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南手高校・校内野球大会

作者: 永島大二朗

「プレイボーイッ!」

「さぁ、理事長のコールで第三十六回・南手高校野球大会、メインイベントの開幕です」

『よぉばぁぁん、サアァデュオォ、ナァガァシィマァ、背番号、サァン!』

「出ました! 今回の雰囲気コールは、えーっと、あぁ、永久欠番シリーズですね。解説の山田さん、どうですか?」

「いやぁ、我々には懐かしいですねぇ。とても雰囲気が出ていると思います。家ね、近所なんで、いっつも変だなぁって、思っていたんですけど、ここへ、招待されて来てみると、やっぱり、野球場で流れると、良いですねぇ。あ、所で、本当は、打者、誰なんですか?」

「えっ? 打者ですか? 気になるの、ピッチャーじゃなくて、打者の方?」

「えっ? だって、実際のコールとは違うんですよね?」

 理事長のコールが、野球規約の実際と違うことについては、誰も気にしていないらしい。

「コールですか? いやいやぁ、コールは、ちゃんと市役所に許可申請した上で、市営球場の場内放送担当である、鶯嬢の宮園さんにお願いして、市営球場に設置した八つのマイクで録音した音源を、本校グラウンドに設置した八つのスピーカーで再現していますので、これが実際のコールであることに間違いはないんですけど? あぁっ、あれですかぁ? もしかしてぇ、鶯嬢歴五十年の大ベテラン、宮園さんは『お嬢さん』ではないとっ?」

「いやいやいやいや。とぉんでもない! 良い声だなって思ってましたよ! 宮園さんは、家のお得様ですし、大変素敵なおばあ、ウオッフォン! お嬢様ですよ?」

『よぉばぁぁん、ファースゥトォ、オォウ、背番号、イチィ!』

「宮園さんは甘い物が大好きで『夜の梅』に目がないそうですね?」

「そうなんですよ! よくご存じで。毎週一番大きい奴を、お買い上げ頂いてます」

「録音のお願いをする時に、手土産で持って行きましたからねぇ。あれ、重たいですよねぇ」

「はい。固いですし、今日の野球大会だったら、バットの替わりにもなりそうですねっ」

『よぉばぁぁん、ファースゥトォ、カァワァカァミィ、背番号、ジュウロォクゥ!』

「良い子の皆さんはやらないように。食べ物をそんな風にしてはいけないと思いますが、確かに今日の大会では、使用しても、問題なさそうですね」

「え、どういうことですか?」

「Bブロック優勝の一年A組・Bチーム、沢町君は、Bブロック内で、完全試合のみで勝ち上がって来てますからね。バットにも当たっていませんし。いやー、退屈でしたよー」

「すんごいですね! えっ? 退屈?」

 ピッチャーマウンドに、キャッチャーの野町が頭を捻りながら駆け寄って来る。

「おい、沢村、『夜の梅』って何だぁ?」

「えっ? 野村ー、お前、そんなこと確認するために、タイムしたのかよー」

「だって、気になるじゃん。『夜の梅』だぜぇ? 何か、エロい感じするじゃーん」

「何でだよ! 羊羹だよ、羊羹。『とらや』の羊羹だよ!」

「えっ、そうなの? 『とらや』って、映画『寅さん』の実家の?」

「ちぃがぁうぅよぉ。柴又じゃねぇし、赤坂ん所に『や・ら・と』って、でっかい暖簾あんだろぅ? あっちの虎さんだよ!」

「へぇ、そうなんだ。赤坂にも寅さん居るんだ。良し。球走ってるし、ガンガン行こうぜ!」

「おうって、いや、赤坂には寅さんいねぇって。おいっ! 野村!」

 野町は、もう沢町の話を聞いていない。振り返りもせず戻って行く。そしてサイン交換。

「まったく。試合中に勘弁してくれよ。カーブ? 違う。スライダー? 違う! 吉田先輩は変化球得意だろっ! インハイ・ストレート? まぁ、良いだろう。おぉぉりゃぁっ!」

