焼き鮭で朝食を
焼き鮭ののった皿をちゃぶ台の上に置いた。
ジュワッと表面で脂が弾けている。グリルから出したばかりでほっこりと湯気が立って、鮭の塩っぽい香ばしさが漂った。
ふわあ、と大きなあくびをしながら居間に女性が入ってくる。
スレンダーでスタイルがいいのに、ヨレヨレのタンクトップにショートパンツで、明るい茶色に染められた長い髪は寝癖でボサボサだ。
「おはよう、ふゆ」
「おはよう、明菜ちゃん」
黒髪でボブカットの少女、ふゆは食卓に皿を並べながら彼女に笑いかけた。制服の上に着けていたエプロンを外して畳み直す。
畳の上に敷かれた座布団の上に座りながら、明菜はふゆにニカッと笑った。
「洗面所、歯ブラシおろしてくれてたんだね。ありがとう」
「どういたしまして。うちに買い置きしてたやつだけど良かった?」
「助かるー。引越しの荷ほどきがまだ終わんなくてさ、歯ブラシどこにいったかわかんないんだよ」
明菜はふゆの叔母で、母の妹だ。
東京で有名なネイルサロンに勤めていたらしいが、ふゆのために田舎へ引っ越してきてくれた。
「ありがとうね、明菜ちゃん」
「もう、お礼なんかいらないの! アタシがふゆを放っておけなかっただけだし!」
斜向かいに座ったふゆの背中を、明菜はバシンと力強く叩いた。
「姉さんと義兄さんのお通夜は、本当に酷かったし。アタシもムカついちゃって、そうなったらもう勢いよ」
思い出すように彼女の目は遠くを見る。
ふゆの両親が死んだのは4ヶ月ほど前。
その日はふゆの誕生日で、クリスマスだった。
記念日ふたつ分のケーキとプレゼントを買って帰る途中に、進路侵入してきたトラックと両親の乗った自動車が衝突して、そのまま二人とももう二度と会えない人になってしまった。
酷かったのはそのあとで、物言わぬ遺体になった両親を前にして親戚たちの争いが始まった。
誰がふゆを引き取るかで大揉めしたのだ。
ひとり残されて心細い子どもの気持ちなんかお構いなしに、大の大人が唾を飛ばしながらほとんど罵るように己の権利を主張した。
理由のひとつはふゆが受け取るであろう両親の保険金、それからトラックの運転手が働いていた会社からの補償──実は相当なブラック労働を強いられていた結果の事故だったらしく、多額の補償金が出るらしい──それと最後に、ふゆが家族で暮らしていた家だ。
昔ながらの古くさい木造の日本家屋なのだが、問題は建っている場所だった。
田舎でも比較的都市部で、年々地価が上がっている、いわゆる一等地なのだ。
父がその父、ふゆにとっての亡き祖父から受け継ぎ、雨漏りする屋根や建て付けの悪い雨戸や障子を直しながら暮らしてきた。
『あそこら辺は今は開発でショッピングモールやマンションが次々建ってるし』
『売っぱらえばふゆちゃんの学費もなんとか払えるだろう』
『上手いことを言いやがって! なんとかどころじゃないだろう。自分の懐にも入れるつもりだな』
『そこはそれ、親戚とはいえ他人の面倒を見るんだ』
『こっちにも見返りがないと』
もう二度と目を開けない両親を前にしたふゆをよそに、良い歳をした大人たちの声はだんだん遠慮がなくなって大きくなった。
『もー見てらんないわ! あんた達それでも大人ですか?』
口角泡飛ばしながら言い合っていた人たちを黙らせたのは、一番若かったふゆの叔母の明菜だった。
『もう高校生だけど、まだ子どもが、目の前にいるんですよ? 遺産がどうだの、家がどうだの、醜いと思わないの? 保険金も補償金も、家も、ぜーっっっんぶこの子のもんです! この子の後見人になる大人は、ただ預かるだけ! 見返りとかなんとか言って手をつけちゃったらそれは馬鹿のろくでなし!』
叔母の言うことは正しかったが、それはただの綺麗事だというのは卒業まであと一年と少しのふゆにもわかった。
生きていくにはお金が必要なのだ。それが働かずに手に入るならどんなに楽でいいか。
けれど叔母は引き下がらなかった。
ふゆの手に入れる遺産には一切手をつけないと啖呵を切って、ふゆの後見人になってくれた。
ふゆが叔母に逢ったのは両親の通夜が初めてだった。
物心つく前に会ったそうだが、そのあとは叔母は東京でずっと暮らしていた。
ネイルサロンで働いて、開業するための資金を貯めていたというのは母から聞いてなんとなく知っている。
派手で華やかな見た目の反面、しっかり者で夢があった叔母がこんな田舎で一緒に暮らしてくれることに、まだ申し訳なさが残っていた。
仕事はこっちでも出来るって胸を張っていたけれど、やっぱり東京とはビジネスのチャンスも違う。
それでもふゆのことを考えてくれたのはありがたかった。
「あの時の明菜ちゃん、かっこよかった」
