訣別
誰と?
警備兵が入って来た。若宮は無事である。父は泰清に駆け寄った。血だまりにためらうことなく自分の袖を浸し、傷を抑えるようにして抱きかかえる。周りを見れば混乱はなおも続いている。
「清子、清子、」父は呼んだ。しかし清子には何も聞こえない。
父はどうしようか迷ったが、まずは倒れた泰清を陰陽寮に運ばなければならない。
兵士と賊が入り乱れる中、清子は動かない。
見かねた葛の葉が清子のお守り袋から出る。衣冠姿の堂上風だ。父は目の端でそれを捉えると、急いで御花御殿を出た。
葛の葉が清子に声をかける。「お前様、お前様。」
だめだ、反応がない。
葛の葉は清子を抱きかかえて歩き出す。
御花御殿から陰陽寮までの間に多くの人とすれ違った。しかし誰一人としてこの二人を気に留める者はいなかった。皆自分のことで手一杯なのだ。
陰陽寮は宮殿の端の端。陰陽寮に用事でもなければわざわざ来ないような場所にある。
葛の葉は襖を開ける。入ってすぐは物置兼地下官人の執務室で、奥の部屋が晴雄の部屋になっている。奥の襖をあけると、晴雄が、さっきまで自分が寝ていた布団に泰清を横たえてうなだれていた。
葛の葉は清子を降ろす。
清子は軽い衝撃で我に返った。
「・・・泰清。」父の頼りなく呟く声が聞こえた。
「はっ!泰清、泰清。」
清子は泰清に駆け寄って体を揺さぶる。
もう一度揺さぶってみる。泰清は目を開けない。
・・・目を開けないの!
そうだわ、私にはあの呪詛がある。
清子は泰清の手を両の手で握ると、葛の葉に教そわった自然の摂理に背く呪詛を唱える。
来たれ、司命、司中、司祿!
李鉄拐は屍を借り 張果老は永生を得た
吾、我が魂魄を泉界に帰して請う
魂の西天に上るを制し 魄の地下に還るを阻み 今暫くの天寿を与えよ 急急如律令!
泰清は目を開けない。
「・・清姫。」
来たれ、司命、司中、司祿!
李鉄拐は屍を借り 張果老は永生を得た
吾、我が魂魄を泉界に帰して請う
魂の西天に上るを制し 魄の地下に還るを阻み 今暫くの天寿を与えよ 急急如律令!
「清姫!」
来たれ、司命、司中、司祿!
李鉄拐は屍を借り 張果老は永生を得た
吾、我が魂魄を泉界に帰して請う
魂の西天に上るを制し 魄の地下に還るを阻み 今暫くの天寿を与えよ 急急如律令!
「清姫止めよ!」
「落ち着いて、落ち着いて、お前様。」
葛の葉が清子の両腕を強く掴む。
「どうして泰清は戻ってこないの?」清子は涙が溢れそうになるのを必死にこらえながら、葛の葉を見上げる。ねぇ、どうして?
葛の葉は首を横に振る。
「吾は泰山王ではない。魂魄が離れてしまった者を蘇らせることはできない。」
あぁ、お前様が可哀想。
清子は唇を噛みしめる。涙が溢れてくる。この悲しさをどうすればいい?
「あんなに私に呪詛を使わせたがっていたではないか。望み通りにくれてやると言っているのです。
だから・・・お願い、泰清を戻して!」
私は理不尽なことを言っている。でも悲しみが止まらなくて、どうしていいかわからない。
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!お前の顔など二度と見たくない。私の前から消えてしまえ!」
清子は言い放った。
葛の葉は清子を掴んでいた手をそっと離す。
それから泣きそうな顔で一時清子を見つめ、そのままぐにゃりと形を失って、急速に収縮すると、ふっと霧散した。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
いっぱい時間をかけたのに呪文がうまくできなかった。次の時はしれっと変わっているかもしれません。