『ストライクッ・バッターアウッ! ゲームセッツ!、じゃなくてチェンヂッ!』

「今のストレートは、手元の数値で百二十キロ。東名高速なら速度違反です」

「速いですねぇ。でも彼は、吹奏楽部員なんですよね?」

「解説の山田さん、それは偏見ですよ? 吹奏楽部員だって、東名高速で百二十キロ出したら捕まりますし、それを言うなら、キャッチャーは卓球部員ですよ?」

「すいません。何か、申し訳ない。あっ、でも、高校一年は、車の運転、出来ませんよね?」

「流石! 解説の山田さん。良い所に気が付きましたね! 確かに、自動車免許は取得できませんが、『車』と言った場合は『自転車』も含みますから、『自転車では東名高速に入れない』これが正しいです。ETCを付けてもダメです!」

「自転車にETC、付くのかな?」

『いちばぁん、ショートォ、ヨォシィダァ、背番号、ニジュウサァン!』

「さぁ一回の裏、最初のバッターは、Bブロックで全打点を叩き出した、沢町君がバッターボックスに入ります」

「え? それは凄いじゃないですか! もう『エースで四番』ですね?」

「いやいや、解説の山田さん、一番ですよ? ちゃんと放送でも言ってましたよね?」

「はぁ、すいません。そこはちゃんと突っ込むんだぁ」


 一回の表。二年A組・Aチームベンチ内。

「ケンちゃん、弟君やるねぇ。結構良い球投げるじゃん」

「だよなぁ。あれ打てるのさぁ、野球部だけなんじゃない? 変化球なんて打てないよ」

「そうかなぁ? 俺は打てるけど?」

「まじで? 流石兄貴。なんだぁ、じゃぁ打順一番にすれば良かったねぇ。面倒臭いから、Aブロック決勝のオーダーのまま出しちゃったよぉ。ケンちゃん『ライパチ』だし」

「良いよ、良いよ。コツ教えるし。それよりさ、あいつ、どうせ打順一番で来るからさ、抑える方法、教えようか? 何だったら、俺、投げても良いけど」

「いきなり兄弟対決行く? それも面白そうだね」

「あれ? でも、先発って、打者一人は投げないといけないんじゃね?」

「そうなの? おーい、ヨッピー? あれ、野球部どこ行った?」

「ヨッピーなら、今打席だよ」

「三振じゃーん。チェンジジャーン。ケンちゃん、コツをヨッピーに教えといて!」

「オッケー。ヨッピーおつおつー、ちょっと耳貸して!」

「インハイ振っちゃったよぉ。あれ絶対ボールだったよぉ。ケンちゃん、何?」

「弟のケン坊、抑える方法、教えっから」

「え、まじ? 苦手コースとかあるの? Bブロックではパカスカ打ってたみたいじゃん?」

「あれはBブロックの文化部ピッチャーだからでしょ。全然関係ないから」

「そうなんだ」

「そうだよ。こつさえ掴めば、あいつチョロいから」

「まじで? 教えて教えて!」

「オケオケ。ケン坊あいつね、スプリット・フィンガー・ファスト・ボール、打てないから。笑っちゃうくらい」

「いやいやいや、それって、フォークだよね? 俺、フォーク投げられないから」

「あぁ、違う違う。実際に投げなくてオッケーよ。予告だけ。予告」

「何それ。騙すってこと?」

「いや、圧だよ。圧。プレッシャー。あいつ、カッコイイ名前のボール、緊張して打てないから。投げる前に、ストレートの握りでさ、前に出して『スプリット・フィンガー・ファスト・ボール!』って予告してさ、それから普通にストレート投げれば、空ブルから」

「まじで? 面白いじゃん! スプリット・フィンガー・ファースト・ボールって言えば良いの? それだけ?」

「あっ、ヨッピー、発音ちょっと違う。『ファースト』じゃなくて『ファスト』ね。あいつ、そう言う所、細かくて煩いから。注意ね」

「発音かよ。でも流石だな。兄弟揃って学年一位って感じ。オケオケ。『ファスト』ね」

「そそ。あとね、『チェンジアァァップ』ね。これも結構空ぶるよ」

「もしかして、『チェンジアップ』だと、ダメな感じ?」

「判ってるねぇ。『アァァップ』って、強めに行く感じでやれば、オケだから」

「了解! 弟君、何か、面白い奴だねぇ」

「からかいがいあるからさ。バシッと決めちゃって!」

「おう! あっ、そう言えばさ、俺、野球部だから、今日は下投げなんだけど、下投げでも通じるの?」

「だぁいじょうぶ、大丈夫。問題ナッシング。あいつ馬鹿だから、上から振りかぶってから、下投げすれば、残像効果で、上から投げたと仮定したままの球筋で追うから、頭混乱して、余計付いて行けないから」

