国防最前線! ~猫派な私の転生魔力は鼻利き!?
「ここは国防の最前線。諸君らの働き如何によって、国の安寧が確かなものになるのだ。さあ、今日も緊張感を持って職務に就くように」
「「はい」」
職員達の凛々しい返事によって、ミケの「ふぁい」という寝ボケた声はかき消された。
ついでに、上司が背中を見せたタイミングで欠伸もしてしまう。
「ミーケー、真面目にやれよ」
同僚に注意されて気まずさは感じるものの、ついつい、言い訳したくなってしまう。
「この仕事の意義は重々わかってますけど、あのだらけきったお腹の人に緊張感とか言われても……って気分になりませんか?」
本音をこぼすと、同僚はおもいっきり吹き出して、尚のこと、小言を食らう破目に遭った。
朝礼から緊迫しているんだかいないんだかの訓告を受けるこの職場は、王都からかけ離れた辺境の国境となる関所だ。
辺境と言っても、隣国との関係は友好なので、そこそこの賑わいがあり、暮らしていくのに不便も不満もない。
仕事にしても、関わる内容的に賢くてしっかりした人が多いので働きやすい。
だからといって、そこに所属しているミケが特別優秀かと言えば、そんなことはなく、たまたま適した魔法を持っていた運のおかげだ。
前世から猫好きで、今世の名前がミケだというのに、火と地の属性から派生した能力が鼻が利くだけとは、前世、日本人で漫画・アニメ好きとしては納得がいかなかった。
ミケなのに能力犬じゃん! って、物心ついた瞬間に嘆いたくらいに。
ちなみに、前世の記憶は年齢が上がる内に徐々に思い出したので、苦痛とか人格違和感とかはなかった。
何より、前世では叶わなかった就職ができたことが嬉しかったので、どなた様がやってくれたのか記憶にないけど、この転生をさせてくれた存在に感謝していた。
下手に外面がよくて、大変見えっ張りだった前世は自己流で就活に臨み、やりたいことすら模索中だった中途半端さで面接は全滅。
なんとか近所の百均でバイトとして拾ってもらって、長期の就活に突入している最中に何かとぶつかってご臨終に。
わけのわからない衝撃は覚えていても、何がぶつかってきたのかは知らない。
そんな前世を持つミケが今世に掲げた目標は、就職して余裕を持った生活をする! だった。
なので、朝は弱くてアレな態度ながらも、仕事は精一杯努めてたりする。
ちなみに、今世の就活には魔法の能力が直結していた。
なのに、ミケの能力は鼻が利くだけ。
犬がいれば、充分じゃね?
とのやさぐれた発想から、逆に、前世で犬がしてたことならできるかも! と捻り思いついたのが、空港で不審物を探し当てていたワンコだった。
何かがぶつかる前に観ていたテレビのせいだろうだけど、ありがたいことに、すぐ隣の地域に関所があって、新規募集をしていた。
深く考えずに飛びついたミケは、前世の見栄や躊躇をかなぐり捨て、ありとあらゆる情報をかき集めて回り、面接ではこれでもかと熱烈猛アピールをした。
それもこれも、可も不可もなかった前世とは違い、納得がいかなかろうと、これといったアピールできる能力があったおかげだ。
そんな感じで就職できたミケは、めきめきと不審物発見に多大なる貢献をしている――わけでもなかった。
関所は昔から確立している要所で、基本的に禁止物の持ち込みは特殊なゲートで発見できる。
身分証や商取り引きの証書も魔具なので、偽証は国家レベルの技術が必要だ。
だったら、ワンコ能力要らなくね? とか思っていたら、ゲートではチェックしきれない特殊な違法品を見分けてほしいらしく、務めて早々に一般人が知らなくていいヤバイ物を延々と覚えさせられた。
というのも、ミケの能力では、知らない匂いは何なのか見極められないからだ。
おかけで、裏家業のマニアックな方達が喜びそうな知識ばかりが身についた。
