二十話
「生3つに烏龍茶3つちょうだい、それと……」
慣れた様子で飲み物とつまみを注文すると、びっくりするほど早く注文の品が届いた。
ジョッキに入った生ビールと烏龍茶、枝豆に鶏モモ肉の唐揚げ、刺身、天ぷら盛り合わせ。誰が頼んだのかブリの照り焼き。
乾杯の音頭を取ること無く、酒を呷る
「ぷはぁ~一仕事終わった後の酒はうめぇ~!」
上着を脱いで露になる単色のトライバルタトゥー、佐野は陽気にビールを嚥下する。
「う~ん! 運動した後のご飯は美味しいねぇ~♪」
斜向かいの久世が至福の表情で、烏龍茶片手にからあげをモグモ貪る久世。
「この間の仕事、雪子1人だったけど大丈夫だったの?」
ブリの照り焼きをチビチビ、ツマミながらキンキンに冷えた生ビールを飲み干すアイリス。
「ふぇ? このあいだ? ……あぁ、日向くんと出会った時の事だね!」
飲みの席でも仕事の話をし始める一ノ瀬。
アイリスの言ったこの間──とは俺がヤクザに撃たれ、一ノ瀬に助けられた路地裏の事だろう。
「そう、その日よ。たしか【No.=z】の依頼で雪子だけの特別任務だったらしいけど?」
「龍一くんが1人で来てくれって言うから、何かと思ったら長尾組の若頭、日向くんのお父さんが仕切ってる賭場で行われる集会を潰す事だってぇ~♪」
「雪子……それ、本人の前で言う?」
心配そうな顔で俺を見るアイリス。
一応気に掛けてもらえたが、俺がアイツを殺したがっているのは、一ノ瀬も知ってる事だし寧ろその話を聞けてラッキーだ。
「俺は気にしてない……」
「そう? ならいいんだけど」
「それでね! 二十人くらいかな? わたしが刀で斬って龍一くんが援護してくれてたんだけど、1人だけ逃げちゃったの……ソレを追い掛けてたら日向くんに会ったって訳! どうどう!?」
眼をキラキラと耀かせ、突然俺の腕を掴んで身を寄せてきた。
こ、この店空調キツくね?
「あぁ~もしかしてユキちゃん、この間貸した少女漫画みたいってことぉ?」
少女漫画って……まさかあの危機的状況を指して、運命の出会い的な事が言いたい訳か?
まさか、だとしたら一ノ瀬の感性はヒトとして終わってる……
少なくとも俺にとっては、生きるか死ぬかだったんだ。
「うんうん! アイちゃんとエドさんは、ミラーから得た情報の整理はできた?」
「ミラー?」
俺が思わず口を挟んでしまったが、傍らの一ノ瀬がニッコリと微笑む。
「この街の中華街、そこを仕切る三合会は関西の指定広域暴力団、菊水会の直参──羽籠組と手を組んで長尾組を排除しようとしてるの……」
耳元で囁かれる裏社会の事情。
久世と同様に簡単に話してくれる内容は、一般人である俺にはおおよそ想像できない内容だった。
この街は言わずもがな、ヤクザやマフィア、反グレ集団で僅かな縄張りでシノギを削っている。
その中でも古株の長尾組は、七浜の歓楽街を仕切りその資金の豊穣さは他の組織と比較にならない。
豊穣な資金とは先ほど久世の言っていた新羅カンパニーの後援か、防衛装備庁との癒着のおかげってことだろうか。
そして逆に件の羽籠組は港の覇権を掌握し、違法薬物、賭博、風俗と人身売買らしく、それらを日夜港で取引を行っているらしい。
港には海外から流れる銃火器もあり、一ノ瀬たちはその裏を取るために麻薬カルテルのメンバー【ミラー】という人物を尋問したそうだ。
「それでそのミラーって奴はどうなったんだ?」
「ふぇ? ちゃんと殺したよ?」
ニッコリと微笑みながら答える一ノ瀬。聞いた俺が悪かった。
先ほどの質問にアイリスはエドゥアルドを一瞥すると、一ノ瀬へ向き直り、懐からスマートフォンの画面を向けてテーブル中央へ置く。
「調査の結界、カルテルと接触するヤクザを見つけたわ。場所は赤レンガ倉庫の三番倉庫付近の埠頭よ」
小さな街灯の下、ピシッとしたスーツ姿の黒人が三人と、ワインレッドの派手なスーツにヒョウ柄という絶望的なファッションセンス。
まさに今朝見たヒョウ柄の男──羽籠 隆義だった。
「羽籠 隆義……」
俺の呟きにアイリスと一ノ瀬から目を向けられた。ちなみに佐野と久世はなにやら談笑している。
「日向くん知ってるの?」
「あぁ……まぁ」
俺の生返事に驚いた様子のアイリスは、口角を歪める。
「羽籠隆義といえば、若干二十代で組長まで成り上がった異例の極道よ」
「ほぇ~スゴいんだねぇ~♪」
間抜けな声をあげて感心する一ノ瀬が、アイリスのスマホを手に取ると何気なく画像をスワイプする。
埠頭での取引の次は、俺を闇医者まで運んだ外国人。
サングラスに黒髪ショートカット、シワの無いストライプシャツにスマートなプロポーションを強調するスーツパンツ。
「ソイツは羽籠組の用心棒、朱 惠琴は元国家憲兵で生え抜きのエリートだったらしいわ」
朱……そういえば一ノ瀬の姉、氷華がそう呼んでいたような気がする。
ってことは、氷華先生は羽籠組の関係者か?
いや、そうとも限らないか。裏の人間が同士が顔見知りなんてのは当たり前、ましてや闇医者なら顔が広いだろう。
「国家憲兵って、たしかシヴェールさんもそうだったよね?」
一ノ瀬が真剣な表情で呟く。
「あぁ~彼はフランスの国家憲兵総局、ソイツは中国人。シヴェールとは関係無いと思うわ」
アイリスの言葉に一ノ瀬はニッコリと微笑み、満足そうにジョッキを呷る。
「とまぁ、雪子の指示通りにヘレン・リューリーに依頼して調べさせた羽籠組の要注意人物よ」
そう言うとアイリスは懐へスマホを仕舞い、グビグビと生ビールを飲み干した。




