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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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御神鏡

泰清の胡散臭い噂が広がった後のある日のこと、御所からお使いが来た。

差し出された書簡を読むと、「ごくごく内密の相談があるので至急参内せよ。」と書かれていて、差出人は二条関白さん。引きこもりが引きこもりたる所以を知りながら呼び出すとは何だろう。

御所は遠いな・・・。


御所について伝奏奉行に参内を伝えると、初めての御殿に案内される。御学問所と呼ばれる場所である。

関白執務室に行くのだと思っていたのに、どうしたのだろうと一人ドキドキしていると、それほど待つことなく関白さんが来た。ほとんど同時に上段の間に人が入って、厚畳の上の御(しとみ)に座った。

それを見た泰清は息をのむ。

御尊顔は遠目ながら拝したことがございます。今も遠めですが。下段の間から上段の間を思考停止で見つめる。

「こら、頭が高いです。」と中段の間の関白さんがたしなめる。

「も、申し訳ありません。」泰清は我に返る。

「よい。そなたが噂の新陰陽頭ですか。

春宮と同じ歳だというので、少々心もとなく思っていましたが、案外そうでもないと聞き、召しました。」と主上さん。

「選日も、筮占も、祓いも達者にこなします。」と関白さん。

「お褒めに預かり光栄です。」

「堅苦しくする必要はない、もっと近くにお寄りなさい。そのように遠くては内緒の話ができません。」

泰清はいそいそと下段の間の端から中段の間の入り口位まで進む。内緒話には一部屋分遠い。これは泰清子が秘密保持のために確保したい他人との距離である。しかし主上は緊張と慎み深い性格からくるものと善解し、苦笑して、話始める。

「皆には秘密にしているのだが、今朝、内侍所で祈祷をしていたら御神鏡が落ちたのだ。凶兆ではないだろうか。これにはどんな意味があるか教えて欲しい。」御神鏡とは伊勢の神宮に安置されている御神体の形代のことである。そんな大切な鏡が祈祷中に落ちたとなると、何かの啓示かと心配になるのはもっともだ。

「筮占のために、いくつかお尋ねしてもよろしいですか?」と泰清。

「よい。」

「御神鏡が落ちた時、何を御祈祷なさっておられましたか?また、御神鏡は御無事でしょうか?」

「御神鏡は無傷です。祈ったのは、国家安寧と会津中将の病気平癒でした。」

「会津中将の病気平癒?」おかしな並びだと思う。

「そなたは正直でよいなぁ。」主上がまたも苦笑する。泰清は慌てて口を押えた。

主上に代わって関白さんが話し出す。

「主上がそうなさるのは、国家安寧のために会津を殊の外頼みに思召しているからです。世の中、皆、尊王尊王と口にしますが、実際に朝廷のために動いてくれる者は一橋・会津・桑名しかいないのです。

会津はこの三者の中で一番兵力を持ち、しかも中将は尊王の志篤い。中将が没して代替わりすると、その先どうなるかわからなくなるでしょう。だから中将の病気平癒を御祈祷なさるのです。」

悩みは殊の外深い。

「畏まりました。筮占を致します。」

ここで失敗すれば今後の陰陽頭の需要はないものと思え。

泰清は、さらさらと(めどぎ)を操った。

変爻なしの「天水訟」。

「天」は上昇し「水」は下降する属性があるので「天」「水」はそれぞれ遠ざかろうとする。故に卦象は「訟」争いだ。

御神鏡について考えると、落ちる以上のことを示していない。さらに()()()の組み合わせは絵的に美しいとさえ思う。これは凶兆ではない。

国家について考えるとどうだろう。「天」を君主・朝廷、「水」を臣下・幕府と考えて、幕朝の不和が天下を乱すという意味のように思える。今の幕朝関係はどうなっているのだろう。うーん、政についての知識不足を感じる。しかし無いものは無いので仕方がない。泰清は占考を終えた。

「筮占の結果を申し上げます。天水訟の卦を得ました。御神鏡が落ちたこと自体は凶兆ではありません。

会津中将については今の状況が変わらず、お亡くなりにはなりません。

国家については、幕府が朝廷を敬えば争いは起こらないと卦は申しております。ただ、朝廷が礼節を欠けば幕府は忠義を尽くしません。朝廷のお慎みも大切です。

卦の如何に関わらず、御神鏡が落ちるというのは、あまり気持ちのよいことではありませんので、御神楽等盛大になさって神霊をお慰めするのがよいと考えます。」

泰清は今の能力の精一杯で答えたが、お気に召しただろうか。泰清は二人の様子を不安げにみつめる。

「幕府が朝廷を敬えば国家安泰か、その通りです。」関白が満足そうに言う。泰清はほっとして、顔が緩む。その様子を見た主上は、

「ははっ、よく頑張りましたね。普段は子供らしいのに、筮占をさせれば神のようです。筮占料として銀2枚取らせます。」

泰清は、過大な賛辞とご褒美を頂戴し、また嬉しいのが顔にでる。これは泰清子の良いところでもあり悪いところでもある。慎みが肝要だ。

「神事だが、放生会はどうだろうか?」と主上がにこやかに言う。

「戦乱で多くの者が斃れましたので、生命を慈しむのは良いお考えだと思います。ただ、お寒くはございませんか。」と泰清は心配する。

「子供は風の子というだろう?そなたの都合の良い日の中から相応しい日を選日せよ。」

うっ・・・引き籠りには無用のお気遣いです。

ほら、悪い方に転がった。


2話を使い主上に到達。

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