シーシュポスは笑う
ギリシア神話の「シーシュポス」の話です。
知恵を働かせてしまう男が、単純作業をどう乗り切るかを想像してみました。
(全体的にラストも含めて、改稿いたしました)
エピュライアの王シーシュポスは「名を捨てて実を取る」賢い男だった。
ゼウス神がアイギナという少女を誘拐した折り、アイギナの父の河神アソポスに犯人を告げたのは彼だ。正義よりもゼウス神の不興よりも、自国に清水の湧く泉が欲しかったが為である。
死者をやたら豪華に埋葬するのも「無駄ではないか」と思っていた。
妻のメロペーに「葬式不要」と言い渡してあった。
実際にシーシュポスが死んだ際に葬式は行われず、死者の国に向かう亡者の中で彼一人がみすぼらしかった。冥府の神が気の毒に思うほどに。
「これは妻がケチって葬式をしない為です。妻を一言どやしてきたいのだが、一日だけ現世に戻ってもいいだろうか?」
ハデス神の温情で現世に戻った彼は、これ幸いと生き返ったまま元通りの生活を送ったのだった。
シーシュポスが本当に死んだ時、ハデス神は手ぐすねを引いて待ち受けていた。ゼウス神の怒りも相まって、シーシュポスは冥府の底の底、暗く凍てつくコキュートス河に囲まれたタルタロスに落とされたのだった。
§
ハデス神は言う。
「お前にやってもらいたいのは、岩を山頂まで押し上げ、そこに置いてくることだ。それができれば終わり。簡単だろう?」
口角だけが上がった、張り付いたような笑みだった。
早速に取り掛かったシーシュポスだったが、頂上目前で必ず岩は彼の手を離れ、麓まで転がり落ちてしまう。
岩を運び上げる事数回で、これが決して終わらない作業だとシーシュポスは理解した。
終わる事のない単純作業。それが賢い男シーシュポスへの罰だったのだ。
シーシュポスは転がり落ちる岩を目で追う。
「遠くまで転がると面倒だ。適当に浅い穴を掘ってみるか、適当に止まる様に大岩に当てて勢いを殺すとか。」と考える。
一度転がり始めたばかりの岩を、真横に蹴り飛ばしてみた。岩はいつもの軌道をそれて大きな弧を描きながら麓に向かう。そして完全に停止してから獄卒が支持を出した「早く岩を押し上げろ」と。
シーシュポスは心の中で「ニタリ」と笑った。
「そうか、そう言う事か…」
§
シーシュポスは大岩をタルタロスで一番高い山に押し上げていった。やっと頂上と言う時に岩は手を離れて転がりだす。しかし、下に向かって転がるのではない。岩は尾根伝いに樋のように加工されたゆるいゆるい斜面を、ゆっくりゆっくり転がっていく。途中でL字に曲がった岩に引っ掛かり、岩はもうそこから落ちてこないのではないかと思わせて、ずずっ、ずずっと滑り、またゆっくり転がりだす。あっちの岩、こっちの岩とぶつかり、スピードはずうっと遅いままだ。
山の斜面には石やら杭やら樋やらが所せましとはめ込まれており、それに導かれて岩は山の反対斜面へと移動してゆく。岩を監視する獄卒たちもつられて山裾を移動してゆく。
岩が麓に着き完全に停止すると、獄卒は「岩を押し上げろ」と指示を出す。つまりは岩がゆっくりゆっくり、時間をかけて転がれば楽ができる訳だ。
数千年の時を経て、タルタロスの風景は一変した。改造された山は一度大岩を持ち上げれば、3日ほどは降りてこないまでになっている。獄卒たちは決して大岩から目を離さないので、シーシュポスの自由時間のできあがり。
「考える事」も「する事」も沢山ある。はっきり言って「楽しい」
シーシュポスは転がる岩の球について、経験・考察・新たなる膨大なアイデアがあった。今日もまた設計図を画くのに余念がない。そして直ぐにカラクリを作成・施工しなくてはならない。
長い長い時を経て、その設計図・アイデアは現世にも伝わり、ピンボールやパチンコにも影響を与えたという。
そして、Eテレの人気番組にも…。
「リコーダー鳴り響く!」
「タタッ、タタッ、タタッ、タタッ、タタッ、タターッター。」
「シーシュポスイッチ!」
お読みいただき、有難うございます。感謝しかありません!
ギリシア神話ネタで、また投稿したいと思っております。
これからも、宜しくお願いいたします。