「おっもしれぇなぁ。頭良過ぎて、コンピュータ狂う感じ?」

「性能悪いよなぁ。まぁ、所詮、吹奏楽部だからさぁ。本職じゃないんだから」

「あはは。上から振りかぶってから下投げかぁ。俺が間違えて、上から、そのまま投げちゃいそうだよ!」

「おいおい、頼むよ。それだと、ホームランだから!」

「ちょっと、まぁじかよ! こっえぇなぁ!」

 吉田はピッチャーマウンドで投球練習を終えた。それを見て、沢町健一は外野へ向かって走って行く。

「じゃぁ、宜しくぅ」


 ネクスト・バッティング・サークルでピッチャに助言を与える兄貴の様子を、かなり警戒しながら沢町健二は見つめていた。しかし、対策は十分の筈だ。毎日バッティングセンターに通い、庭で素振りもした。サンデー兆治の野球本も沢山読んだ。問題ない。

 それでも健二は、警戒して左打席に入る。普段は右投げ右打ち。それをあえて左打席に入ることで、右脳を活性化させる。打率は一割下がってしまうが、右打席の打率が十割なのだから、一割下がった所で問題ない。

「スプリット・フィンガー・ファスト・ボール!」

 何だと? あの、大リーグでしか投げられていない、スプリット・フィンガー・ファスト・ボール、だと? ここでか? ファーストじゃない、ファストの方! 先輩は出来る奴だ。本当に来る。スプリット・フィンガー・ファスト・ボールが、来る! 初速、時速百五十キロメートルから、正逆回転しながら直進して来ると見せかけて、バットを振り出した三十センチ先から空気を捉え、角度を急激に変える。バットの軌道から三十度下方に落ちて行く、あのスプリット・フィンガー・ファスト・ボールが、来る! まさか高校程度の校内野球大会で? 迂闊。大リーグで、しかも一部のスター投手のみが投げることができる、スプリット・フィンガー・ファスト・ボールなんて、ノーマークだ。くっそ。全球種を調べたのが仇になった。百科事典から般若心経まで、漏れなく全部調査したのに。ダメだ。フォークにしか対応できない。ちきしょー。バッティングセンターの球種には、スプリット・フィンガー・ファスト・ボールは無いんだよ! ツルツルのボールで、ナックル気味に落ちて行くフォークなら対応できるのにっ! 振りかぶって、来るっ! 緩いサインカーブからの、マイナスエックス十七分の八、くっそー。九かぁっ! まじかぁ。やっぱ、野球部はすげぇ。うわぁぁっ!

『スゥトラーイクッ』

「へいへい! バッターヘッピリ腰だよ!」

「行ける行ける! もう一球、同じ球!」

「沢村! 落ち着て行け! ボールと三十センチ位離れてるぞ!」

「おいおい、バッターの時は沢町に戻せって。良く見て行け! 遅いストレートだぞ!」

「チェンジアァァップ!」

 次はチェンジアップか。握りはストレートと同じ。ということは、ストレートと同じと見せかけて遅い球。ふっ。俺の動体視力をもってすれば、反応可能。次は行ける。あの足の位置、若干右に向いている。ということは、やや外に流れて行くか。良しっ、想定内。左手を三ミリ下方修正。あれ? あっ、今、左打席だった! ということは逆! 右に向いているということは内閣。日本の行政機関。行政権を司る三権の長。えっ? いやいやいや、問題ない。来た球をパッと打つのみ! チェンジアップはホームランボール。人間が作り出す速度変化など、ハエも止まると言うではないかっ! 来た! そこで速度変化! アップと言いつつダウン! 落ちぬ? アップじゃない? アァァップ? だとっ! これはチェンジアップの速度が落ちない版! つまり棒球? いや、アップなのに速度がダウンするのがチェンジアップだから、アァァップは超低速! うおぉぉぉっ見える! 網目まで見える! バットが止まらん! くぉれぇがぁ遅延時アァァップゥ。意味判らん!

