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中華粥であったまろう

 桜もほとんど散りかけて、葉桜の時期になってきた。


 ふゆの住むところは日本でも西の方なので、開花時期も早くて入学式や始業式はいつも桜が散らないかハラハラさせられる。一週間前の入学式にはちょうどいいタイミングだったけど、始業式には淡い色の花も散るのを待ってくれなかった。


 下足場の大きく開け放った扉の向こう、校門脇で下校していく生徒たちを見送りながら静かに立つ木の姿を見つめて、ふゆは急に寂しさを感じて立ち尽くした。

二年前、入学式の日に両親とあの桜の前で記念に写真を撮った。

ついこの間のように思い出せるのに、卒業式の日は同じことができない。


「ふゆ、待たせてごめんね! ──ふゆ?」

「あ、百合ちゃん。ううん、なんでもない」


 ふゆを覗き込んでくる友達に慌てて首を振った。

少し日に焼けた彫りの深い顔立ちの女の子だ。ハキハキした喋り方にポニーテールがよく似合う。

白井百合といって、ふゆの中学生からの友人だ。


「同じクラスになれなかったの残念」

「ね〜! テンション下がる〜!」


 百合はふゆの肩を掴むと肩口にコテンと頭をのせて寄りかかってきた。

 かと思えばガバリと顔を上げて叫ぶ。


「お腹空いた! こぶた行こう!」

「ホットサンド? いいね」


 こぶたというのは二人が放課後にたまに寄る店だ。始業式だけだった今日のように昼食を食べていないときに、あの店でホットサンドを食べる。

ふゆのお気に入りはテリヤキチキンたまごだ。メニューの種類も豊富で、ホットサンドだけでなく新鮮なフルーツを使ったジュースやタルトも美味しい。


 靴を履き替えて歩き出すと、校門前が人だかりになっているのがすぐ目に入った。


「げっ」


 百合が隣で小さく呻くのが聞こえた。

 人だかりがほとんど女子高生ばかりで、その中心に頭ふたつ分ほど背の高い男子がいる。


「お、ふゆ。と白井か」

「なっちゃん、久しぶり」


 ふゆが手を振ると、彼は白い歯を見せて笑った。

 南野夏樹、ふゆの幼稚園の頃からの幼なじみだ。付き合いだけでいえば百合よりもお向かいに住んでいる彼のほうが長い。


「南野。アンタなんでさっさと帰んないのよ」


 百合が険のある声で問いかける。あからさまな態度にも怯まずに夏樹は鼻で笑った。


「オレがいつ帰ろうが白井にカンケーなくねー?」


 二人が一瞬無言で睨み合った。険悪な空気をどうするべきか困っていたら、夏樹を囲む女子の中から一人の女の子が声を上げる。


「夏樹ってば、白井さんたちと仲良かったんだ?」


 目をやれば、明るい茶髪に染めた可愛らしい顔立ちの女の子だった。

 うっすらと化粧もしていて、指先まで手を覆い隠すように淡いピンクの大きめのカーディガンを羽織っているところもおしゃれに余念のなさがうかがえる。


「あたし、蒼井春香。北原ちゃんと同じクラスになったの、覚えてる?」

「う、うん……」


 隣で百合がムッとするのがわかった。背の高さや整った顔立ちのせいか、夏樹は昔から女子に人気があって、そういう女の子たちに幼なじみというドラマか何かみたいなポジションのふゆは目の敵にされることもある。


