は、いつの間にか俺の背後に立ち太い腕が俺の首を絞めた。


「ぐっ! がぁぁあ!!!」


 右腕に力を込めようとして激痛が走り、勢い余ってスツールを蹴飛ばし左手で丸太のように太い腕を殴るがびくともしない。


 呼吸困難より先に意識がフワフワしてきた。


 全身に込めようとする力が抜けてくる。


 そしてものの数秒で俺は、深い微睡みへ意識を落とす。



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