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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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地獄絵図

ちょっとタイトル詐欺的な・・・。


清子は、とりあえず烏帽子だけひっつかんで呪詛が走った方へ向かう。途中で光牢はぷつりと消えた。何が起こっているのだろう。御本社か祭場か、とりあえず行ってみよう。

御本社を覗くと、露台を囲むように四方に篝火が焚かれている。今夜は露台を使用する予定はないはずだけど。露台上には、真備と大允と陰陽師4人、何より槐がいる。

老体の大允が胸を押さえながらしゃがみこみ、肩で息をしている。泰清子は露台に上がって、心配そうに話しかける。

「大(じょう)、何があった?」

「若様を煩わせるようなことは何も・・・。」

「嘘を申せ。私の部屋を呪詛が走った。お前のその様子は呪詛を受けたのだろう?」

少年たちが、わさわさと御本社に入って来た。

「大将は無事だ!」「生きてる。」「間に合った。」それぞれが安堵の言葉を口にする。

真備も呪詛を受けている。

「大允、説明せよ。」泰清は命じる。

「祈祷をしておりましたら、突然、幸徳井の坊ちゃんがやってきて、この老いぼれに呪詛を仕掛けたのでございます。」悲しそうな顔で訴える。

泰清は驚いて真備を見る。

「嘘だ!俺は見たぞ。呪殺しようとしたのはそっちだろう!」見張り役の信徳丸が叫んだ。

陰陽助(副長官)見習が陰陽大允(現場総責任者)の呪殺を謀った、若しくは陰陽寮を代表する陰陽師五人が陰陽助見習の呪殺を謀った。どちらもなかなかに刺激的だ。

「幸徳井がなぜ、お前に呪詛をかけるのだ?」

「幸徳井が御家に害をなそうとするのを、私めが阻んだからでございましょう。」私は正しい。

「害?」

「左様、この(ろく)でなしは、東夷(あずまえびす)に頭を下げて蛮夷(ばんい)の教えを乞えなどと世迷言(よまいごと)を言って、御家道を汚そうとしておりまする!」絶対に私は正しい!

?!それは私の世迷言!

「いや、それは私が真備に頼んだのだ。陰陽道を汚すつもりなど毛頭ないぞ。」泰清子は慌てて弁解する。

「何を仰せです?この大允には仰せの意味が分かりませんぞ。」困った顔をする。

「だから、私が陰陽師に洋学を学ばせようと考えて、真備に寮内の雰囲気づくりを頼んだのだ。」必至に説明した。暫く沈黙が流れる。

多分、陰陽師たちは、言われた言葉を頭の中で数度反芻したものと思われる。それくらいの長さの間があって、

「なんと嘆かわしい、陰陽道とはそのようなものではございません。異端でございます。」

「淫祠邪教のお考えでございます。お考え直し遊ばしませ。」

「幸徳井の子倅に(たぶら)かされておいでに相違ない。」

「若様はまだ幼い。まだ矯正可能。この大允が教育し直して差し上げます。思えば、大殿様が若様を甘やかしすぎたのが原因でございましょう、この大允がお育てすればこのような事には云々かんぬん。」

大騒ぎになった。

私は現役の陰陽頭よね?陰陽頭が陰陽道の異端って、何?

「いや、陰陽道も必要に応じて変わっていかなければならぬではないか。」泰清子は頑張って主張する。

「変わってはいけないのです。連綿と続く皇統を戴く皇国において朝廷は不変、陰陽寮は変わってはいけません。」

「御家道は秘伝の秘儀秘術。変わる必要などございません。」

「御家長が御家道を裏切るのですか。」

怖い顔をして泰清子に詰め寄ってくる。泰清子は思わず後ずさる。槐が五人の前に立ちはだかった。

「若様!いくら式神を使うことに長けているからといって、基本のお考えが異端ではお話になりません。このような能力ばかりに頼っているから嘆かわしいことになるのです。さぁ、式神をお片付けください。」

「うっ・・・。」大允には勝てる気がしない。思わず槐の背中に隠れた。

怯えた子供を守るべく、槐は薙刀を構えた。

まずいことに陰陽師たちが槐を捕まえようと光牢を繰り出した。「先んずれば則ち人を制す」とはいうが相手は人ではない。槐が呪詛を断ち切って陰陽師たちを襲う。

「ちょっと待って槐、それはやりすぎ。」泰清子は叫んだ。

が、槐は清子の式ではない。自己の使命に基づき、自ら考えて清子の命令を無視した。

陰陽師たちは大量の紙鳥を槐に向けて放つ。槐は露台から飛び降りて本殿の方に走る。

紙鳥が槐を追って行く。槐は本殿からも露台からも離れた位置で立ち止まり、左手に青白い狐火を灯しさっと散らした。紙鳥はちりちりと燃え上り、残らず灰となった。

改めて槐は大允に斬りこむ。

陰陽師たちは身を守るために、木偶(でく)で式神を作った。命令に忠実な上級の式神だ。

五対一では、いくら槐が凶将でもまずい。隙を作らないためにどの攻撃も受け止められない。槐がどんどん押されていく。清子は槐を助けたいけれど人形(ひとがた)を持っていない。光牢を作りたいけれど式神の動きが速い。おろおろしながら槐を目で追った。その隙に大允が泰清に手を伸ばした。

気付いた真備が泰清の腕を引っ張った。

「うわっ?!」

「逃げます!」

「ちょっと待って、槐が。」泰清子の手が空を切る。

「配下が何とかする。」真備はそう言って露台を駆け下りた。泰清子は転げ落ちるように駆け下りた。

「なんと!幸徳井めが若様を攫った。」「逃すな、追え、門を閉じよ。」「これは謀反だ。」

振り返れば陰陽師たちが追って来る。その遥か後ろで、数が倍になった式神たちが破壊行為を繰り広げている。なんという地獄絵図。

大允は老人だが、それ以外はそれほどでもなく、元気に追ってくる。

逃げて、逃げて、逃げまくって二人は南門を出た。

陰陽寮和魂洋才計画は、土御門家若殿様誘拐事件になった。


いやでも、数え年14歳の女の子にとってかなりの地獄絵図だと思うよ。

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