「さっさと帰ろ、ふゆ」

「あ、うん。じゃあね……」


 申し訳なさ半分、ホッとしたの半分でまた手を振ると、夏樹に呼び止められる。


「ふゆ、なんかあったらオレを頼れよ」

「え?」

「行こ、ふゆ!」


 幼なじみの言葉の意味がわからずに、ふゆは首を傾げながら百合についていく。


◇◇◇


「なんなの、アイツ!」

「ま、まあまあ。百合ちゃん……」

「うっざ、頼れよって? うっざ! キモ! アイツのせいでふゆがいじめられてたときは知らんふりしてた癖にさ、なんなの!!」


 こぶたに到着して、ホットサンドにかじりつくのもそこそこに百合は憤っていた。

 ここにくる道中は怒って黙りこくっていた反動で、マシンガンのような喋りが止まらない。


「いじめられてたっていっても、ほんのちょっとの間だし」

「ちょっとの間っていっても、あれは酷かった!」

「それは、そうだけど……悪いのはあの子たちで、なっちゃんは関係ないし」

「カンケーなくない! わたしほんっとにアイツ嫌い!」


 ふゆは曖昧に笑いながらグラスからひと口水を飲んだ。レモンとグレープフルーツの輪切りが浮いたサーバーから注いだ水は口の中をさっぱりとしてくれる。


「でも、お父さんとお母さんのお通夜には来てくれたんだ」

「あー……そう、だったね」

「私、呆然としててほとんど覚えてないんだけどね。なっちゃんと百合ちゃんが来てくれたのは、なんていうか、ホッとしたよ」


 ようやく怒りをおさめた百合が、気まずそうに椅子に座り直す。


「……ごめん」

「何が? 百合ちゃんが私を心配してくれてるのは嬉しいし」

「……あっそ」


 乱暴に答える百合の顔は、俯いているけどほんのり赤かった。




 37.9℃。体温計の表示は振っても変わらない。


「薄着で寝てたからかな?」


 ふゆが訊ねると、明菜は気まずそうに掛け布団を肩まで引き上げる。

 朝はあんなに元気だったのに、帰ってきてみればゼエゼエ辛そうな息をしながら布団に潜り込んでいた。


「布団蹴っちゃって、お腹出して寝てた」

「あらら…」


 無理もない。今朝の彼女の服装で寝ていたとすれば、掛け布団一枚があるかないかで違ってくる。

 春とはいえまだまだ花冷えの季節だ。


「なんか食べれそう? お昼は何食べた?」

「何も食べてない。めちゃくちゃお腹空いた」

「食べれそうだね。じゃあ中華粥とかどうかな? 付け合わせにザーサイと高菜と……」

「春巻き!」


 病人にしては元気な返事に思わず笑ってしまう。ふゆは買い物袋と財布を手に立ち上った。


「スーパーのお惣菜でもいい? あそこの春巻き美味しいんだよ」

「うん。ごめんねふゆー」

「いいよ。明菜ちゃんはちゃんと寝ててね」


 出かける前に、キッチンで下準備をする。

 おかゆは炊くだけでいいので好きな料理だ。炊く前にお米を研いで、水気を切ってしばらく置いておく。

 最近は炊飯器でも簡単に作れるが、中華粥はひと手間だけ必要なので鍋から炊く。


 スーパーで春巻きと他に食材をいくつか買ってきて、再びキッチンに戻って作業を開始する。

 さーてと、鼻歌まじりにエプロンを巻きつけて、手を洗った。


 中華粥といっても即席だ。お米をごま油でコーティングして、鍋に入れて十倍の水で炊く。

 鍋の様子を見ながら、豆苗をカットして炒める。

 青々とした茎が炒め油で鮮やかな緑になるのが見ていて楽しい。塩加減は風邪っぴきがいるので控えめに、冷えと喉に良さそうだからチューブのショウガをほんの少し。


「っとと!」


 ガラスの鍋蓋越しにふつふつと沸騰してきたのが見えた。

 慌てて弱火にして、タイマーをセットする。

 百円均一のひねるタイプのタイマーがカチカチとカウントを始める。

 今日の仕事はこれだけだ。春巻きは食べる前にトースターで温めればいいし、他の付け合わせは漬物系ばかりだ。

 ふゆは作業台の下から椅子を引っ張り出してきて腰掛けた。鍋のコトコトいう音に、カチカチ鳴るタイマー。

 キッチンは騒がしくて落ち着く。

 顔を上げてキッチンから続きになった居間の向こう、中庭に面したガラス窓に目をやる。外はすっかり暗くなっていた。


 ふゆが初めてひとりでお粥を作ったのは、母のためだった。

 母はいたって健康な人だったけど、年に一度大きい風邪をひく。底抜けに明るい人だったから、布団に包まって部屋に閉じ籠っていると家の中が暗くなったような気がして、いてもたってもいられなかった。