「ファール!」

「へいへい! バッターヘッピリ腰だよ!」

「行ける行ける! もう一球、同じ球!」

「沢村! 落ち着て行け! ボールと三十センチ位離れてるぞ!」

「おいおい、バッターの時は沢町に戻せって。良く見て行け! 遅いストレートだぞ!」

「スプリット・フィンガー・ファスト・ボール!」

『パカーン!』

「打った! でかいぞ! 周れ周れ!」

「おおぉっ! 野球部の球を、あいつ打ったぞ!」

「すっげえなっ! 今の百三十位出てたんじゃね? 俺、見えなかったよ」

 健二の打った打球は、快音と共に大空に向かって飛び出した。それは木製バットの芯で完璧に捉え、初速百四十キロで雲の彼方へ。センターは一歩も動けず、首を真上にして、手を腰に当てる。

 去年の県大会二回戦、第八シード校との死闘で、五回コールド負け。その決定打を見送ったのと同じ球筋だ。あの時も、空は青かった。雲も白かったなぁ。懐かしい。

 笑顔で振り返ると、ライトの健一がセンターの後方、三十メートルに立っている。あれ? そこにいたっけ? そう言えば、ライトにいなかったね。二歩動いた時、校舎の前、アスファルトをスパイクで引っ掻く音がする。そして左手をあげ、ボールを捕球した。

「アウットォォオ!」

「すげー、何だか知らないけど、兄貴、捕ったぞ! 意味判んねー」

「えー? 今のグラウンド外なんだから、ホームランじゃないの?」

「とりあえず周れ周れ! ホームインしちゃえ!」

 健二はダイヤモンドを一周し、ホームインした。これで、一点のはずだ。勝った! 一点あれば、勝てる! 俺たちが優勝だっ!

「理事長、今のはグラウンド外なんですから、ホームランですよね?」

 理事長は、むすっとしたまま答えない。健二の確認を無視している。そこへ、二年A組・Aチームのベンチに残っていた、佐枝山がホームベースに走って来た。

「主審! 今のはアウトでよろしいのでしょうか? 二塁・塁審はアウトを宣言しておりましたが、如何でしょう?」

「そうだねぇ。グラウンドの外だからねぇ。一旦、ケガしないで良かったね、ということにはするけど、あそこで捕って、アウトにしちゃったら、闇雲にボールを追ってしまうからね。それは良くないから、どうだろう。ツーベース、ってことにして、試合を再開しようかね」

 理事長は、オーダーメイドした一張羅の主審服を着ていたのだ。主審に成り切っている。ポケットにだって、毎年更新する『公認野球規則』が入っている。飾りだが。だから『主審』『球審』『チーフ・アンパイア』のいずれかでなければ、話をしてくれない。一年の健二は、そこまでは知らなかったのだ。

