十一話
中華街まで担がれ、辱しめを受けたあげく。俺みたいな一般人でも聞いたことのある、大陸系マフィアの縄張りに、平気でズカズカ入っていく。
顔面タトゥーのムキムキ坊主、明らかに異常なガリガリの男が中華刀を振り回している。
控えめに言って超ヤベーところなのに、さらにヤバそうな廃墟の地下へと連れてこられた。
「モウ、大丈夫……」
優しい口調のカタコトの日本語でそれだけ言うと、薄暗い部屋のベッドに寝かされた。
清潔なベッドで寝かされても、体の節々が強烈に痛み、自然と口から出てくるのは小さな呻き声だけ。
青白い白熱電灯が照らす薬品臭い部屋のあるじ、白衣を着た黒髪の女性が現れる。
「……あら、珍しいお客さんね。こんなところで何してるの、13番」
力の無い青い瞳の女性、背丈やらナニやら、全てを小さくした一ノ瀬のような女性だ。
13番とは、俺に言ってるのか……目は確実に俺を捉えている。
「いってぇ……アンタ、闇医者ってやつ……すか?」
闇医者といいつつ先生と呼ばれる人種、つい反射的に敬語もどきを発揮してしまった。
「そうね。闇医者ってやつよ。貴方はどう? 私の事、覚えてないかしら?」
「さぁ、知らないっすね。だけどあんたに似た女を、一人知ってます」
一瞬眉をピクリと動かした一ノ瀬似の女性は、俺を連れてきた女性に向きなおる。
「彼ならすぐに治せるわ。朱はもう帰って大丈夫よ」
コクリと頷き、俺を一瞥すると踵を返す。
「あぁそれと、貴女がいる組……『羽籠組』だったかしら? 組織に狙われているわ。用心しなさい」
日本語を正確に理解しているのか、朱と呼ばれた女性は部屋を出ていった。
「さてと貴方にはコレしかないのよ」
そう言って一ノ瀬似の女性は、ボールペンのような物を取り出してきた。
「えっと……なんすか、ソレ?」
「ナノマシン注射器よ」
ナノマシンってSFとかで良く聞く、小さい機械を体に入れて治療をするって、アレか?
「じゃあ、いくわよ」
力の無い眠たげな目を向けて、怪しい注射器を俺の首筋に当てた。
カチリとなにかを潰す音が聞こえると、首にチクりと痛みを感じ、身体中になにかが流れ込んでくる。
「はい、おしまいよ」
「え? コレで終わりっすか!!」
そう言ってベッドから上半身を起こして闇医者を非難するが、全身の鈍い痛みが消えていることに気付いた。
「驚いたわね。『セルドライブ』のナノマシンでも、無能力者が取り込んですぐに効果が出るなんて……」
「は、はぁ……」
ちょっと何言ってるか分かんないっすね。
専門用語の羅列に思考停止してしまった。
「さて傷は治ったんだから、早く帰りなさい」
ベッドから降りて穴の開いたブレザーを着、財布を取り出すとカツアゲにあって一円もないことを思い出した。
「あの……治療費っておいくらですか?」
「いらないわよ。ナノマシンの実験も兼ねてるから、この臨床データを海外の医療機関に売った方が、お金になるわ」
「そ、そういうもんなんですか……」
「そうね。治療費のかわりに、貴方が知ってる『私に似た女』について教えてくれる?」
「そんな事で良ければ。一ノ瀬 雪子って言って歳は15くらいですかね。先生より……なんと言うか……いろんな所がオオキイデス」
「最後はよく聞こえなかったけれど、そうね。私は一ノ瀬 氷華、あの子の姉よ」
ん? 姉? てっきり妹かと……って医療なんて高等技術、大学生以上じゃないとありえないか。
「お姉さん……一ノ瀬の口からは聞いたこと無かったんで、驚いたっす」
そもそも一ノ瀬と知り合って日が浅い、当たり前と言えば当たり前だが。
「雪子の知り合いって話だったけど。私を知らないってことは、組織の人間ではないようね。なら忠告させてもらうわ──」
神妙な面持ちで口を開く氷華先生が、浅く息を吸った瞬間──診療所の扉が勢いよく開かれた。
「先生! 急患です!! 彼が刃物で斬られたようです」
「患者に猿轡をして、手足を拘束! 早く奥に連れていきなさい」
血塗れの顔面タトゥーの坊主が、痛みに絶叫している。
舌を噛まないようにか、口を開けた瞬間硬い布を噛ませてタンカーについている手錠、足錠で拘束すると急いで奥へと連れていかれた。
「いろいろ教えてあげたいけど、時間が無いわ。また怪我をしたら、必ず私のところへ来なさい……貴方は特別頑丈に作られているからって無茶しないことね」
それだけ言うと、白衣を脱ぎ捨て颯爽と奥へ消えて行った。
男のくぐもった絶叫に、慌てて薄暗い診療所を後にした。




