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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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決意

めんどくさいのが出て来ます。


10月朔日 土御門邸 陰陽寮用の座敷にて

幸徳井保源が真備を連れて、年間神忌上申を提出しにやって来た。晴雄は謹慎中の身であるが、やむを得ず泰清の代理をする。清子も疎開のお礼を言うという名目で同座した。

清子には軌道修正させられた化粧が施されている。たれ目は実践中。

「遠路ご苦労でした。只今、新陰陽頭が病中なので私が代わりに承領します。また、先の戦禍の折は姫が大変世話になり感謝申しあげる。」と前陰陽頭晴雄。

「もったいないお言葉、恐縮至極に存じます。

そろそろ愚息にも家職を覚えさせようと思い、新陰陽頭への御挨拶も兼ねて連れて参ったのですが、お会いできないのは残念です。ご自愛くださいますようお伝えください。」と陰陽助保源。

陰陽道を支える二家は、まるで書状でも書くように言葉を選び、細心の注意を払って言葉を交わす。

両家共に二百年近く前のことを今も忘れず引きずっている。


土御門家と幸徳井家の確執

幸徳井は本姓賀茂氏を称しているが、賀茂の正統は勘解由小路在富で途絶えた(1565年)。そのためその後の造暦は土御門家が行った。しかし陰陽頭久脩(ひさなが)は家職が多忙すぎるので、南都から賀茂氏の末裔と称する幸徳井友景を召し出して、造暦を指導し、造暦博士にした。久脩が豊臣秀次切腹事件(1595年)に関連して流罪となると、友景が陰陽頭になった。幸徳井の陰陽頭は友景、友種、友(すけ)と三代続くが、土御門家は友景、友種に造暦を教えた。しかし友伝は、友景を造暦博士にしてやった恩も、造暦を教え続けた恩も忘れて土御門家の陰陽師支配権限をはく奪するように朝廷に訴えた。

この騒動は、友伝が死に、土御門泰福が陰陽頭を奪回し、幸徳井友親に全面降伏状を書かせたことで落着した。

それ以来両家は、主従の別を明確にし表面上は良好な関係を保っているが、互いに信じることができなくなった。


ぎこちない会話が続く中、突然真備のおなかの虫がぎゅう~と鳴いた。

晴雄は笑って少し早い昼食を用意させた。奈良から長旅をしてきた幸徳井に食事を振る舞うのも恒例のことである。


真備が話をしたそうなので、清子が声をかける。

「お久しぶり、真備。長旅大変だったでしょう?」

「お久しぶりです姫様!」真備は嬉しそうに立ち上がると、ズカズカと清子の前にやってきて腰を下ろす。硯箱くらいの箱を二つ持ってきた。

「これ真備、失礼をするでない。」と保源が焦る。

「失礼って何だよ。俺と姫様はそんな畏まった間柄じゃないだろ。」小栗鼠と真備だ。

「ふふっ。その節はお世話様。とっても楽しかったわ。皆は元気?」

「元気。みんな姫様に会いたがっているよ。あのさ、みんなが(ふみ)鳥を送りたいって言うんだけど、いいかな?」

「勿論、大歓迎。」

真備が嬉しそうな顔をする。それから持ってきた二つの箱のうち一つを開けて清子に差し出した。

「壊れた簪を直してきた。」

清子が自分の呪詛で吹き飛ばしたじゃらじゃらとした飾りのついた簪が、元通りの姿になって入っていた。

「直せるなんて思わなかったわ。大変だったでしょう?」

そう言いながら簪を手に取り、髪に挿すと指で揺らしてみた。じゃらじゃらと愉快な音がする。

「面に刺さったのを抜くのは少しだけ。」

真備は、そう言うと、もう一つの箱を手に取る。

「俺、姫様はそういう子供っぽいのじゃなくて、こういう感じの方が似合うと思う。」

箱を開けると、蒔絵に螺鈿で蝶々が描かれた簪が入っていた。

真備はそれを手に取ると、すっと立ち上がり、清子のじゃらじゃらを抜き取って、自分の見立てた簪をさっと挿し込んだ

「ほら、やっぱり。」

まるで流れるような手際の良さだった。

晴雄は不快感を露わにし、保源は青ざめる。

清子も驚いて、挿された簪に手をやりながら、真備を見上げる。

真備はその目を捉えると熱っぽく語った。

「俺は、幸徳井家と土御門家が協力して、陰陽道をもう一度盛り立てられたらいいと思っている。

今日は泰清様にそのお話をしようと思って来たんだ。

それができたらさ、みんなの生活ももっと楽になるだろう?

陰陽師っていうのは、百億の日月星、山河大地、神羅万象の声に耳を傾け、人々の生活に幸福をもたらす職業だ。だからさ、例えば西洋の知識を学ぶことで、より日月星辰(じつげつせいしん)の声がわかるようになるのなら、積極的に取り入れるべきだと思うんだ。泰清様と姫様と俺が力を合わせれば、できるような気がしない?」


真備は、自分の配下の陰陽師の生活や陰陽道の未来について考えていた。これを土御門家に置き換えるなら、日の本中の陰陽師の生活と陰陽道の未来について考えるということだ。

清子は、今の今まで、宮廷陰陽師のお役目は朝廷に降りかかる災厄を未然に祓うことだと考えていた。

そして、陰陽頭として、父を辞官に追い込んだ朝廷のために祈祷を捧げることに、釈然としないものを感じていた。

真備の言葉で、目の前の霧が晴れた気がした。


真備はすぐに保源に叩かれて、平謝りに謝らされた。

「俺、いや私は、土御門家と姫様に忠誠を誓っております!」



冬至

陰陽道では、冬至は一年の終わりである。

清子はいつもよりずいぶん早起きをして、身を清め、衣冠単を着用して筮占をする。衣冠単は衣冠より格式の高い装束である。新年の主上のこと、大樹のこと、国家のことなどを占って上申するのが慣例である。


大樹の卦は、「天水訟」で二爻と三爻が変爻で「天山(とん)」に変化する。

訟は訴訟、遯は退く。争乱の兆しあり、御慎みあるべき。


「お時間でございます。」筮占部屋の外から、家僕が呼ぶ。

「あぁ。」清子は答えた。


陰陽寮では、毎年冬至、春分、夏至、秋分に、朝廷の正式な天文台・測量御用所に行って、太陽高度を測る儀式を行っている。この日は寮生全員が土御門家に集合し、皆で測量御用所に向かう。

つまり泰清が陰陽頭として、初めて寮生全員の前に姿を見せることになる。

玄関近くの大広間で寮生はすでに待っている。

家僕に従い座敷の前に行くと、陰陽小允が待っていて、泰清を上座に導いた。陰陽助はじめ寮生凡そ60人程。ここに集まる陰陽師は多くはないが、その後ろには数多の民間陰陽師がいる。陰陽頭はそのすべての者の暮らし向きに責任を持たなければならない。

私の中の泰清は、聡明で、穏やかで、強い。

――― 決して下を向くまいて。

(われ)は、陰陽頭土御門泰清である。」清子は満座に響く声で名乗った。



参考書 近世陰陽道史の研究 遠藤克己著


民間の陰陽師というのは平民と穢れ多しの間の卑賎の民として差別を受けていました。これを念頭に置くと、清子が疎開した回も大分違った印象になるのではないでしょうか。


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