 家庭科の教科書を引っ張り出して、習ったばかりのお粥を作った。


『美味しいよ。ふゆ、すごいね』


 母は嬉しそうに何度もふゆを褒めてくれた。


 急にぽっかりと空虚な気持ちがふゆを襲う。

 両親のことを思い出すと、まだ泣きそうになる。しゃくりあげようものなら、壁の薄いこの家では明菜に聞こえてしまう。心配させたくなかった。

 椅子から立ち上がって、鍋をのぞき込む。


 不意に物音がして振り返った。家ごと軋むような音。

 どこからだろう。

 廊下に出て、音の元を探る。


──ウォォーーン……


 狼の遠吠えのようだった。

 奥の部屋からだ。父の書斎。

 ふすまや引き戸ばかりの我が家で唯一のドア。厚い一枚板で作られている扉の表には、不思議な模様が掘り込まれている。

 その隙間から銀色の筋のように光が漏れていた。


 ガタガタ! 扉が意思を持っているように揺れた。

 ドアノブが勝手に動いている! あと一歩というところで、信じられない光景にふゆは脚がすくんでしまった。

 何が起こっているの? 理解できないでいるうちに、今度は勢いよく扉が開いた。


 バン! と叩きつけるように開け放たれた扉の向こうから、冷たい風と雪が吹き込んでくる。

 頰を切り裂くような猛烈な吹雪。ここは冬でもないし外でもないはずなのに。


 ふゆはドアの向こうに見てしまった。

 夜の漆黒に白く浮かびあがる雪原。

 暗闇の中、赤い目を光らせる生き物──悲鳴を上げる前に、誰かがふゆの前に立ちはだかった。

 その人は飛びかかってきたそれを杖で殴る。キャン、と犬のような鳴き声を上げて後退した。


「助かった、あまりに数が多すぎる」


 よくわからない恐ろしい獣と睨み合っていたその人はこちらに背中を向けたまま後ずさってドアをくぐってきた。

 グルル、低く唸る声が複数近づいてくる。

 獣の方も今にも喉笛を掻き切らんとにじり寄ってくる。

 遠くではわからなかった異様さがあらわになった。

 姿形は狼のようだが、はるかに大きい。その輪郭が黒煙のように時折暗闇にぼやける。


──ガァァアッ!


