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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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番方頭

見どころは・・・当時の鴨川東岸の様子?

午前0時

三郎は、上左京担当の雑色を呼び出す使いを先発させて、町奉行所は、聖護院へ向かう会津と一緒に出発する。与力頭は連絡調整役として上屋敷に残り、西組職員の指揮は番方与力頭の三郎が執る。

雑色と落ち合う約束の場所、丸太町橋の袂に到着したが雑色はまだ来ていない。仕方がないので、三郎たちは会津から離脱して雑色を待つ。

暫くすると、夜中に叩き起こされてやる気のない雑色が現れた。

「こんな刻限に呼び出してすみません。」三郎は言った。

「こちらこそ遅くなって申し訳御座いません。」雑色は欠伸を噛み殺しながら答えた。雑色は、機密保持のため詳しい事情を知らされない。だから職員との間に温度差があるのは仕方がない。

「聖護院の坊官の樹下さんですよね。はいはい承知してますよ。」雑色はとぼとぼと歩き出す。

「すみません。佐山さん、急いでもらっていいですか。」察してください緊急案件です。

「あぁはいはい、申し訳ないです。」


丸太町橋を渡って川沿いを少し上ると大規模な幕府の操練所がある。その操練所の東側には深い森が広がっている。聖護院の森と呼ばれている。聖護院の森と操練所の境の道を北上すると、木々に埋もれるように一軒の屋敷があり、門にはなるほど樹下と書かれた表札が掛かっている。三郎は家の周りを一周してみる。屋敷の周囲は土壁で囲まれていて、しっかりした造りの母屋、離れ等があり、なかなか立派な邸である。さすが坊官の家だ。

坊官とは、外には一切お出ましにならない門主様のために、外界との交渉を一手に引き受け、寺院の財政運営を取り仕切る地下官人である。寺社仏閣は大概金貸しをしているから坊官は心付等で肥えている。