以降、ミケが表立ってしているのは、関所施設を走り回る雑用で、ワンコ能力を活躍させる機会もなく、実に新人らしい日々を過ごしている。
誇れる経験と言えば、マフィア風情の男だろうが、浮かれきった酔っ払いだろうが動じない精神を得たくらいだろうか。
そんなある日、妙な人を紹介されたことにより、ミケの平和な雑用生活は乱されることになる。
「あれ、お客さんですか?」
同僚に呼ばれで事務所に戻ったミケは、嗅ぎ慣れない魔力に気づいて鼻をすんすんさせた。
「そういうことで、お茶を持っていってくれないか。今、お茶入れ名人が外に出てるんだ」
「なるほど。わかりました。ちなみに、ランクは?」
「特上だ」
「うわぁお。それは張りきらないと」
ミケは腕を捲って、名人直伝の丁寧な蒸らしをしながら、棚奥から取っておきの銘菓を小皿に盛った。
それから、備えつけの鏡で自分の姿を確認する。
もしゃっと跳ねてるオレンジの猫っ毛を軽く撫でつけ、じいっと化粧っけの少ない顔を見つめる。
「うん、これ以上はどうしょうもない」
人間、ある程度の諦めも必要だ。
とりあえず、埃を払って、手洗いしたので清潔感は大丈夫だろう。
「失礼いたします」
緊張しながらドアを開いて、ミケは驚いた。
上司を含めて三人分のお茶を用意してきたのに、二人しかいなかったからだ。
「ミケ。ちょうど、三人分の用意だな。そこに座れ」
固まっていたミケは、出っ腹な上司に閉じ込められるように、部屋の中に通された。
でもって、上司の隣に座らされる。
「こちらが、先ほど話したミケです」
「なるほど。確かに、三人分ですね」
たいしたことを確認されているわけではないのに、ミケは冷や汗だらだらだった。
「ちなみに、ランクは?」
「2と並みですが、うちで色々と仕込んでいるので使えますよ。何より、度胸があります」
たぶん、褒められているのだろうけど、ミケは商品説明にしか聞こえなかった。
頭の中では、ドナドナが悲愴な曲調で流れ出している。
「それでも、私は不要と答えましょう」
「そうですか。ならば、私からは一つだけ。私は、すでに許可しています」
「お好きに」
地味にピリピリした空気に、ミケはなけなしの営業スマイルが引きつった。
「ミケ」
「は、はいっ!」
上機嫌風の上司に呼ばれて、嫌な予感がものすごくする。
「今日は雑用を免除するから、この方の案内を頼む」
え、嫌です。
とは言えないのが、しがない勤め人の定めだ。
「はい、かしこまりました。えっと……」
「ドーベル・ウィングです。よろしく」
答えてもらったものの、ものすごーく、よろしくしたくないオーラが出ていた。
そもそも、名前がドーベル。
そう名乗られたら、ミケにはドーベルマンにしか見えなかった。
逃げたら、速攻で追いかけられて、がぶがぶされる地獄絵図しか浮かんでこない。
「では、ご案内させていただきますね」
どれだけ相性の悪さが明確だろうと、上司の命令には逆らえないミケは、ここぞとばかりに猫を二重三重にかぶるのだった。
☆ ☆ ☆
「……なんですか」
施設を案内し終えたミケは、物言いたげなドーベルを見上げた。
元々小柄なミケだけど、ドーベルの方も平均よりのっぽなせいで、首が痛くなりそうだ。
「立入り禁止区域が多いなと思って」
「そうですね。国防最前線ですから」
「できれば、そちらも一度は見ておきたい」
「すみません、お客様。上司からは案内しか許可が出ていませんので、期待には応えられません」
「……るほど。教育が行き届いているのは本当らしい。なら、周辺の見ておくのは?」
「国境の内側で、通行の妨げにならないのなら問題ありません」
というわけで外に出たのだけど、まさか、それが罠だとは思わなかった。
「あっ、ちょっと失礼します」
断りを入れて脇道を歩いていたら、見逃せない紫色の花を見つけたので、しゃがみ込んで匂いを確認する。
「やっぱり」
「その花が、どうかしたんですか」
