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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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陰陽師親子対決

易占の基礎知識。卦とは、韓国の国旗に描いてある、棒と中割れ棒の組み合わせでできた記号を2つ重ねたものです。記号にはそれぞれ意味があり、棒と中割れ棒の3本の組み合わせは8種類できるので、2段重ねの卦の種類は8×8で64種類です。

占部分は算数の得意な方は読んでください。苦手な方は読みとばしてください。


「泰清殿も占筮(せんぜい)ができるのかな?」

興味深そうにお聞きになるので仕方がない。

「もちろんでございます。土御門家の嫡子たるもの、占筮ごときできなくて何といたしましょう。」

お父上さんの顔が更に渋い。

ここは堂々としておいた方が良いところだと思ったのだが、間違ったかしら。

「それは頼もしい。

あぁ、素晴らしことを思いついた。親子占筮対決をしてみぬか。部屋の真ん中に衝立(ついたて)を置き、それぞれ互いが見えぬようにして占うのだ。お題は先ほど申したとおり、主上を説得できるかどうかである。どうであろうか泰清殿、お嫌であれば無理にとは申さぬが。」

将軍様が熱い眼差しでこちらを見つめておられる。

お父上さんが険しい目つきでこちらを睨んでおられる。

これはこう答えよと仰っているに違いない。

「かしこまりました。」



 入口は南、部屋の中央には机が北向きに置かれている。机上には格(小さな衝立)、香炉、香合、筆記具。すべて作法どおりで完璧である。問題があるとすれば、部屋の中央にあるのは正確には衝立で、それをはさんで机が二つ並んでいることだろうか。


「我、将軍が攘夷能わずとの言上をするの良し悪しを知らず。これ、吉なりや凶なりや、得なりや失なりや。願わくは十二天将これを告げ給え。」

お父上さんの占筮が始まった。

お父上さんの操る(めどぎ)の音が気になる、集中が足りない。

清子は、目を閉じ、ゆっくり息を吐き、深く息を吸い込んで目を開ける。始める。


 蓍50本から太極となる1本を選び出し、残った49本を無心の境地で左右の手に二分する。右手の蓍の束から一本取り左手の小指に挟む。

左手は天、右手は地、この一本は人を表す。

 そして、左手の蓍の束を右手で4本ずつ数えていく。割り切れなかった余りを左手の薬指と中指の間に挟む。

 次に、最初に無心の境地で二分した、右手の蓍の束を同様に数え、今度は余りを中指と人差し指の間に挟む。4本は四季を、余りは閏年を表す。

清子の左手にある蓍の合計は9本であった。(又は5本)

 さらに、49本から先の9本を抜いた40本に対し、以上の作業を繰り返す。左手に残った蓍は8本であった。(又は4本)

 最後に、8本を除いた32本に対し、同じ作業を繰り返す。左手に残った蓍は8本である。(又は4本)

 余りが3回とも大きい組み合わせだった(9本・8本・8本)ので、4ずつ数えた蓍は24本である。四季は6巡したことになる。

計算上、占筮における四季は6巡から9巡しかない。

奇数は「陽」、偶数は「陰」。「少」は若く、「老」は極まり変化に転じる状況をあらわす。6が最も若いので「老陰」、9は最も満ちているので「老陽」。

以上により一(こう)目が決まった。四季の6巡は老陰。

爻は6本そろって初めて()となり意味を成す。そのため、以上の作業を6回繰り返す。


清子の卦は坎為水(かんいすい)

晴雄の卦は山地剥(さんちはく)


「では、泰清殿の結果をお聞きしよう。」

「はい。坎為水が水雷屯(すいらいちゅん)に変わろうとしております。

主上さんに攘夷はできぬとお伝えしたところで、そのお考えに変わりはないようです。

公武一和についても、現状にても容易に成り難く、かといって、攘夷について言上したとしても、帝には幕府から執政権を奪うおつもりはなく、決定的な破局には至りません。つまりは、将軍様が言上しようがしまいが、状況は変わらないということです。そうであれば、将軍様のお好きになされるのがよいと思います。ご自分の思うとおりになさり、なすべきことはすべてなしたのだと思えることが一番よいではありませぬか。」

大将軍はカラカラと笑った。

「どうしようもないから好きなようにせよか、これはよいな。

では、晴雄殿の結果をお聞かせて願いたい。」


「その前に一つ申し上げたいことがございます。『善く易を(おさ)むる者は占わず』と申します。

64卦は様々な時や状況を表しておりますが、自分の置かれた状況を64卦の中から占うことなく選び出し、そこから卦の象徴する真理を汲み取る、これが易の神髄です。現況を見極める力こそ肝要にて、占筮の結果ばかりに囚われることは易に臨む正しい姿勢とは申せません。」

「はぁ、そなたの占も悪いのか。わかったから結果を申されよ。」

「では。帝の周りには悪しき諫言をする小者がたくさんおりまする。今、将軍様が御諫めされたとしてもお聞き及びくださらないでしょう。もう少し時が経てばお分かりいただける状況がやってまいりますので、今回はおよしになった方がよいと思います。」

将軍はしばらく考え込み、「なるほど。相わかった。」とのみ答えた。

そして、にこやかに微笑みながら、

「ところで、お二方の占は、片や好きにせよと言い、片やしてはならぬと言い、全く異なる。どちらが正しいか決めねばならぬであろう?」と仰り、扇子で口元を隠し、近習に小声で何かをお話になった。

 しばらくすると、近習が大きめの柳行李(こうり)を大事そうに捧げ持って戻ってきた。

行李が部屋に入ってきた瞬間から柑橘の爽やかな匂いが広がっている。

将軍様は清子の方を向いて、

「この中に何が入っているか当てることはできるだろうか。当てた方の占を信じることにする。」いたずらっぽく仰り、父上の方を向いて申し訳なさそうに、

「土御門殿、ちょっとした(たわむ)れ、子供騙しじゃ。付き合ってはもらえませぬか。」と仰った。

子供だましとは、清子だましであろう。

つまり清子の占は採用しないと言っているも同然ではないか、と清子は思う。

父上は軽く微笑んで「柑橘の砂糖漬けと茶が入っております。」と答えた。

行李を置くさいに湯呑みが盆の上をすべるような音がしたのだ。

子供には菓子でも食わせておけばよいなどと、あまりではないか。

本筮占がかなりの集中力を要することもあり、怒りがふつふつと湧いてきた。

「では、泰清殿は何が入っていると思う?」


「桜にございます。行李いっぱいの桜にございます。」


将軍様は面白そうに笑っておられる。

そして、行李に手を伸ばし、

「さぁて、何が入っているかな。

やはり、子供には菓子が一番じゃと思うが、菓子の本場は京であるゆえ、そこらの菓子を用意したところで、泰清殿に喜んでもらえるとは思えぬ。そこで、とっておきの珍しきものを用意したのだ。柑橘の砂糖漬けではあるが、これは仏手柑(ぶっしゅかん)という…」

開けた。


とたん、行李から風がふわっと溢れ出し、薄桜色の花吹雪が舞い上がった。風は一瞬で止み、舞い上がった花弁がはらはらと落ちてくる。

行李の中には、漆黒の盆の上に、煎茶の入った白い湯呑みと砂糖で化粧をした蜜柑ののった皿があった。


花びらが一枚湯呑みに落ちた。



易占部分を書くのに本を3冊図書館で借りて読みました。借りる時に変な人だと思われただろうな。

 家茂の回はこれで終わりです。次は初めて二人が出会う章です。新しく会う歴史上の人物は、やっぱり秘密にしておきます。振り幅がすごいことになってしまいました。

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