星の欠片
泰清は禁裏小番のあと小御所に呼ばれた。小御所には主上と近習と泰清がいるだけである。
「関白と中川宮が辞表を出してきました。
関白も国事御用掛も辞めれば済む。・・・気楽なものじゃ。
・・・私はそのようなわけにもいかぬ。」
独り言のように主上は言う。それから泰清に憂いを含んだ微笑みを向ける。
「・・・そなたは私と似ています。」
「私などが、畏れ多い事でございます。」
長州征討が三家老自刃、四参謀の処刑、五卿(もと七卿)の引渡し等を条件に解兵した。当初、朝廷は、幕府と協力して厳正な長州処分をすることを望み、将軍の上洛を要請していた。しかし何度要請しても将軍は来ない。幕府に対する不満から長州派公家が息を吹き返し、朝廷内の流れは変わった。
主上は関白と中川宮の辞表を却下した。
真備は陰陽寮の和魂洋才計画を進めるべく、土御門家の天文台にやって来た。
「駿河さん、長門さん、備後さん、周防さん、お疲れ様です。」真備は石階段を上って、観測掛の天文生の駿河、陰陽生の長門、備後、周防に挨拶をした。
「これは幸徳井の坊ちゃん、お珍しい。今日はどういったご用件で。」と、駿河は北の空からほとんど目を離すことなく話をする。
「特に用があるってわけじゃないんですけど・・・天文観測の勉強をさせてもらおうと思って。」
「幸徳井家でもするでしょう?」と西の空担当の長門が言う。
「そうですが、造暦権を失ってからは形ばかりになってしまって、恥ずかしい限りです。」と真備は長門と駿河の間に腰掛ける。春とはいえ夜は冷える。お尻が冷たい。
「そうですか。我等は天帝の庭の番人ですからね。
ほら見てください、あの辺りが紫微垣、天帝とそのご家族が住まう宮城の内廷です。その周囲には太微垣、天帝の朝廷があって、さらに外側には天市垣、城下町が広がります。」
駿河が夜空を指さしながら真備に教える。古来、天空で起こる異常現象は、至上神である天帝が地上の天子の不徳や失政を諫めるためにお示しくださる警告だと考えられてきた。天空のどこで何が起きたかは地上の王都のどこで何が起こるに対応する。天変を見つけ警告を解読するのが天文部の役目である。
「綺麗ですね。」
「綺麗でしょう?でも流れ星が沢山降る夜はもっと綺麗なんです。」駿河は天文生が天職だ。
「流れ星は凶兆と言いますよね。」天帝の庭に流れ星など問題ではないか。
「はは、流れ星なんか毎日飛んでいるのにね。星が大量に降る時期に新月が重なりでもしたら、それこそ大騒ぎだ。」南の空担当の周防。
「都に星が降るのか、見てみたいな。」と真備。戦火で京の町は焼けたが京都らしい山と寺院に囲まれた輪郭線はまだ保たれている。
「うーん、今度は秋かな。」と駿河。
「もう奈良にお帰りになっているかもしれませんね。」と東の空担当の備後。真備の残念そうにしているので、
「仕方ないなぁ、後で私の宝物を見せてあげますよ。」と駿河。
「宝物?」
「そうです。実はね、私、星の欠片を持っているんです。」声が弾んでいる。
「星の欠片?」
「私の曾祖父の代に関東に隕石が落ちたことがあって、当時のご当主様が、関東から送られてきた隕石を少しだけ天文生に分けてくださったんです。
隕石は流れ星に違いないんだ。でも石がどうやって光るんだ?石の表面は焦げている。自分で燃えているのか?何が燃えているんだ?」最後の方は自分だけの世界でぶつぶつ言っている。真備はこの様子ににんまりする。
「駿河さん。星のことをもっと知りたくないですか?」
「もちろんもっと知りたい!」
「じゃぁ、幕府の開成所に行きましょう!」
こんな感じで真備は天文生を調略してまわった。天文生は簡単に陥落した。しかし、それを聞いていた陰陽生たちは戸惑う。彼らは天文生のような仕事と趣味を兼ねている人間ではなく、仕事で空を見上げていた。真備の行動は陰陽寮内で噂になった。
諸々忙しいのでしばらくは投稿ペースを週一に戻そうと思います。すみません。
歴史に物語をぶちこんでみると、思いの外状況が緊迫しています。
国名かっこいいですよね。もちろん有料です。なんでも有料です。全国組織を維持するのは大変なんです。天文生は陰陽師でなくてもいいと思うのですが、かっこいいので天文生も陰陽師資格を持っているという設定です。官職としての陰陽師と土御門家が与えている陰陽師免許を混同しないでください。
兵を引き揚げる条件と戦の責任をとらせる処分は別です。ここを混同すると長州ごたごたが理解できなくなります。この混同を故意にさせるのが長州側の主張です。