 健二も、理事長、もとい。主審に食ってかかっては、退場になってしまうこと位は知っている。仕方なくも主審に一礼して、二塁に向かった。

 センター・山内の隣に、健一が来た。

「ケンちゃん、すっごい所にいたね! びっくりしたよ」

「ヨッピードジっ子だからさ、一応いてみたら、案の定って訳」

 そう言って健一は笑った。そして、そのまま山内と話し込む。

「で、アウトになったの? 今の?」

「あー、何か、エンタイトル・ツーベースになったみたいよ?」

「そうなんだ。ケン坊何か言ったのかな?」

「いや、ケン坊『理事長』って言っちゃって、シカトされたみたい」

「ダメだなぁー。まぁ、いい勉強になっただろう。あいつ、いつも役職名、間違えるからさ」

「そうなんだ。役職名間違えるなんて、どう間違えるの?」

「んとね、『部長代理』を『副部長』とか言ってやんの」

「へー。違うの? それ」

「全然違うじゃーん。『部長代理』ってのはさ、部長がいたら『只の人』。課長よりも下よ? 『副部長』は部長の次に偉い人じゃーん」

「む、むずいな。社会人」

「そうか?」

「所でさ、ライトがら空きだけど、良いの?」

「あー、何かね、地面に数式書いている一年がいてね、踏んじゃ悪いかなって避けてきた」

「何それ?」

「一年A組・Bチームの奴じゃん? 何か『フェルマーの最終定理解けそうなんだから、踏まないで!』って言って来るからさ、まぁ、良いかってさ」

「何それ?」

「数学部の奴じゃん?」

「へー。あ、ケン坊セカンに来たね」

「あぁ、ベンチのサッキーにサイン送らないと。山チ、ちょっとグローブよろ」

「おう」

 そう言うとグローブを外し、山内に渡した。そして、両手を使ってブロックサインを送る。

「何送ったの?」

「ケン坊の足止め策」

「何仕込んでんのよー」

「へへへ。お楽しみ。あいつの足止めるの、結構大変なんだよ? 周りも見ないで、文字通り『猪突猛進』で突き進んじゃうからさぁ」

「そうなんだ。結構冷静だと思ってたけど、違うんだ」

「全然。でも、今日の足止め策は、絶対、止まるから」

「流石兄貴。何でもお見通しだなぁ」

「あ、送りバントしたね。まぁヨッピーの球、打てないからしょうがないか」

「ケン坊の足、速いねぇ。三塁無理か」

「あれで、一塁に送球した隙に、ホーム突っ込むよ」

「まじ? あ、行った行った!」

「なぁ。で、ココで足止め策よ」

「サッキー、何か投げたね。トランペット? あっ、ケン坊止まった!」

「流石に自分のトランペット飛んで来たら、足止めて受け取るべ。ほらっ」

「容赦ねぇ足止めだなぁ」

「と、ここで一曲と」

「コンバットマーチか。結構上手いじゃん」

「中学からやってるからな。今度、ピストンもガムテでガチガチに固めておこうかなぁ」

「兄貴、容赦ねぇな」

「外せるように親切だよ。マウスピースさ、アロンアロファーでくっ付けちゃったから、外れなくなっちゃってさ、ケースからはみ出しちゃって、持ち運び大変だったよ」

「それ、大丈夫なの?」

「知らねぇよ! そんなの。俺のペットじゃねーしっ。野球大会の前に、ペットを俺に貸すのが悪いんだよ。ルールも調べないで、情報収集不足なんだよ」

「一年の洗礼かぁ。去年も笑いっぱなしだったもんなぁ。ハイ。アウトー」

「よし、これでツーアウトだな」

「あれ、ケン坊、それでも一応ホームに向かっていくね」

「あぁ、何か考えてるんじゃね? お手並み拝見と行きましょうかー」


「主審! 今のプレイについて、ランナーに対する進路妨害をアピールさせて頂きます」

「伺いましょう。どんな進路妨害ですか?」

「敵側三塁ベンチから、私のトランペットが放り投げられ、一曲吹くハメになりました」

「君は吹奏楽部だからね。当然じゃないかね? コンバットマーチ。大変上手でした」

「ありがとうございます。しかし主審、ランナーの進路を妨害したことにはなりませんか?」

「妨害と言うが、妨害とは、具体的に何かね?」

「ランナーの進路に、トランペットを放り込む行為です」

「良く判らないけど、君は吹奏楽部でトランペット奏者なんだよね? トランペットを受領したと言うことは妨害ではなく、『アピールタイム』なんじゃないかね? 陸上部だったらハードルを越えて行ったり、ボクシング部だったらアッパー決めて行ったり、するもんじゃないのかね?」

「えっ?」

「ルールは、理事長室前の掲示板に、半年も前から掲示しておる」

「主審。判りました。では、もう一つ確認させて頂きます。本大会に持ち込み可能な物品は、身に付ける物以外『学校の教材を使用すること』とあります。このトランペットは『私物』でありまして、学校の教材ではございません」