「やめて。あれはあいつらが本当に酷かっただけよ。ふゆ、世の中の大人はあんなのだけじゃないからね」
「……うん」
明菜の言葉が意味するところは理解したが、心の中では受け入れ難かった。
目の前で言い争う姿は恐ろしかったし、自分の行く末をどうこうする話を耳にしたときは不安でしかなかった。親戚の中にはふゆとひと回り離れた自分の息子と結婚させてはどうかと言う話もあったくらいだ。
「さ、食べよ。冷めちゃう」
「あっ、ごめん」
明菜に促されてふゆも慌てて食卓の向かいに座った。
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせて声を揃える。
今日は玉子焼きに大根とニンジンのお味噌汁、冷凍ほうれん草のおひたしに、メインは鮭だ。
「朝ごはんちゃんと食べるなんて久しぶりー」
「そうなの?」
「一人暮らしじゃめんどくさくなってしないから」
お椀から味噌汁を一口啜って、明菜は幸せそうに唸った。
「うーん、ふゆ天才! これ、姉さんから教わったの?」
「ううん。明菜ちゃんだって知ってるでしょ。お母さんが破壊的に料理下手だったの」
「そうだった」
今度はひと口ご飯を頬張って目を細める。箸先で鮭をつついてほぐして、ご飯と一緒にもうひと口。
「これこれ、この塩気がいいのよ〜」
玉子焼きをひと口食べてまた唸る。
「アタシしょっぱい玉子焼き好き」
「よかった」
甘い玉子焼きも食べるけど、白いご飯と一緒に食べるなら断然しょっぱい玉子焼きだと思う。
ふゆは残りのお味噌汁を啜って、自分のお皿やお碗を重ねた。
「ごちそうさま」
「え、ふゆもう終わり?」
不思議そうな叔母の問いにふゆは一瞬ぎくりとする。
しっかりメニューを組んだ叔母の朝食とは別に、自分の分は玉子焼きひと切れに、お味噌汁とご飯が少しだけ。
「うん……今日クラス替えだから、緊張しちゃって」
心配させないように、慎重に嘘を吐いた。
明菜のために料理を作るのは楽しいのだが、いざ食事を目の前にすると食べたい気分にならなかった。
どんなにお腹一杯になっても、どうしてか胸の中は空洞ができたみたいにスカスカで、もうしばらくずっとそうだった。
「あ、そっか。もう三年生だもんね。高校生活もあと一年かあ」
「……うん」
「洗い物はアタシやっとくから、いってらっしゃい」
「ありがとう。いってきます」
明るい叔母の笑顔に送り出されて、ふゆは家を出た。
焼き鮭はグリルに放り込んで、時々焼き加減見なきゃいけない。一番めんどくさいですね。
お味噌汁はお湯沸かして出汁の素入れて、大根とニンジンは買ってきたときに皮剥いて短冊切りして冷凍しておいたものを沸いた出汁で煮やして、具材に火が通ったら火を消して味噌を溶きます。
お味噌汁って案外手が抜けるというか、具材によっては実際やるとこんだけでいいの?ってなります。
ニンジンとかは切って小分けにしてラップして冷凍保存しておくと炒め物や汁物に使えて保存もできて便利ですね。SNSで知って大変助かってる知識です。みじん切りでも、千切りでも行けたはず。
冷凍ほうれん草のおひたしはよくスーパーとかにある冷凍のやつを袋からざらっとボールに出して、お醤油と顆粒出汁(カツオ、いりこ、コンブどれかはそれぞれのご家庭によって違うのかな)、ごまを混ぜて放置している間に自然解凍、他の料理やっちゃいます。ボールがめんどくさかったら食器でやっちゃっても楽です。最後に味が均一になるようによく混ぜるのを忘れずに。
同じ要領で韓国の調味料のダシダ(KA○DIとかにあったはず)っていう牛の顆粒出汁に、ごま油、チューブニンニク、チューブショウガ、ごまを入れて混ぜるとナムルになります。茹でたもやしでもいけますよ。
中華だしで味付けるレシピ多いけど、ナムルを複数作るときはダシダをどれかに使うと変化があって嬉しいかな。
もやし茹でるのも面倒だったらレンジでラーメン作っちゃう容器とかにお水ともやし入れてチンで。
ニンジンはなんとなくビタミン逃したくないので炒めちゃうけど、ナムルにすると日持ちするので量作っちゃいます。
お弁当用の時はニンニクぬきで。私はショウガ好きのジンジャーなのでショウガ入れちゃいますけど、ショウガもお好みでやっちゃってください。
明菜ちゃんが東京のお仕事をいろいろ片付けて同居が始まったばかりで、ふゆも張り切ってます。気を遣ってるともいう。明菜ちゃんもそこら辺わかってて距離感をもっと近づけたいけど、思春期の女の子だから慎重にやってる感じ。
遺産がどうとか、補償金がどうとか、私もよくわかんないんですが、遺産と土地はたしか相続するときに一定額以上になると税金でごっそり持っていかれるとかそんなだったはず。後々調べてそこら辺調整入れるかもです。