吸血鬼篇3
放課後、クラスメイトが帰り始める教室内で言葉は提出という名の搾取を受ける。
「早く出せよ。俺ら、これから部活動でさぁ。お前なんかより忙しいんだよ」
「う、うん。こここ、これが。きょのぶん、です。。。」
言葉が鞄から出した電子ノートを取っていく生徒達。男子の割合が多いが女子もいる。
生徒達は取ったノートの代わりに持っていたノートを置いていく。全て、言葉の持ち物であり、次も提出しろという指示だ。
言葉はそれらを鞄に詰めると逃げるように帰宅する。
これが、入学してから一ヶ月以上続いている日常。
放課後に動物の世話をすることは殆ど無い。他の生徒に見られる可能性が高く、御飯をあげるだけならカメラで監視している世話係見習いでも出来るからだ。門のロックを外し、種族に合った餌を指定の場所に入れておけば良いだけ。
部屋に居ながら全て行える、簡単な仕事だ。
早くに帰る筈の言葉が家に帰るのは日が落ちてからだ。
では、学校が終わってから帰るまでに何処に行っているのか。
「ふぅ、今日はお金まで取られなかった。運が良いかな?」
着いたのは、私立図書館『セイカ』。
通い始めて、約半年。
言葉は紙の本を読めるので、ここがお気に入りの場所になっていた。
「し、失礼しま…す。今日も、読んでい、いですか?」
入館し、司書に尋ねる。
「はい、可能です。すみませんが、会員証をご提示願います」
「は、はい!どぅぞ……」
司書は会員証を受け取ると、言葉の顔を確認する。
紙に何かしら書くのが終わったのか、言葉に返す。
「はい、ありがとうございます。確認が取れましたので、どうぞお入りください。こちらに、荷物をお預けください」
「は…い!そ、そそれでは、失礼します」
半年ほど続くやり取り。
言葉はいつものように、読みたい本を探しに行くが今日は違った。
「ユウキ様。もし、読みたい本がお決まりでないのであれば、こちらを読んでみませんか?」
彼女に初めて事務以外で話し掛けられて言葉はビックリする。
彼女を見るが、ベールが邪魔で顔を伺えない。
何かあるのだと思いもするが、言葉は断れるような性格をしていない。
今出来るのは、本を受け取って読むことだけ。
「あ、ありあり…がとう、ござざざいます!」
言葉はタイトルの確認もせずに司書から本を受け取り、読書スペースに行く。
司書は薄くほくそ笑んでいた。
「はぁはぁ、緊張した。まさか…話し掛けられるなんて」
急いで受け取ったので、タイトルを見ていなかった言葉は、確認をする。
「タイトルは…『吸血鬼』?これだけ?」
本はかなりの厚さがあるのにも関わらず、吸血鬼というタイトルだけだった。
言葉が不思議に思ったのは、タイトルがあまりにも簡素過ぎたからだ。
吸血鬼という有名な題材であれば、サブタイトルなどがある筈である。無いと、他の作品との区別がつきにくいからだ。
○○作者の吸血鬼、▽▽作者の吸血鬼と作者で区別をつけるのは非常に困難。
昨今の書籍は意味もなくサブタイトルを長くして、個性と作品の特徴を主張するのが主流になっている。
「んー、やっぱり他にタイトルが無い。後、作者もわからない…か」
少しの間、考えていた言葉だが。
読むことにした。
「取り敢えず読んでみるか」
椅子に座り、机に本を置く。
言葉は表紙を開き、なかを見る。
………いくら待っても、ページは捲られない。
見ている筈の言葉も動かない。
目の光は消え、死んだかのように冷たくなっていく。
音もなく側に来ていた司書が言葉に告げる。
「行ってらっしゃいませ。閲覧者様」
「……え?どこ?」
(な、なにここ!?え!?なに??あれ?確か、僕は本を読もうとしてた筈じゃ…。もしかして、寝ちゃったの?これ、夢だよね?………明晰夢?)
「確か、明晰夢だと夢の中である程度自由に出来るとかなんとか?ビームとか出したり、飛んだり出来るのかな?」
「ここは夢でも現実でもない。ただの余白じゃよ」
「なんだ、違うのか。でも、余白?どういうこと?……え?誰?」
声のした方向を見る。
そこには、白髪を床まで伸ばした老人が揺り椅子に座っていた。
ぎこぎこと、揺られながらこっちを見る。
「久しいな。百…いや、二百年ぶりか?」
「いえ、初対面です」
率直に返してみる。
「そうじゃな、お主とは初対面じゃ。まあ、今の返しで大体わかった」
老人は一人で納得する。
「時に少年。ここに来る前に、本のタイトルは見たか?」
「え、あっはい。吸血鬼です」
「うむ。では、吸血鬼とは何なのか、どうやって生まれたかはどうじゃ?」
老人の聞き方に違和感を覚える。まるで、吸血鬼が実在したように尋ねるからだ。
「?…吸血鬼は血を主食?にしていて、肌が青白く美しい。その美貌で屋敷なんかに人を招いて眷属にしたりする想像上の存在ですよね?」
「現実ではそう改竄したな」
老人の言っていることがわからない。
吸血鬼が実在した証拠なんて何一つ無いんだ。
肌が青白いのは、昔の貴族階級が尊い血を汚さないためとかで近親婚を繰り返し、劣等遺伝子を継いで誕生するからだし。
そのせいで、異常に日の光に弱い身体になったとか。
「少年。記憶、記録を消すのは手間でな。書き変えるのは楽なんじゃよ」
老人は考えている事がわかるのか。訂正を入れてくる。
「考えている通りに、肌が青白く日に弱いのはそういう遺伝子が在ったと書き変えた。血を飲むのは、実はワインを飲んでいたにした。蝙蝠を従えていたり、霧を操るのは手を加えていない」
いやいや、そんなわけ無い。
化け物が本当に居た根拠には……。
「◼️◼️◼️◼️王国」
?
なんていった?
「これは、完全に消した情報じゃ。認識する事は出来ん」
老人は揺り椅子にゆっくりと揺られていたのを止めて立ち上がる。
背は曲がっておらず、目も見えているのか細めていない。
ゆっくりした遅い歩みではなく、衰えるた事が無いと言わんばかりの力強い歩みで近付いてくる。
「ま、何事も経験じゃ。楽しんでこい」
老人はいつの間にか伸ばしてきた手で言葉を突き飛ばす。
暗い暗い空間に言葉が消えていき、老人は揺り椅子に戻る。
「あの少年。大丈夫かのう?何の対策もせずにあやつの記憶を覗くのは危ないんじゃが。迷い込んで最初に読んだのがこれなのか?それなら、随分な不運じゃな」
老人は独り言を始める。
少年が何事もなく帰ってくるのはあり得ないから、どこまで壊れて帰って来るのか独りで賭けをする。
何もない空間に少しの間、笑い声が木霊した。