「なるほど。認めよう! 進路妨害で二コマ進む! 一塁へ行って!」

「えっ? 二週目ですか?」

「試合再開するよ! 急いで!」

「判りました!」


「ケンちゃん、作戦失敗だねぇ。でも何で一塁行ったんだ? 笑える」

「うむ。次回は、学校のトランペットを投げるか!」

「まだ投げる気なのかよ!」


『よぉばぁぁん、サアァデュオォ、ナァガァシィマァ、背番号、サァン!』

「さぁ、三回の表、二年A組・Aチームの攻撃は、七番・レフト・清瀬君からです。ここまで、一年A組・Bチーム・先発の沢町健二君は、三振六個のパーフェクト・ピッチング。果たしてこの試合も、Bブロック同様の完全試合を達成するのか。注目の第一球は、決まった! インコースに決まるスライダーでストライク。手元のスピードガンでは、時速百十五キロ。ストレート程の球威はありませんが、軟球でこのスピード。中々打てるものではありません。慎重にサインを交換し、第二球。振り被って、投げた! アウコース一杯に入るシュート。大分落ちましたね。キャッチャー頷いてピッチャーに投げ返します。Bブロック、昨日はBグラウンドの草むしり。今日がトーナメントで肩も温存か。再び慎重にサインを交換します。さぁ、決め球は何か。ピッチャーの沢町健二君は、吹奏楽部ながら、実に七つの球種を持つ先発完投型の投手で、決め球はシンカーです。さぁ、二回首を横に振っていましたが、ここで頷いた。振りかぶって、第三球! ストレート・ド真ん中! 空振り三振! 今のは手元の記録で百三十キロ! 本日最高速をマーク。気合が入っていますねぇ。解説の山田さん。今のはどう見ますか?」

「そうですねぇ。一球遊んでも良さそうな所ですが、三球で決めに行きましたね。実にテンポが良い。清瀬君も一球外して来ると思っていた所に、ド真ん中が来てしまったので、慌てて振りに行ってしまいました。彼は野球部なのですから、百三十キロのストレートなら打てない訳はないと思うのですが、やはり、心のどこかに場を舐める油断というものがあったのかもしれません。彼の人生において今日の三振が、人生の教訓となるよう」

『よぉばぁぁん、ファースゥトォ、オォウ、背番号、イチィ!』

「解説の途中ですが、次は注目の兄弟対決です。二年A組・Aチーム、沢町健一君は、運動部員で固めた本気のAチームに於いて、唯一の吹奏楽部員でありながら、昨年の大会でも先発・ライト・八番で出場し、六打数七安打八打点という不思議な成績を残し、大会MVPを獲得しています。Aブロック決勝では、三年女子更衣室の窓ガラスを、予告ホームランで割るという離れ業を披露し、三年女子全員が、一週間教室で着替えをすることになったことから、三年女子からは『女の敵』三年男子からは『神の一撃を放つ漢』と呼ばれています。さぁ果たして、今年は既にAブロック決勝に於いて、二年女子更衣室の窓ガラスを割っており、二年男子全員からのMVP票を受けることは間違いありません。注目の対決がいよいよ始まります」

「そんなに凄い選手が、何故八番を打っているんですか?」

「判りません。さぁ、ロジンバッグを手に馴染ませて、慎重に握りを確認します。二年A組から提供のあった手元の資料によりますと、兄弟対決は、これまでに四百十五勝・無敗と、兄・健一が絶対的に優位。弟・健二は喧嘩はもちろん、口喧嘩ですら勝ったことがありません。唯一勝てるのは、精々定期テストの点数位。あと、ロングトーンの秒数」

「ロングトーンって、野球関係あるんですか?」

「忘れてもらっては困りますが、吹奏楽部員ですから。兄・健一はトロンボーン、弟・健二はトランペット。ロングトーン対決をしたら、圧倒的にトランペットの方が優位です」

「そうなんですね」

「さぁ、これで首を横に振った回数は八回。既に持ち球の数を超えています。何を投げても打たれる。そんな気がしているのかもしれません。あっ、頷きました。やっと投げます。ピッチャー、相当ビビってます。顔が青いです。振りかぶって、投げました! 遅ーい! これは、山なりの小学生ストレート! 兄・健一は悠々と見送って、笑っています」

