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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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出師の表

三郎の活躍が終わったら他はぶっ飛ばすスタイルです。

早朝、淀川三十石舟の大坂八軒家の船着場にて

 ♪眠たかろけど 眠た目覚ませ

 此処は大阪 八軒家♪

「土方先生は、唄もお上手ですね。船頭にでもなろうっていうんですか。」

沖田が傍にやって来て、音程のずれた舟漕唄をからかった。

「そりゃお前、こんなおいしい仕事、自然と唄も口を突くってもんだろ。」

土方にとって今回の仕事は、鴨葱をただ待っているようなものなのだ。

遠くに一番乗りの船影が現れた。淀川を往来する三十石舟は百艘以上。伏見港を真夜中に出発した船の到着ラッシュが、今始まろうとしている。

「よーし、お前ら、気ぃ抜き過ぎてしくじるんじゃねぇぞ。」

土方は振り返って隊士たちに言った。



守護職は顛末報告書を二条城の老中と関白に提出する。

(くだん)の宸翰は回収致しました。どうぞご安心ください。

宸翰を所持していたのは、長州人と長州に味方する一部の膳所藩の激徒でした。取り調べにより、彼らは征夷大将軍の暗殺を企てている一味だということが発覚しました。

大将軍は、陸路で江戸と京都間を往来する際に膳所城に立ち寄ります。その時を狙って謀反を起こす計画でした。

宸翰を所持していた長州人は、既に新選組が討ち取りました。この長州人は方広寺付近で蝋燭屋になりすまし、長州擁護派を扶植する政治活動をしておりました。その近辺には、共謀する膳所藩士が多数潜伏しておりましたが、既に捕縛済みです。膳所藩が、藩の無関係を訴えて、これらの暴徒を自ら厳しく処断したい旨を申し出てきているので、捕えた膳所藩士は膳所藩に引き渡そうと思います。首謀者は取り調べの上処刑致します。

                      


二条城

老中阿部正外は報告書を読む。

「・・・膳所。膳所までもなのか。」

膳所藩は、幕府が京都の守護を任せている譜代大名である。すべては天子のせいである。朝廷だけでは何もできないくせに、幕府の足ばかり引っ張る。いっそいない方がどれだけ楽か。

「かくなる上は、天子を亡ぼし、諸藩を滅して郡県制を敷き、大樹公を以て大統領となすより道はない。」

阿部の憎しみは頂点に達した。



御常御殿

主上の手許に、報告書とともに宸翰が戻された。

「泰清、本当に感謝します。戻ってこなかったらどうしようかと思っていました。」

主上は安堵のあまり涙ぐむ。

「一橋が申したのだ、この宸翰が世に出た瞬間に、大政を幕府に委任する宸翰を公表してほしいと。

・・・昔から申すではないか、綸言汗の如しと。私の言葉は一度出したら引っ込められない、それほどに重いものであると言う意味です。

一橋の言うとおりにしたら、この重みはどうなってしまうのだろうか。

しかしそう思う一方で、私は、昔の自分の行いを深く悔いているのです。」

皆が主上の言葉を盾に取って自分に有利に政局を動かそうとする。主上が翻意しようとすると、すぐに綸言軽からずと言って、心変わりを批判するのだ。

泰清は、これは主上の独り言だとして聞き流しておくのが無難だと思うのだが、陰陽道の神髄は今を幸せに導くことである。主上は皇国中から神の如く崇め奉られているが、実際はお優しく人間味にあふれておいでなのだ。少しでも御心を軽くして差し上げられればいいと思う。

「私のような卑賎の身にはよくわかりませんが、筮占には変爻というものがございます。変爻によって、神は、物事は移り変わっていくものだと私に教えてくださいます。」事象は転変していくのに、一時の判断に永遠に縛られるなんて理に適わない。

「うん。皆も易経をもっと学べばいいのに。そうだ、今度の朝議で推奨するように提案してみようか。」主上の顔に少し笑みが戻った。

それから報告書を見やり、

「多くの者が長州征討に反対しているということです。

私は、長州は正当な罰を受けるべきだと思うのだが、神の御心は違うのだろうか。泰清教えてくれますか。」


泰清子は(めどぎ)を取り出す。この時が来るのを、清子はずっと恐れていた。

蓍を繰りながらも心のどこかで警鐘が鳴っている。お前はこの件について正しい判断ができない、筮占をする資格がない。そう告げている。

しかし清子も神意を知りたい。

自分で判断できないから蓍に頼るのだ。可能な限り私心を捨てて結果を読むから、だから蓍よ、どうか神の声を聞かせておくれ。

「吾、長州再征討の良し悪しを知らず。これ、吉なりや凶なりや、得なりや失なりや。願わくは十二天将これを告げ給え。」


「解(雷水解)の訟(天水訟)へ行く。

事が無いなら動いてはいけない、進むのであれば速やかにせよ。さもなければ災いを招く。」


卦は出たが、事が無いってどういうこと?長州擁護派は、もう長州の謝罪は終わっていると言っている。

でも、藩主父子は、現場指揮者にすべての責任を押し付けて、寺院での蟄居の約束すら守っていない。

――― 泰清は死んだのに。泰清は死んだのに!

気付けば清子の目から涙が零れていた。

「おやおや、泰清どうした?腹でも痛むか。」主上が心配そうに見つめている。

清子は慌てて涙を拭って答える。

「恐れ入ります。大事ございません。長州再征討は、できる限り速やかになされるべきございます。」

主上はしばらく泰清を見つめていたが、

「左様か。」そう言って満足そうに微笑んだ。


慶応元年9月22日将軍家茂は参内し、長州再征討の出師の表を上奏する。

主上は是を嘉納し、並み居る公家達の前で将軍に節刀を授けた。


この膳所の話は、慶応元年の将軍上洛に合わせて起きた事件を大いにアレンジしています。将軍の行列は入京する前に膳所城に寄る予定でした。そうすると話がしっくりくると思いますが、この後、家茂、将軍辞めて江戸に帰るってよ、があり、将軍入京と帰東の間が空きすぎるので、お話上の空白期に入れこみました。ちゃんと町奉行所が河瀬を白川越えしたところで捕縛しています(七年史)。

郡県制と大統領制の話は実際、文久2年くらいから幕閣の間で囁かれていたようです(続再夢紀事4)。幕府は無能だったと教えられてきた私としては、結構驚きです。

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