表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
98/154

甘いけど甘くない

もっとコミカルにできるはずなのに私の力不足です。

条約は勅許され、家茂が提出した辞表は却下された。家茂は辞表が却下されることで主上の信任を確認したと言っていい。

公家たちの攘夷熱は衰えていない。幕府は勅許を得るため外夷を利用した。その態度が更なる反感を買い、攘夷熱に更に油を注いだ。幕府に対する反感は、朝議を主導する関白や中川宮等朝廷上層部及び主上に対する不満につながった。こういった朝廷上層部の情勢悪化は政治権力を持たない泰清にも少なからず影響を与えた。

 泰清の参内は主上の気分しだいで不定期である。にもかかわらず、退出時には必ず誰かに捕まるようになった。その者たちは、決まって美味しいお菓子とお茶で泰清を誘った。


私が主上からお菓子を頂戴していることを皆さんご存知なのです。例えば、小豆餡を餅で包み、香ばしく焼き上げたお菓子などは、今の季節にぴったりで、焼き立ては非常に美味しゅうございます。ですが私が美味しそうに食べるのは、それを主上が喜んでくださるからであって、決して食い意地が張っているからではございません。・・・あと羽二重餅も好き。まぁ少しは役得だとは思いますが、堂上方の心得違いは心外です。・・・あと外郎(ういろう)も好き。

 泰清は誰にでもついて行く。誰にでもとは言っても皆殿上人だから身元は確かだ。土御門家の方針からすればすべて断るべきだが、それができる雰囲気ではない。拒絶は危険だ。再度強調致しますが、お菓子に釣られているわけでは断じてございません。念のため、念のために申しておきます。

お邸訪問をして、出されたお菓子を美味しく食べて、面白そうに話を聞いて、当たり障り無く「お菓子美味しかったです。恐れ入りました。」とにっこりして帰る。まさに公家。こいつは使えないと思ってもらえれば尚良し。既に、正親町三条家と中御門家と大原家等々のお邸に行っている。後でわからなくなるといけないので、行ったお邸と話の内容とお菓子を日記帳に書いておく。まさに公家の鏡。

日記には、ところどころ主上からいただいたお菓子と、堂上邸でいただいたお菓子が被っている日がある。こういう日はトコトン被る。主上からいただいた時に、なんて美味しいお菓子なの!と感動したお菓子たちだ。そういうお菓子は堂上邸で再度提供され、さらに悪いことに同じ菓子を持って来客が加わったりする。そうするとその菓子は当分の間名前も聞きたくなくなってしまう。

行ってしまった生姜煎餅、お別れした干し柿、惜別の金柑砂糖漬け。こんなもの幾らも食べられるものではない。

「お菓子は重ならないようにして欲しいわよね。配慮の方向性が間違っているのよ。」濃茶をすすりながら一人ダメ出しをする。


 泰清がこんなことを繰り返していれば、当然関白さんの耳に入り、お叱りの手紙が届く。この手の手紙には「私の身の安全はどうお考えなのですか」という泣き言で返しておく。保身の達人。吾ながら感心するほど公家中の公家である。



年明け、幕府は長州処分案を朝廷に提出し、朝廷はこれを勅許した。

当主退隠・世子相続・十万石削地 朝廷内の長州擁護派に配慮した寛大な処分案である。長州がこれを受け入れれば長州処分は終わるはずである。清子の中でも気持ちの区切りになるだろう。


麗らかな春の日、清子の部屋に真備からの紙鳥が飛んできた。


我が姫、お元気ですか。俺たちは元気です。

今度、薩摩の軍艦に乗って大坂に行くことになりました。一年ぶりの大坂です。話したい事がいっぱいあるのに、俺はお邸に伺うことができません。あぁ俺はどうすればいいんだろう。


軍艦に乗って大坂?大樹公がいる大坂に薩摩が軍艦を出す。薩摩は大樹に戦を仕掛けようとでもいうのか?そこに何故真備?一体何を考えているの?