『閉じよ!!』


 それらが今にも飛びかかってくるかと思った時、再び勢いよく扉が閉まった。

 銀の光がほとばしって、思わず目を瞑る。


 しばらくして、おそるおそる目を開けると、何者かわからない相手がこちらを振り返るところだった。


「突然のことで驚かせてしまったな。……おや、見慣れぬ場所だがここはどこの神殿だ?」


 若々しい声なのにどこか老成した口調。

 白いマントに、フードの下から現れたのは白く輝く髪。

 老人のような色なのに、その下は涼しげな顔立ちの若者だった。


 おとぎ話の世界かファンタジー映画から抜け出してきたみたいな服装。


 自分が目にしているものが現実なのかわからなくて、ふゆはただあんぐりと口を開けるしかできなかった。


「ふゆ? なんか大きな音が聞こえたけど、どうした……」


 廊下に明菜が顔を覗かせる。大きく目を見開いて、それから叫んだ。


「不審者ー!!!」


 叫び声と男がばったり倒れるのは同時だった。


◇◇◇


 中華粥はギリギリ間に合った。ガスコンロの火を消してふゆはホッと息を吐く。


 非現実的な出来事で時間感覚を忘れてしまっていたが、ほんの数分の間のことだったらしい。


「コイツ、何者なの?」


 居間に寝かせた男を孫の手でつつきながら、明菜が訝しげに訊ねる。ふゆにもわからないので首を傾げた。


「さあ……。お父さんの書斎から出てきたの」

「泥棒?」

「違うと思う……」


 ふゆは自分の目であの光景を見たからそう言い切れるが、それを明菜に説明できる気はしなかった。

 自分でも信じられないのに、叔母に信じてもらえるとは思えない。


「泥棒がこんな変な格好するわけないか」

「血塗れだけど、怪我してる?」


 白いと思っていたマントは、よく見れば血で汚れていた。


「返り血ってやつじゃない?」


 明菜が人差し指と親指でつまむようにしてマントをめくりながら確かめる。

 ほら、と示されてみれば、マントの下の服はほとんど血で汚れていない。


「服装はともかく、なかなかイケメンね」

「明菜ちゃん……」

「あはは、びっくりしたらめまいしてきちゃった」

「大丈夫?」

「ちょっと寝てくる。ごめん、ご飯起きてから食べてもいい?」

「うん」

「あ、その前にコイツ、動けないようにしておくか」

「え?」


 病人とは思えない力で明菜は仰向けに寝ている男をひっくり返した。

 ふゆに結束バンドを持ってこさせて、後ろ手にして親指をまとめて結ぶ。スパイが出てくるドラマで知ったやり方だそうだ。簡単に見えてやられた方はなかなか抜けられない縛り方らしい。


