愛の形
ちょっとこの章題は恥ずかしいですね。
奉行所職員は、観賞用に珍しい生類から運び込み御池近くに並べていった。
三郎は最後の籠を松之介さんと一緒に運び入れた。
三郎は公家衆に背を向けていて、松之介さんは公家衆の方を向いていた。既に並べられている鳥籠には見物人が集まっていた。見物人の間で小さなどよめきが起きる。
三郎は、どうせ鶴が羽を広げたとかそんな類だろうと決めつけて、気にも留めなかったが、松之介さんが思わず「あっ、転んだ。」と言ったので、振り返った。
赤い袍を着たお公家さんが尻餅をついていて、放生用の尉鶲が一羽飛去った。
そのお公家さんが立ち上がて・・・?!
三郎の目が釘づけになった。
その様子を見た松之介さんが小声で話かけた。「別嬪さんですね。」
松之介さんうるさい。
ここで考えられる可能性は、
1、他人の空似
2、我が姫は実は三つ子
3、死人が生き返った
4、本人
「おーい、三郎さん。顔が怖いですよ。」松之助さんが三郎の目の前で手をひらひらさせる。
無視だ。
ふらっと歩き出した幻を、気付けば足早に追っていた。
「どうしたんだよ!」
「ごめん、後は任せた!」
「へぇ?!」
その幻は何も見えていないかのように、池の土手を踏み越える。そこで足を滑らせて、捕まえた。
「危ないですよ!」
「恐れ入ります。」幻は振り返りながらそう言った。振り返ると驚きで目を見開く。それが答えだ。
「そんな顔、しないでください。」
幻が慌てて逃げ出そうとしたので、三郎は掴んだ肩を一瞬だけ強く引き寄せて耳元でささやく。
「取り乱してはなりません。皆が見ています。」
我が姫はもう一度振り返った。長いまつげに雫がついていた。
三郎は幻の手をひいて池からあがる。
「履き物、濡れてしまいましたね。」
「平気です。手を離していただけますか。」声が強ばっている。騒ぎ立ててはいけないと思った。
「この会の後、公卿門でお待ちしております。」三郎はそれだけ言って礼をし、仕事に戻った。
何事もなかったように放生会は進んだ。
会の終了後、後片付けを同僚に丸投げし、公卿門脇で我が姫を待つ。あらかた公家たちが退出した後、お姫さんは出てきた。観念しているようで逃げ出す様子はない。用意した新しい履物に履き替えてもらって、脱いだ履き物をパパッと自分の袂に突っ込んだ。
「では、お汁粉でも食べに行きましょうか。」三郎はにっこり笑って誘う。お姫さんの顔が少しだけ明るくなった。三郎は姫の手をとった。
「恥ずかしいので離してください。」「大丈夫です。野郎の下手人と取調官ですから。」「もう逃げませんよ。」「下手人の言うことは信用できません。」「・・・。」
三郎は夕焼けの中、黙って愛しい人の手をひいて歩いた。
官庁街にある甘味処に入り、壁際の席に、はす向かいに座りあい、お姫さんにお汁粉を注文する。
「お師匠さんは食べないの?」
「私は甘いものがあまり好きではありません。お気になさらずどうぞ召し上がれ。」
お姫さんが甘い汁を口にし、幸せそうな顔をしたのを確認すると、立ち上がってお汁粉をもう一杯頼んで、その足でさりげなくお姫さんの隣に座り直す。お姫さんが怪訝そうな顔をした。
三郎はにっこり笑って、「その衣冠はよくお似合いですね。」と始める。
姫が慌ててあたりを見渡すが逃げ場は三郎が塞いだ。
「何をなさっているのです。」あくまでにこやかに。
「陰陽頭を少々。」
事も無げに言うところに苛っとして、
「こんなことを続けられると思っているのですか。」と口調が少しきつくなる。
「ずっとではありません。お父上さんの謹慎が解けるまでの1年くらいです。先の戦で当家は少々目立ってしまいました。世間では、関白さんが、当家が反幕に流れるのを恐れて辞職させたと言っておりますが、最近私は、実は、お父上さんを守ってくださったのだと考えております。陰陽頭を子供に代えれば、反幕派からの風当たりも弱くなりますから。」で、若君が死んでしまったので代わりをしていると。
こんな格好をするにはそれなりの理由があるのだ。
「あなた様はこれでいいのですか。」
嫌だといえば、このままどこか遠くへ連れて行こう。
「私が望むのは陰陽道の存続と発展です。ですからこれでいいのです。
お師匠さんが思っておられるほど、私は不幸ではありませんから、御安心ください。」お姫さんはにっこり笑う。
どうしてこんなに聞き分けがいいのだろう。いっそ辛いと泣き叫んでくれた方がどれほど気が楽か。
気付けば三郎の方が泣いていた。
笑った姫が指で三郎の涙を拭う。
三郎はその手を握しめて誓う。
「では、私は、私のできることであなた様のお力になります。」
この日から三郎は、奉行所で集められる情報を可能な限り清子に流した。所司代、守護職、新選組との連絡役は常に自分から買って出た。その結果、清子には正確な幕府方の情報と、陰陽師の全国組織から届く市井の情報、禁裏小番で集めた朝廷内情報が集まり、陰陽頭の筮占の精度が恐ろしく上がった。
これにより、泰清は陰陽頭としての名声を確固たるものとし、三郎自身も奉行所での地位を上げていくことになる。
二人は、お邸の使用人用玄関の隣の縁側で頻繁に会うようになった。が、話す内容は少しの甘みもなく、お父上さんが心配するような雰囲気には微塵もならなかった。そうは言っても、清子は三郎を深く信頼し、三郎は清子にとって不可欠の存在となった。これが三郎の愛の形である。
ある意味心を得たという話。あと清子の陰陽頭の能力値が爆上りしたという話。