『スゥトラーイクッ』

「へいへい! バッターヘッピリ腰だよ!」

「行ける行ける! もう一球、同じ球!」

「沢村! 落ち着て行け! 球、走ってるよ!」

「そうだ! 気持ちで負けるな! バックには俺たちがついているぞ!」

「さぁ、野町が立ち上がって、あぁっと、タイムを宣言。ボールを拭きながらマウンドに走り寄ります。沢町健二、大きく深呼吸」


「どうした? 昨日の草刈りでは『兄貴を、けちょんけちょんにしてやるぜ!』って息巻いていたのに、あの時の勢いは何処行った?」

「いやぁ、どこに投げても打たれそうでな。あんなふざけた構えでも、バットを振れば確実に当てて来るんだよ。うーん」

「それでもお前、全球種に首振ってさ。結局、最初に出した奴にしてんじゃん。ここはさ、目瞑って、ど真ん中ストレートで押して行くしか無いんじゃね?」

「ストレートか。ピンボールだってホームランになる気しかしねぇ」

「考えてたってさ、ダメなもんはダメなんだよ。お前、所詮吹奏楽部員なんだからさ、思いっきり腕振ってさ、打たれても後悔しねぇようにするしか無いじゃん! なっ?」

「そうだなぁ。やっぱ、しがないトランペッターだしなぁ。よしっ! 行くか! 頼んだぞ!」

「任せておけ! 先輩にストレート来ますって、言っておくから、ドンと来いよ!」

「馬鹿! 野村! 兄貴にストレートって言っちゃダメだろ! おい! 野村っ!」


「さぁ、青春のタイムは果たして何秒が相応しいのか。簡単に待ってはくれない世間様。バッテリーの意思疎通も十分にして、兄弟対決に戻ります。おや? 今度はサインの交換をしませんね。もう振りかぶって、第二球! 投げた! ストレート! 出ました百三十二キロ! ここで本日最高速をマーク! 兄・健一、今度も余裕なのか、笑顔でド真ん中を見送り、ツーストライク。追い込まれました! キャッチャー・野町、立ち上がってボールを返します。弟・健二、ボールを受け取ると、両肩をクルクル回して緊張を解き放ちます。相当のプレッシャーの様ですね」

「やはり、兄に勝とうとする思いが強過ぎるのではないですかね。もっと力を抜かないと、いけませんね。リラックスです」

「それは無理と言うのが兄弟対決。さぁ、いつも通り、三球で決めて来るのか? それとも一球外すのか。あぁあぁあぁっと! 出ました! 予告ホームランだっ! バットを伸ばした先にあるのは? この角度、解説席からは確認できませんがぁ、今、主審の後ろに計測員が向かいます! 双眼鏡で確認した! そして? 主審に報告し、頷いた! そして主審も予告先を指さして頷く! 三年女子更衣室だっ! やっぱり一年ではなく、三年の方だった! 今年も狙っています! さぁ、ピッチャーに強烈なプレッシャーです」

「何か、三年女子更衣室に板が運ばれていますね。何でしょう?」

「手元の資料によりますと、ガラスが割れるのは危険なので、ベニヤ板で作った的付きのお色気看板が設置される様です」

「お色気看板って、教育上大丈夫なんですか? 双眼鏡、持ってくれば良かったなぁ」

「さぁ、木村先生からの設置完了の合図が来ました。試合再開です。兄・健一、この打席、初めて本格的に構えます。良い構えです。とても吹奏楽部員には見えません。さぁ、弟・健二、大きく深呼吸して、振りかぶって、運命の第三球! 投げた、速い!」

「パッカーン」

「打った! 大きい! 大きい! これは女子更衣室に向かって一直線だぁぁっ! 入った! ホームラーン! 予告ホームラン成立! 弟・健二打たれました! がっくりと膝をつき、マウンドに崩れ落ちています。手元の計測で百四十キロ。本日最高速を記録した渾身のストレートを、兄・健一に完璧に捉えられ、三年女子更衣室に一直線! 兄・健一、笑顔で右手を挙げ、グラウンドを周っています。今、ホームイン! チームメイトからの手痛い祝福と、三年女子からの大ブーイング! これは凄い。二年女子からの比ではない! おっと、ここで? 木村先生からの無線連絡です。えーっと? ボールが的の中心を捉えて? 百点? え? 百点ですって? 大逆転! 逆転ソロ百点ホームラン!」


 ここで一旦コマーシャルです。

 この小説は「交換日記」がうっかり既定の枚数を越えてしまったので、別の作品で応募しようと書き始めたものの、何だかガチの新人賞に応募するには相応しくない様な感じがしてきたので、一旦寝かせているものである。

 と言っても、執筆期間は三日なので、一旦も良い所であるが。アハハ。

 最後は予告ホームランで終わっているが、本来のネタ自体はまだある。後日連載方式で書き直すつもりである。目標は原稿用紙二百枚。

 あれ? いや、応募しないから、制限はつけなくて良いのか?

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