浮浪志士の巣窟という可能性もある。三郎は灯の数を減らし、無言で表の門戸を激しく叩く。

暫く叩き続けていると中から、「どちらさんで。」と声がした。

「聖護院からの使いです。」そう答えると門戸は開いた。門戸を開けたのは青侍だった。三郎たちは抵抗の隙を与えないよう一気に雪崩込む。

「町奉行所御用改めである。手向かえば容赦しない。」

大声で告げて母屋と離れに侵入する。家人の悲鳴が上がった。

しかし、皆、恐怖で動くことができず抵抗する者はいなかった。雅な人々なのだ。

邸内の人を一か所に集めた。

「坊官の樹下さんは?」三郎が尋ねる。

「はい、私です。」

「樹下さんのご家族の方?」使用人と家族を区別する。

「河瀬太宰という人物は、どの人ですか。」

主人はなんでこんなことになっているのか理解したらしく、はっ、とした顔をした。

「河瀬は、ここにはいません。」

「お縄にしてください。」三郎は同心に指示する。

「本当にいないんだ。信じてくれ。」主人は泣きそうだ。

職員が一人一人の名前を聞いて、自称と他称の一致を確認する。

河瀬がいない。

「河瀬太宰は何者ですか?」と三郎。

「法眼様の養子で、もとは膳所藩(滋賀県大津市)の家老の弟です。今は三井寺(滋賀県)の寺侍をしています。」

「こっちに来ているはずなんだがなぁ。なぁ、そうだろう?」にこやかに十手で子供の顔を軽く小突く。

「子供には手をださいないで!」樹下の妻が悲鳴を上げる。

「皆さんの心がけしだいですよ、お母さん。」にっこり悪三郎。

「ええ来ていますよ。でも、夕方にどこかへ出掛けたっきり戻って来てません。」

「どこかって、どこへ?」

「さぁ、それはちょっと。法眼様の縁者だからお世話差し上げているだけですから、一々外出先まで知りません。」坊官だから?本当にそれだけなのだろうか。

「心当たりを教えてください、予想でいいですよ。」

「ええ?わかりませんよ。」と妻。

「六角牢は満員で夏は厳しいんですよ。気を配っていてもやはり病気が流行ります。」三郎は子供に向かって話しかける。

主人が、「もう勘弁してください、川瀬は交友関係が広いのであくまで予測です。大仏方広寺あたりに仲間がいるようなことを言っていました。」

大仏方広寺は大和大路七条上るにある。聖護院とは同じ鴨川東岸だが少々距離がある。

「仲間って何の仲間です?樹下さんもその仲間ですよね?」

「とんでもない、仲間っていうのは膳所藩の仲間ですよ。」

膳所?三井寺の寺侍が膳所藩士とわざわざ京都で何をしている?三井寺で会えばいいじゃないか。

「今日河瀬宛の手紙が来たでしょう?中身は見ましたか?」

「いえ、河瀬様宛と書かれていたので、そのまま河瀬様にお渡ししました。」と使用人。

「河瀬に関係ある蝋燭屋ってご存知ですか?」主人に聞く。

「はぁ?三井寺御用達なんて知りませんよ。」

主人は蝋燭屋に反応しない。坊官は巻き込まれただけの可能性大だ。

部屋の隅で、番方だけを集めて作戦会議をする。

「何で三井寺で会わないんだろう?」

「京にいる誰かに会う必要がある。」「三井寺に迷惑を掛けたくないとか、膳所に迷惑をかけたくないとか。」どちらも不穏だ。

「大仏辺の蝋燭屋でも探そうかと思いますが、山田さんはどう思いますか?」

「そうですね、それも必要ですが、三井寺が本拠地ということは、三井寺に戻る可能性がありますね。そちらにも備えなければいけませんよ。」

そのとおりだ。河瀬確保だけを目的とするなら、そちらの方を狙った方が確実だ。

「河瀬の顔が分らん。」

三郎は使用人をざっと眺め、子供の使用人に目をとめる。

そしてその子の所へ行って「この子の親御さんは?」

「はい。」

「じゃぁ、捜査に協力願います。」

河瀬を判別するための協力者を主人の樹下と使用人親にして、それぞれの子供を金戒光明寺送りとする。子供同士ならきっと楽しく過ごせるだろう。慈悲深い鬼三郎。


午前2時半、聖護院の一室を借りて会津藩士と作戦会議をする。

「聖護院の政治性向ですが、尊王なのは当然として、特筆して政治活動をしている様子はありません。まぁ会津のお膝元で好き勝手なんてさせませんが。養親の法眼は河瀬の実家に金を積まれて河瀬を養子にしたようです。寺院などは体のいい断種の場ですから、楽しみなんて金勘定くらいしかないのかもしれませんね。ただ河瀬という男は、尊王の志篤く、弁舌爽やかな教養人らしく、法眼も気に入っていたようです。」尊王は結構。問題は尊王が攘夷に化体した討幕と結びつくことである。

「なぜ聖護院の法眼かということですが、聖護院は天台寺門宗の門跡寺院で、三井寺は天台寺門宗の総本山です。地元の三井寺に入り込むために利用したのでしょう。」と会津藩士。

「本件について聖護院は無関係ということですね。

膳所仲間を捕まえるべく大仏辺を人海戦術する必要がありますね。とりあえず膳所人なら捕獲します。」と三郎。

「膳所人はそうするとして、河瀬です。やはり面割れしないと捕獲は難しいので、証言者を連れている町奉行所が担当してくれませんか。人海戦術は会津と桑名でしますので。」そもそも町奉行所は物量が足りていないので人海戦術に向いていない。

「承知しました。我々は東海道の入り口、粟田口周辺で張り込んでみます。」


番方仲間で作戦会議をする。

「方広寺近辺から粟田口なら、どのあたりで捕獲するのがいいでしょうか。」と三郎。

「私は白川の橋の上がいいな。橋に来た人間を樹下さんに確認してもらって、河瀬だったら両岸から挟みうちにする。」山田さん。

白川は鴨川東岸を流れる川で、四条通の北側で鴨川に合流する。

「それはいいですね。どの橋がいいでしょうか?」と三郎。

「やっぱり東海道と白川がぶつかる白川橋がいいんじゃないか。もしその橋を渡らず対岸を行ったとしてもかならず橋の袂は通るわけだから。」と仁科さん。

白川橋の南は祇園社、華頂宮、青蓮院、一心院といった寺社群が並んでおり、白川沿いに坂を上らなければ東海道に入れない。

「たださぁ、本当に方広寺方面から来るかどうかですよ。もし樹下家に戻って捜査されていることを知ったら、やっぱり逃亡するだろうけど、そこだと取り逃すよ。」と佐々木さん

「なるほど、じゃあ最後の砦ということで粟田口をもっと東上したところにも人数を置くことにしましょう。そうすればもし白川橋を突破されてしまっても、事後の備えにもなる。」と仁科さん。

「いいと思います。では橋の両脇と坂上の三班に別れましょう。」と三郎。


午前3時半 奉行所職員は粟田口付近に到着、会津藩は大仏辺で人海戦術開始。

町奉行所はそれぞれの班の持ち場を互いに確認する。三郎は、橋の東で袂付近の民家の影に身を潜める。樹下さんは橋西担当の山田さんに預けた。

午前4時半、辺りが白んできた。長旅に出発する人が橋を渡りだす。

夏の朝日が白川に反射する。白川の川砂は石英だから川自体が輝いて見える。

一人の男が橋を渡る。その後から山田班がそっと姿を現した。これは河瀬だ。

三郎たちは橋を塞ぎに走り出た瞬間、山田さんの呼子笛が鳴った。河瀬は驚いて橋を戻ろうとするが挟み撃ちにされていることを知る。小さな橋の上だ、どうすることもできず川に飛び込んだ。三郎たちも両岸を駆け下りて追いかける。川の中を走るより対岸を走った方が早い。

捕り方が河瀬を取り囲んだ。もう逃げられない。河瀬は川の中で膝をついた。

うーん、こんなに大展開しなくても良かったかもしれない。

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