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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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禁裏小番


清子は、二条関白に、陰陽寮から幕府の開成所に寮生を送りたい、天文学や自然科学に関する洋書がほしいとお願いする書状を書いている。

本が手に入ったら真備と一緒に見てみよう。

世界中の本が読めたら、森羅万象この世の総てがわかるようになるかしら。

・・・そしたら、・・・そしたら私たちはどうなるかしら。

きっと、神が死んだ世界で、特殊な知識を使って人々を災から救うんだわ。古の陰陽師が唐渡りの最新知識を使って災厄を除いていたように。

学ぶことは尽きないが、本来持たざる者である我々のあるべき姿ではないかしら。

あぁこんなに面白そうなのに、私は忙しくて出来そうにない。これは真備にやってもらいましょう。

以前は悲観的な未来しか見えなかったけれど、真備が言えば、こんなに夢が膨らむなんて不思議。

ふくふくした気持ちで漢字だけでできた文章を書いていく。

そこへお父上さんがやって来た。

「姫、相談があるのだが・・・。」


姫とは呼んでみるが、泰清の着物を着、その上から打掛をはおり、簪1本で髪を巻き上げて、何者ともわからない姿をしている。この姿に父も心痛むが、では、もしあの時に戻れるならば、違う選択をするかというと、それは否である。

姫の前に座った。

姫はものすごく警戒した目を向けてくる。

「相談というのは・・・その・・・禁裏小番に出てくれないだろうか。

病欠、神事による欠勤も最早やり尽し、倉橋家(安倍家庶流)に代わってもらうのも、あちらの方が年上で位階も上で、そう何度も頼み難く、そろそろ限界なのだ。」これを相談とは言わない。

禁裏小番は、月に数回、禁裏の小番部屋に詰める御役目だ。一日を早朝の部、昼の部、夜の部に分けて詰める時間が決められており、各時間二人から五人程で勤務する。土御門家は外様で、外様の小番は詰めるだけで具体的な仕事がない。よく知りもしない堂上たちと何時間も時間を潰すだけである。

現実は厳しい。

「お父上さん、考えただけでも禿そうです。」

「・・・父も。」


外様小番衆所

すでに三人の当番公家が世間話に花を咲かせている。

年少者の初顔見せなので、きちんと挨拶をした。

「えらい可愛らしい陰陽頭さんや、病弱というよりお稚児さんや。」公家たちが驚く。

女は困るが、お稚児さんなら問題なし。

三人の中で一番若い公家が、他の年長者二人を紹介した。うち一人藤波卿には聞き覚えがある。確かご子息が泰清と同く若宮付だ。これはどう振る舞ったらいいのだろう。以前はお世話になりましたと挨拶するべきか。しかし知らない話をされて墓穴を掘るようなことになったら困ってしまう。一人でぐるぐる考えていると、突然、二条関白が部屋を覘いた。

「よしよし泰清、ちゃんと出仕していますね。」それだけ言うと立ち去った。

暫くすると、中川宮がやって来て「よしよし泰清、ちゃんと出仕しているな。皆さん泰清を宜しく。」と言って、菓子を置いて立ち去った。

当番公家たちがざわつく。清子は菓子箱を手にして戸惑う。何をしてくれる?

「何で偉いさんと仲良しなの?」「お父上さんを辞職に追い込んだ張本人やろ?」

「懺悔の気持ち?」「摂家に懺悔?ないな。」「陰陽師として優れてるとか?」「筮占書はお父上さんに書いてもらうんやろ。」「こんなお稚児さんじゃ、責任もとらせられへんし。」

「「「何で?」」」一同、泰清に注目する。


公家たちは余所の家の内情に興味深々だ。

誰かが宮中は伏魔殿だと言っていた。だったら私も伏魔殿に相応しく振舞おう。

「私は、一度死んで生き返った人間ですから、縁起がよいとお思いなのです。」半分嘘で半分本当の話しをする。

「噂は本当なのか?」「斬られたっていう?」「死人が生き返るはずないだろう?」「でもでも、お狐さんのお家柄やし。」

「「「本当?」」」もう一度注目した。

「ええ。私は刀傷がもとで一度他界しております。しかし冥府の王が哀れがり、昼は地上で世の中のことを観察し、夜に冥府でその報告をするという誓約で、この世に戻してくださいました。

今宵も当家社殿の井戸を通って、皆様の事を報告しに参ります。」

どこかで聞いたような話しをして、にんまり笑ってみせた。

誰かの扇子がぽろりと落ちた。



公家たちは雑談に戻った。旬の話題は天狗党である。

天狗党は尊王攘夷を掲げた水戸の敗軍で、命乞いのために御所を目指して西上している。

「陰陽頭さん、天狗党はこれからどうなるだろう?一丁占ってみてくださらんか。」公家たちは不意に泰清を試した。しかしこんな明白なことは占うまでもない。泰清は得意満面で言った。

「心配なさらずとも賊は京にはたどり着けません。身内(水戸徳川)でありながら幕府に弓をひいた裏切り者です。幕府が征夷の名にかけて根絶やしにするでしょう。」

さっきよりも深刻な沈黙が訪れた。概して公家は天狗党贔屓であったのだ。引き籠りの幕府昵懇(じっこん)衆には思いもよらないことである。

泰清はそれから何度も不本意な沈黙を繰り返し、伏魔殿での真に正しい振る舞い方を学んだ。

禁裏小番を終るころには頭に文銭ハゲができていた(涙)。


数日後、泰清に関する胡散臭い噂話は広まりに広まった。更に、天狗党の顛末が朝廷に奏上されると、泰清は預言者になった。


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