聞きたいことがいっぱいで、真備に紙鳥を飛ばしたいけれど、どこに向かって飛ばせばいいかわからない。

清子は手紙を握りしめ、何とかできないものかと考える。

やっぱり思いつく手立ては、お師匠さんしかいない。鏡を手に取る。

どんな時でも呼べば必ず来て下さるの♪


お師匠さんと会うときは、小袖に先稚児髷、それから薄化粧に見えるお化粧をしてもらう。

私は色んな顔を持っています。立場と言ってもいいでしょう。それぞれの顔には相応しい衣装があって、お師匠さんに会うときは小袖に先稚児。これは私が千成屋さんに行っていた時の格好です。

邸の使用人口近くの縁側で、清子は三郎が現れるのを首を長くして待つ。庭には紫木蓮が美しく咲いている。三郎が現れると清子は嬉しそうに微笑んだ。


早速、「お師匠さん、これを見てください。」と真備の手紙を差し出す。

「なんですかこれは?」三郎が手紙に目を通す。

「!?薩摩が大阪に軍艦!!」もう一度読み直す。

「それもそうなのですが、真備がその軍艦に乗って来るというんです。いったいどうなっているのでしょう。私が大坂に行けばいいのでしょうけど、公家は許可なく京を離れることができません。私が大阪に出向くことをお許し下さるとは思えないのです。

ですから、お願いでございます。私の代わりに真備に会って事情を聞いてきていただけないでしょうか。真備の行先は一切伏せておりますから、頼めるのはお師匠さんしかいないのです。」清子は思い詰めた様子で三郎を見つめた。

三郎は、我が姫から、うるうるとした瞳で見つめられている。

しかし、しかしだ。

不意に呼ばれて、総てのことをほっぽりだして来てみれば、他の男からもらった恋文を読ませて、挙句の果てにこの男に会いに行けと言う。いくら三郎が被虐趣味だと言っても、これはさすがにあんまりだ。いやいや、我が姫の人となりは決して鬼ではない。我が姫を取り巻く特殊な環境と少々ずれた思考傾向を踏まえてどういうつもりか考察してみよう。自分のためにしてみよう。

まずは、この少年が男のうちに入っていない可能性。だから平気で恋文を他人に晒す。この場合、少々姫の人格に問題がありそうだが、三郎的には問題ない。

でもでも、男のうちに入っていないのは三郎の方だったりして。残念ながら無いとは言い切れない。

いやいや、仮令(たとえ)三郎が男の内に入ってなかったとして、自分に好意を寄せている人間にこんな(むご)い仕打ちをするだろうか。あっ、もしかして三郎の好意が伝わっていない?

我が姫の周りは男ばかりだが、気心の知れた者といえば、父、兄、化け狐、恋文の主、三郎くらいか。

なるほどね、三郎の好意が霞みそうだ。

そもそも、両性類の我が姫にそういった意味での男という分類はあるのだろうか。

この線はあり得る。するとこの恋文を恋文と認識していない可能性が十分にあり得る。なんだか手紙の主に親近感が湧いてきた。

うるうるは続く。

・・・多くを望んではいけない。

「あぁもうわかりました。行かせていただきます。その代わり泰清様からの使者に相違ないという書状を書いてください。それがあれば話が早く進むでしょうから。」

「お安い御用でございます。」にこっ、にこにこっ。清子はその場で文書を作成し三郎に手渡す。

「まったくこんな方法、どこで覚えてくるんでしょうか。」思わず愚痴をこぼした。

その後、三郎は、清子が幸徳井少年について楽しく語るのを聞くという苦行を強いられる。

我が姫は、この件が幕府にとって薩摩の内情を探るいい機会だと考えて、私に話をくださったのだ。内偵に際してこれから会う人間の人物像を把握しておくことは有意義じゃないか。そう、これはそういう深謀遠慮なのだ。三郎の考察はこのような結論に至った。これにより三郎の精神衛生は辛うじて保たれている。

多くを望んではいけない。これは男の修行だ。

日本近世の歴史6 明治維新 青山忠正作 参考

 これからどういう風にお話を構成していくのがいいか考えると、時系列に沿ってというパターンとお話の纏まりごとにというパターンが考えられ、とりあえず時系列でやってみようかと思います。読み取っていただけているとは思いますが、ちゃんと清子は三郎が好きです。母は三郎を選びましたが、その後のことは誰も清子に教えません。教えるわけにいかないので。無知な上に既に満足していて欲することがありません。三郎が混乱するのは仕方なしです。いい雰囲気にならないのも仕方なしです。すべては三郎が教えるしかありません。男的には美味しい設定ですが、上手くやらないと魂魄が潰れます。

 攘夷を捨てなかった公家を巻き込んでよく薩摩は維新を成し遂げたものです。摂関政治を廃して公議政体に変換すれば、自分たちの攘夷意思を国政に反映できると考えたんでしょうか。

 薩摩の軍艦が大坂にくると言うのは、薩長同盟の一条に基づきます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