 気を失って倒れているのにかわいそうな体勢で男を転がして、明菜はあくびをしながら部屋に戻った。


 部屋の中が急に静かになる。キッチンから中華粥のごま油のいい匂いが漂ってきた。

 きゅる、とお腹の鳴る音。ふゆからじゃなかった。


「うぅ、……な、なんだ……!?」


 腕が思うように動かないことに気付いて、必死でもがいている。

 こちらの安全のためとはいえ、かわいそうな光景だ。


「ど、どうなっている!」

「あのー、ごめんなさい」


 ふゆが声をかけると、男は仰向けにひっくり返ってこっちを見上げた。

 夜空のような深い紺色の目。睫毛まで白い。明菜がなかなかイケメン、と評したけど確かに日本人離れして整った顔立ちだった。


「ここはどこだ?」

「えーと、私の家です」

「家? 神殿ではないのか?」

「違います。あなたこそ、どうやってうちの父の書斎から出てきたんですか?」

「俺は魔狼に追われて逃げている最中で、『扉』を繋げたつもりだったんだが……」


 私の方を見上げていると縛られた手が背中の下敷きになるらしく、男は痛そうに顔を歪める。

 窮屈そうな体勢のまま首だけ動かして、部屋の中を見回した。


「……ここは神殿ではないな」


 困った顔をしたのはほんの一瞬だった。

 ぐう、と再びお腹の虫が鳴く音がして、彼は恥ずかしそうに肩を竦める。

 縛られた体勢のままだったから相当かっこ悪い仕草だ。


「……しばらく何も食べていなくてな」

「お腹空いてるんですね」

「ああ、それに、さっきからずっとうまそうな匂いがしているからな……」


 しょんぼりとお腹を鳴らす姿が情けなくて、端正なつくりの顔とミスマッチだ。


 ふゆは思わず問いかけてしまった。


「……た、食べます?」


◇◇◇


 ボーン、と居間の振り子時計が時間を知らせる。

 柱型の大きな時計で、毎日ネジを回さないといけない骨董品だ。ネジさえ回していれば壊れることなく何十年も動いてくれる。


 ちゃぶ台の前には物珍しそうに部屋を見回す男が座っている。

 結束バンドははずしてあげた。明菜には無用心だと怒られそうだが、人が悪さをするのは空腹のせいだし、全身白装束の目立つ格好で逃走してもすぐに捕まるはずだ。


 温め直した鍋からお粥を丼に盛って、付け合わせの豆苗炒めやザーサイ、高菜を小皿に盛り付けていると、トースターで温めていた春巻きがちょうどよく出来上がる。

 お盆にのせてちゃぶ台まで運ぶと、男が興味深そうに身を乗り出した。


「見たことがない料理だ」

「中華粥です。どうぞ、めしあがれ」


 レンゲを差し出すと、受け取っておずおずと丼に差し込んだ。

 ひとすくい、湯気がほのかにあがるのを口に運び、のけぞった。


「ぁつっ!」

「あ、熱いですよっ! フーフーして食べてください」


 小さな子にするみたいな注意をしてしまった。


「これは、なんというか……味の薄いスープのようだな」

「おかずと一緒に楽しむものなの」


 箸が使えるかどうかわからなかったので、フォークを渡す。

 男は春巻きを選んだ。温まった皮がパリッと音を立てる。

 ひと口かじって紺色の目が輝いた。どうやら美味しいらしい。

 ふゆは心の中でほっとする。不審人物でも、自分が作ったご飯を喜んでもらえて嬉しいなんて不思議だ。


 食べ進めるうちに、男の頬に血の気が戻ってきた。

 そういえばさっきまで青白い顔をしていた。あの雪の中どのくらいいたのだろう。それも、あの恐ろしい獣が幻覚でなければ、あれから逃げている最中だったのだ。とんでもない状況だ。