放置していた狂犬(勝手なイメージ)が向いに回ってきたので、説明をしておく。
「この花。可愛いんですけど、猛毒なんです」
「俺でよければ、抜いてしまうが?」
そう言って、革手袋をした手を振ってきた。
口に入れなければ問題ないはずだけど、やってくれるならありがたい話だったので、お願いすることにする。
「ありがとうございます。抜いたら、用心のために焼いちゃってください。あ、でも、この辺を掘り返したっぽい雰囲気だから、証拠保全で凍らせてもらった方が……」
とか考えていたら、辺りが暗くなった。
なんだろうと見上げてみたら、標的を見定めたハンターみたいなドーベルの顔面が真上にあった。
「素直で長いものには巻かれるタイプながらも、危ないラインの見極めはできる。但し、時々、自分の身を危険にする、とんでもないうっかりをしがち……だったな」
「ええっと?」
「俺の能力、気づかない振りをしておくんじゃなかったのか?」
そこまで言われて、ミケはハッとした。
「え、いや、なんのお話ですかぁ?」
とっさに、一番人気の受付嬢を真似してみたけど、無力だった。
「俺は、とある任務でここに長期滞在予定なんだが、非常識な能力を知られたくないのはわかるだろう」
ドスの効いた低音で低温なボイスに、ミケは見上げすぎて痛くなってきた首でコクコク頷いた。
この世界の魔法は六つの元素で構成されていて、闇・火・地・光・水・風でぐるりと円環する関係らしい。
そして、メインを中心に、二つ三つの元素を使える人が多い。
過去の大魔導師には五つも元素を操れた強者がいたとか言われているのだけど、対立する元素だけは人には扱えないものされている。
だから、火と水の元素を一人で匂わせているドーベルは異様なのだ。
今更ながらに、己の迂闊さに気づいたミケは冷や汗をダラダラたれ流した。
「独り暮らしだったな」
「え、はい」
「病歴は?」
「特になく、心身共に健康です」
「彼氏、もしくは好きな男は?」
「そんなもの、いたことがないですけど」
前世でなら、好きな人くらいいたけどなと考え直してしたら、ドーベルが狂犬らしい顔で笑った。
「あ、あのぅ?」
「今から、あんたは俺の補佐兼彼女だ」
「は?」
「悪いが、俺のやってる任務は、かなり上からの指示なんで、少しでも身バレの要素は消しておきたいわけなんだが」
「けっ、消す!?」
「さすがに、非情な俺でも、国のために働いている幼気な一般人をどうにかするのは心が痛む」
そうは言ってくれるが、ドーベルの表情は一貫して狂犬に相応しい。
しかし、幼気とか言われたことに、ミケの反発心がむくりと起きた。
「だからって、彼女とかおかしいですよね」
「プライベートこそ危ういと思っているんだが?」
「うっ……」
さっきの今で、否定しきれない。
「大丈夫。上司の許可は出ている」
「そんなぁっ!?」
やっぱり、あれはドナドナ契約が成立した空気だったらしい。
返す言葉もなく固まった首で頭真っ白になっていると、狂気をニヤつきに変えた狂犬が近づきてきた。
「それじゃあ、よろしくな。マイハニー、ミケ」
そう囁いて、おでこにキスされた。
「ななななな、何を!??」
「これくらいは業務の内だ。嫌なら慣れるか、俺に惚れろ」
「いや、無茶な!」
しかし、悲しいかな、ミケの意見は反映されることなく俵かつぎをされ、文字通りのお持ち帰りをされるしかなかった。
「のおおぉー、ヘルプミー!!」
この時点では、出会って一時間もしないで彼氏彼女とか誰も信じないだろうと高をくくっていたミケなのだけど、職場では驚くほど面白がられ、あっという間に認知されて誰も助けてくれないどころか、ほぼ全面的に敵に回ってくれた。
更に後、ドーベルの任務が本格的に動き出した頃には、ミケ自身が狂犬にほだされていくのだけれども、いま現在には当人達にも思い描けない未来だった。