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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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放生会

章題変えました、ごめんなさい。今日は怖いかも。


三郎は奉行所の門脇で、他の職員と一緒に、御所の放生会で放す鳥たちを荷車に載せようと準備をしている。

「鯉3匹、亀1匹、鶴2匹、白鳥2匹、鴨10匹、雁10匹、尉鶲(じょうびたき)10匹。全員いまーす。」と三郎。

「放生会のために生類を捕まえるなんて矛盾だね。」松之助さんが皮肉る。

「まぁまぁ、これで誰かさんの懐が温まるわけですし。」同心の山田さん。

「全くいいご身分だよな。余計な仕事増やさないでほしいよ。」番方与力頭。

「全くだ。なんで与力じゃなきゃいけないんだ!俺の一張羅が汚れちまうだろ!」与力の武井さん。

「目が汚れるらしいですよ。」嬉しそうに山田さんが言う。


内侍所

身分によって座席は大まかに決まっていて、泰清は末席に座って儀式を見ている。

御神鏡が正面にあり、鳥籠に入れられた鳥やら桶に入れられた鯉やらが、鏡と対面するように、向かいの出入口の縁側に、つまり泰清の近くの入口に並べられ、高僧が鳥たちに向かって講説を垂れている。鳥の鳴き声がうるさくて何を言っているか全くわからない。

参加者は多くない。


三郎たち奉行所職員は、不測の事態に備えて、内侍所の外の、社殿で死角になる場所に待機している。

放生会は珍しくはないのだが、鳥に向かって最高位の僧侶が説法をしている様子が妙におかしく、松之助さんが必死に笑いを噛み殺している。その様子に職員みんなが笑いたくて仕方がない。番方頭が松之助さんの頭をはたいた。「ぶっ」それを見た武井さんが噴出した。みんなが人差し指を口にあてて一斉に武井さんの方を見る。鳥の鳴き声がうるさくて、気づかれはしなかった。みんなでほっと胸を撫で下ろす。和気あいあい。


神前儀式が終わり放生のため御池庭に移る。

身分に従って泰清は末席に並ぶ。鯉を放流するので池近くに生類が運ばれてくる。一番見やすい場所はやんごとない方々のものだ。さっきまで騒々しい鳴き声を近くで聞いていたので、少しも羨ましくはない。また、鳥が一度に飛び立つ様を見るのなら、むしろあまり近くない方が美しく見えるのではないかと思う。それにしてもお庭は流石に美しい。


奉行所職員はせっせと生類を御庭に運び入れる。


「泰清、泰清。」不意に肩をたたかれる。

泰清は振り向く。

「久しぶり。元気そう。」若宮が笑っている。

「ご無沙汰しております。若宮様にはご機嫌麗しく恐悦至極に存じ上げます。」

若宮がぷっ、と吹き出す。やりすぎたらしい。

「何それ?

心配したんだから、元気になったら顔ぐらい見せてくれたっていいだろう?」といたづらっぽく言う。

「恐れいります。」

「私も心配した。」「吾も心配した。」後ろから、年の近い近習たちが顔をだす。

とりあえず、「恐れ入ります。」

3人が顔を見合わせて、首を傾げる。

「まぁいいや。もっと近くにいこうよ。」と若宮が泰清に言う。

「でも、私はもう近習では・・・」と泰清が言う。すると若宮が言う、

「ここには二種類の人間しかいない。

一つは幕府に媚びる売国奴。もう一つは生き物を愛でる者だよ。

君はあちら側の人間じゃないだろう?売国奴の序列なんて構うもんか。」

泰清は周りにいる公家たちを見渡す。参加者の少なさは、現朝廷首脳部の求心力の無さを表していた。見渡して改めて若宮を見る。

若宮がにっこり笑う。

「行こう。」若宮は言った。

「・・・はい。」季節のせいだろうか、背筋が寒くなった。


「大きな鯉!」「うまそう!」「こら、放生会!」よく息のあった主従である。

桶に入った錦鯉をのぞき込んで若宮が言う。

「なんで、こんなに綺麗なの?」

泰清は、

「絵の上手い僧の描いた鯉が、絵布から抜け出たからでございます。」と答える。

「!?」三人が顔を見合わせた。

「ここは糞真面目な蘊蓄(うんちく)を言うところだろう。」と近習。

「身構えたのに調子狂う。」ともう1人の近習。

それから思い思いに鳥籠をのぞいていく。

「この鳥は美しいね。名前はなんて言うの?」若宮が、雀くらいの大きさで、羽と顔が黒色で、後頭部が灰色、腹と胸が鮮やかな橙色をしている鳥の籠の前で泰清に尋ねる。

尉鶲(じょうびたき)です。」と答える。

流石だね、と言うように若宮がほほ笑む。それから、

「最近、関白に目をかけられていると噂だね。」と若宮。

「立場上従わないわけにはいきません。」と泰清。

「君に危害が及ばないか心配だ。何しろ物騒だろう。」

泰清はびっくりして若宮の顔を見る。若宮はにっこり笑い返す。

「ねぇ、この尉鶲、指に乗せられる?」

「?」使役せよと?

「泰清は、生き物とすぐに友達になれるじゃないか。」と若宮。

泰清には、蝶々や鳥や猫といった小さな生き物たちとすぐに仲良くなる才能があった。きっと心根の優しさが伝わるのだろう。しかし私にはできない。私にできるのは生き物の魂魄を乗っ取るくらいだ。こんな小さな生き物は使役したらきっと壊れてしまう。

若宮を見る。期待した目を泰清に向けてくる。

うまくやればあの時みたいに意識を失わせるだけで済むはず。

たとえ壊してしまってもどこか見えないところまで飛ばせばいい。

自分の保身のために、かわいそうなことを平気で考える私は、泰清とは全然違う。

泰清はかがんで、できるだけ自然に、そっと鳥籠の入口に人差し指を持っていって、扉を開ける。

小鳥はバタバタと飛び出した。

「きゃっ!」魂魄の掌握が弱すぎた。

小さく叫んで尻餅をつく。驚いた瞬間、力が入ってしまい小鳥が墜落した。

どこへ行った?自分の周りの地面を慌てて見回す。あった。急いで飛び去らせる。

周りにいる人を見渡す。みんなが私を笑っている。気付かなかった?きっと一瞬のことだったにちがいない。

恐る恐る若宮を見る。

怖い顔をしていた。

急いで立ち上がる。「申し訳ありません。」

「泰清、何をしたの?」

「何もしておりません。」小さな声で答える。

「・・・君は変わってしまったね。私のせいなのかな。」そう言って悲しそうな目をして、泰清のそばから立ち去っていった。

泰清は立ち尽くす。


「鯉の放流始めます!」係の人の声がした。

みんなが池の周りに集まる。

泰清も、行かなければと思い、ふらふらとみんなについて行く。頭の中では若宮との一連の会話が繰り返されている。

水際まで来ても、泰清子は虚ろだった。だから濡れた玉砂利に滑った。

ぐらっと体勢を崩して、視界に青空が映り込んだ。

(あっ、私転ぶ。でも、もうどうだっていい。)

池ポチャを覚悟した時、誰かが泰清子の肩を支えてくれた。


「危ないですよ。」


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