二十一話
酒気に呑まれたのか、少しぼんやりする頭のまま六人揃って居酒屋を後にする。
会計はもちろん隊長様こと一ノ瀬が支払ったようで、明らかに最年少の彼女に奢られるコイツらは、慣れた様子だった。
「いやぁ~旨かったわね。キョウイチ……だったかしら? 良い店知ってるじゃない!」
ドンと肩を殴られ、見ればアイリスは少し頬が紅潮している。
そりぁビールばかり10杯以上飲んでいたんだし、いかにアジア人より肝臓が強い欧米人でも、酩酊の色が見えるものだろう。
「そ、そりゃどーも……」
今さら初めて入った店なんて言い出せない。
「うんうん! 美味しかったよねぇ~♪」
一ノ瀬もピョコピョコと小さく跳ねながら、小動物のように喜んでいる。
「うっ……気持ちわりぃ……」
さっきまで便所で吐いていた佐野は、青白い顔色で口元を必死に押さえながら久世の肩を借りていた。
「はぁ~だから止めときなさいって言ったのに」
呆れた様子の久世は、佐野へビニール袋を手渡す。
というかコイツら揃いも揃って、数時間前まで人を殺して、掃除して、拷問かましてたのに平気で飲み食いするんだな。
豪胆を通り越して異常だ。
「日向くんはあんまり食べてなかったね? だいじょーぶ?」
心配そうに顔を覗き込む一ノ瀬だが、たらふく食べられるコイツらと違って、俺は今でも引き金を引いた痛みが人差し指に残っている。
それに生暖かい血を浴びた感触、身を穿たれる痛み、悲鳴と慟哭の混じった断末魔、そして死に行く男たちの苦悶の顔だ。
思い出せば臓腑が熱くなる。俺は人を殺した。
「あんまり食欲がないだけだ。大丈夫……」
大丈夫な訳はない。それを悟ってかエドゥアルドが一ノ瀬の肩を優しく叩き、頭を振った。
「じゃあ私とエドは支部へ帰るわね。また動きがあったら連絡する」
「うん! おやすみぃ~アイちゃん!」
一ノ瀬が大きく腕を振って見送ると、巨漢のロシア人と金髪のアメリカ人は夜の街へ消えていった。
「ジュンがこの調子だし、私達も帰るね?」
「ふっざけぇんなぁ~チカァ……おりゃまだのめぇるぞぉ~」
呂律の回らない佐野が片手をフラフラと上げながら、真っ赤な顔を俯けている。
「はいはい、行くよぉ~ジュン」
何か呻いている佐野を無視して引きずるように、アイリスたちが消えていった方向へと向かって二人は歩きだした。
俺は小さなため息を吐いて傍らの一ノ瀬をチラと見ると、相変わらずニコニコと張り付いた笑顔を見せている。
「ん? どーしたの?」
「あぁ、一ノ瀬はどうすんのかなって」
「私はねぇ~う~ん……帰ろうかな?」
「そうか、じゃあ俺はここで」
俺が居酒屋の隣の路地裏を指差すと、一ノ瀬はキョトンとした顔を向ける。
「そっちは風俗街……じゃなかったっけ?」
「そうだよ。俺の家と言うか、ねぐら? がある」
それだけ言うと一ノ瀬は何も言わず、俺はビールケースを避けて進む。
少し進んでから振り返ると、一ノ瀬は微笑を浮かべたまま腰の辺りで小さく手を振って俺を見送った。
饐えた匂いとアルコールと紫煙の香りが立ち込める陰気な路地裏のアスファルトを踏み、無数の室外機が並ぶ三日前に殺され掛けた場所まで来た。
「死体は……あるわけ無いか」
恐る恐る死体があった路地を見るが、血痕すらない綺麗なものだ。
清掃部隊を有する組織の仕事だ。俺を治療したのも、久世ではなく組織の人間と言っていたのだから、ここへ他の部隊も来ていたというのは自然な話。
じっと地面を眺めていると、背後から人の気配がして咄嗟に振り返った。
「こんばんわ……センパイ……」
そこには濡れたような黒髪をうなじのあたりで結ってい、いわゆるおさげ髪だ。
それに昭和を感じる丸メガネに、俺が今着ている紺色のブレザーとは違い、明るい色のブレザーに壮麗な刺繍が施された制服は『七浜第一高校』のもの。
「あぁ、どうも……」
不穏な空気を感じるのは気のせいだろうか。
「センパイ、あぁセンパイ! 探しました!」
丸メガネの女が、艶やかなギターケースを撫でながら微笑む。
「先輩って言われても、俺は高一なんだが?」
「関係ありませんよ。センパイは私を助けてくれた人生の先輩ですから……」
ヤバい。超ヤバい女だ。何がヤバいって、目がヤバい。
助けてくれたと言っているが、たしか昨日の夜にチンピラに絡まれていたような気がする。
そんなヤバい女は、蕩けた表情に狂気を孕んだ目でこちらをジッと見ながら、ギターケースのチャックをジリジリ下ろしている。
「大好きなセンパイ……最愛のセンパイを私が殺すんですね」
度しがたい。理解に苦しむ。
「ちょ、ちょっと待てよ。たしか昨日、助けた子だよな? まぁ助けたって言う程の事はしてない筈だが」
意外にも落ち着いてるな俺。
そう言いながらも左足は一歩下がっている。
「謙遜なんて……ますます好きになります! 私は栫井 幸奏です。大好きなセンパイには、ゆ・か・な♪って呼んでほしいですね」
そう言いながらギターケースから取り出したのは、禍々しく思えるコードレスの長大な電動チェーンソーだ。
特大のバッテリーを差し込んだチェーンソーを一度回せば、さっき佐野が持っていた、エンジン式のチェーンソーとは違いけたたましい駆動音は鳴っていない。
「栫井 幸奏っか……俺は──」
「──知ってますよ! 本郷 恭助センパイ、8月1日生まれの獅子座」
偽名を名乗るつもりだったが、さすがはメンヘラストーカー。俺の名前と誕生日まで知ってるなんて。
やっぱりヤバい。さっきからバリバリと音を立ててチェーンソーを猛らせている。
しかも今の俺は手ブラ。
たしかに俺の体は頑丈なのかもしれないが、流石にチェーンソーの回転刃を受けて生きていられる自信は無い。
さっき手に入れた力『縁』へ意識を向けて想像する。
周囲の室外機起点に無数の鎖を張り巡らせるイメージをしていると、視界の端に青白い光が浮かび上がる。
「フフッ……フフフフ!」
突然不敵に笑い始めた栫井を無視して、踵を返した瞬間叫んだ。
「縁!!」
背後でガシャリガシャリと重厚な金属の鎖が現れる音を聞きながら、一気に路地裏駆けた──その刹那。網のようなモノに絡まった。
「『荊』逃がさないですよ? センパイ!」
栫井の声が背後から聴こえ、強烈な金切り音と眩い閃光が俺の影を濃く映していた。