 人ごこちついたのか、彼は顔をあげてふゆと目を合わせた。


「すまない、すっかり名乗るのをを忘れていたな。俺はエルランディア。星読みで、諸王国の信任を受けて旅をしている最中だった」

「える……」

「エルランディアだ」

「えらんる……でぃあ?」

「エル、ランディア。星を求めるものという意味がある。エルでいい」

「じ、じゃあ、エル……エルはどこの国の人?」

「生まれは三日月王国だ」

「三日月……王国?」


 そんな国聞いたこともない。ふゆは首を傾げる。嘘をついているにしても現実離れしている。


「両翼大陸の北東だ。古くは民の半分がエルフだったが、今は黄昏の岸に旅立ってしまって久しい」

「エルフ?」

「そうだ。背が高く長寿な種族の」

「そんなの、空想の生き物だよ。冗談だよね?」


 ここで初めて、エルランディアはどうやらおかしいぞと気付いた。ふゆたちのほうはもう気が付いていたのに。


「ここは、どこだ?」

「えーっと、両翼?大陸ってところじゃないよ。日本ってところだよ。アジア大陸の東のほう」

「アジア?」

「えーっと……ちょっと待っててね」


 ふゆは自分の部屋から世界地図を持ってきた。経済の教科書なのでざっくりしているが、位置関係を説明するだけならこれで十分だろう。


「これがアジア大陸。この東の小さな島が私たちのいる場所。日本っていうの」

「ニホン……」


 エルランディアは呆然と呟く。


「ここは、違う世界なのか……」


 迷子の子供みたいだった。


「……いや、『扉』を使ったのだから、何か方法はある」


 長いため息を吐いて、彼はゆっくりとひとつ頷いた。

 ふゆがまだ受け入れられない現実を、エルランディアは飲み込んだみたいだ。

 顔を上げて、ふゆをまっすぐに見つめた。


「色々教えてくれてありがとう。名前をまだ聞いてなかったな」

「あ、北原、ふゆ。ふゆです」

「キタハラ……どう言う意味の名前か聞いても?」

「北原は名字です。先祖代々の……ふゆが名前です。北原は北の原っぱ。ふゆは四季の、春夏秋冬の中で一番寒い季節のことです」


 ふゆは自分の名前が嫌いというわけではなかったが、冬生まれだからふゆ、なんて面白味がないと思っていた。

 響きは好きだけど、どこか冷たいイメージで、ふゆは本当は冷たいところがあって、大事な人を大切にできないのかもしれないと恐れていた。

 だから両親を失ってしまったのではないかと。

 クリスマスプレゼントなんか頼まなければよかった、誕生日プレゼントもいらないって言えばよかった。そうすれば両親が事故に遭って死んでしまうことはなかった。

 息を圧迫する後悔が胸の内に滲み出す。


 エルランディアは大きな手で顎をさすりながらふゆの名前を復唱し、ふーんと感嘆した。


「良い名だ」

「そ、そう?」

「ああ。星読みにとって、北は迷った時に最初に探す方角だ。導き星がある」

「導き星……北極星みたいなもの?」

「こちらもそうなのだな。冬は一番夜空が澄み渡る。一番星が美しく輝く季節だ」


 ニコリと笑うと整った顔が男らしくなる。無造作にこちらに手を伸ばしてきてポン、と頭に手を置いた。

 手のひらの温かさが伝わってくる。じんわりと、ふゆの心に染み込むようだった。


「フユの両親はフユのことをとても愛しているのだな。美しい、とても良い名だ」


 掛け値のないエルランディアの言葉は勢いよくふゆの胸に飛び込んできた。

 両親の死以来、ふゆの心には薄い膜があって、誰の言葉もそれを超えられなかった。

 恐れていた。両親が死んだのはふゆのせいだと真実を突きつけられるのを。

 だからその前に誰も超えられない膜を作った。


 誰かが聞いたら、そんなことはないと否定してくれるだろう。でも、ふゆだけは否定できなかった。


「お、おい、どうした!?」


 慌てた様子で問いかけられて、ふゆは顔を上げた。


「え……?」


 膝の上に置いていた手の甲に、ポタリと滴が落ちる。

 スウっと頰から顎に滑り落ちていく温かくて湿った感触。

 辿るように指先で拭ってはじめて、自分が泣いていることに気づいた。


「何か悪いことを言ってしまったか? すまない……」

「ち、違うの……」


 自分の殻の中に閉じこもってしまって、すっかり見失っていた。

 お父さんもお母さんも、ふゆを責めたりしない。

 ふゆが心の底は冷たい人間だからと、大好きな人たちを拒んでしまったらそれこそ怒られてしまうだろう。

 お母さんは料理下手だし、お父さんは口下手だけど、愛情いっぱいに育ててくれた。

 そんなことにさえも目を背けてしまうところだった。


「あ、あり、」

「お、おい」

「ありが、とう!」


 小さな子どもみたいにしゃくりあげながらお礼を言った。


「なんのことだ?」

「わ、私も、自分の名前、だ、大、大好き、なの……!」

「そうか……」


 何か察してくれたのだろうか、ヒクヒク喉が震えて上手く息ができないふゆの背中を、エルランディアは大きな手でそっとさすった。

 余計に止まらなくなって、子どもみたいに声を上げて泣いた。


「ああ、もう、仕方ないな」


 長い腕がふゆの身体包んだ。何が起こったのか理解する前にびっくりして涙が引っ込んでしまった。

 家族のものとも違って、しっかりとした存在感と、分厚いマント越しにもわかる力強さ。


 突然心臓が飛び跳ね始めて息苦しい。


「フユ、お前の名前は本当に良い名だ。星読みの俺にとっては、不思議な縁で導かれたようにも思える」


 優しい手つきで頭を撫でながら言い聞かせられると、身体から力が抜けるように安心した。


 ふゆはしばらくの間、エルランディアの胸で泣いていた。




お粥、よく食べたくなります。

中華粥はごま油でお米を揉んでコーティングすると良いってテレビで見て以来その作り方でやってます。

お米;水=1;10で、ふたは取らずに沸騰するまでは強火で、沸騰したら弱火で焼く40分。

お米が裂けるようになっていたら出来上がりです。「花が咲く」と言うらしいです。

塩や中華だしで味付けするレシピもありますが、おかずが味ついてるので、私はそのままでいつも食べてます。

ごま油でほんのり風味を感じて美味しいですよ。

干し貝柱を水で戻して一緒に入れるとちょっとリッチなお味になります。

食べすすめて春巻きとかカリッとしたものを浸して食べるのもまた楽しい。お粥に油も滲み出てどっちも美味しい。

近所に天心と中華粥のセットを出しているお店があって、そこでいろんな天心と一緒に食べるお粥も楽しかったです。家ではできない贅沢。翡翠餃子に大根餅、焼売に肉まん春巻き、棒棒鶏も付け合わせにあって非常に美味でございました…

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