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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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記憶の回帰

蛤御門の戦いの日の夜に御所内に何者かが侵入した話を参考にして作った話。

公家たちは主上に迫った。

主上は殿中を見渡しながら考える。

すべてのことは善行善果、悪行悪果、自行自果。

天津日嗣(あまつひつぎ)の受伝以来、何事も思い通りになった試しがない。しかしこれは、あるいは(わたくし)が、神の意思に反しているからなのかもしれない。

主上はゆっくりと立ち上がった。公家たちは一斉に道をあけた。

関白はじめ主上の意思を重んじてきた朝臣は、その決断に言葉を失った。

広橋卿が清子のところに駆けてきた、

「キヨシ、主上が御遷幸なさいます。あなたもお供をするのです。」

烈しい銃声がひっきりなしに聞こえてくる。こんな状況で門外にお出になるなんて、(わたくし)が何度黒簿を書き換えたところで事足りる話ではないでしょう。というか私が死ぬ。なぜ誰もお止めしないのか。

清子はもどかしい気持ちで北廂の中央の入り口に立ち、主上の行方を捜す。割れた人垣の先に、白い袍に濃蘇芳(こきすおう)の袴を身につけた主上の姿を見つけた。

主上はまさに紫宸殿を出ようとしていた。そこへ誰かがすっと近寄って、その袖を掴む。

主上が振り返る。

「お待ちください。今はまだ御遷幸の時ではございません。」

袖を引いたのは、

「慶喜。」

「私が命に代えてもお守りいたします。ですから今はまだ御遷幸の時ではございません。」

一橋慶喜は再度繰り返した。


白地に黒の葵の紋付陣羽織を着、金装の太刀を佩き、立烏帽子を被った凛々しい武者が、十と歳の離れていない主上の袖をひく。まるで一枚の絵の様だ。


主上がお泣き遊ばしている。本当に涙を流しているわけではないが、清子にはそう思えてならなかった。


一橋慶喜は、関白に主上を御常御殿へお連れするよう頼み、会津中将を公家たちの見張りとすべく使いをだした。殿中の混沌は瞬く間に治まっていく。

憤懣やるかたない有栖川宮は、一橋慶喜に向かって言う。

「卿が禁裏御守衛総督の職掌をきっちりお果たしになっていれば、御遷幸などという話にはならないのだ。早く戦を終わらせられよ。」

一橋慶喜は顔を強張らせた。

「仰せの通りでございます。至急掃討して参ります。」

そして戦場に戻ると、鷹司邸にも町にも火を放つよう命じた。

炎は天を焦がす勢いで燃え広がった。

戦は終わった。


正親町実徳は紫宸殿の前庭で立ち尽くす。煙が辺りを覆い尽しているが構うことなく。せわしなく兵が往来するが構うことなく。

お前はきっと私を恨んでいるだろうね。

煙に覆われた空は、地上の炎を映して茜色に染まっている。赤とんぼはもう戻らない。

頬を熱いものが伝う、それを煙のせいにして伝うがままにしておいた。


桂小五郎は下加茂神社で鳳輦が来るのを待っていた。

鳳輦はついぞ来なかった。



公家町は燃えている。戦が終わっても自宅に帰る公家はほとんどいなかった。


総ては終わった。そう思って、私たちは安心していた。


時刻は暁、東の空が白む前、本当の悪夢はやって来た。


賊が大挙して御常御殿の庭に侵入した。禁門には守衛がついている。庭の出入り口には鍵がかけられている。しかし賊は現れた。この庭に至れば御常御殿、御花御殿(東宮の部屋)に手が届く。

宮廷内は突如大騒ぎになった。ただならぬ騒ぎに晴雄も清子も目を覚ました。

「残党の侵入じゃ!」誰かの叫び声が聞こえた。

何故かひどく胸が騒ぐ。父は部屋を飛び出した。清子もあとを追いかける。官人や官女が右往左往して逃げ出す中、晴雄と清子は逆行して御花御殿へと向かう。

御花御殿から女官たちの悲鳴が聞こえる。御殿に駆けこんだ清子の目に飛び込んできたものは、

「若宮、お逃げください。」若宮を捕らえようとする賊の前に分け入った泰清。

「邪魔だ、どけ!」刀が一閃した。

「きゃぁー!」女官たちの叫ぶ声が響く。

泰清は刀を受けて崩れ落ちた。

それを見た若宮は気を失った。


一閃した刀の煌めきは、清子に激しく頭を打ち付けたような衝撃を与えた。

この刀の煌めきを、(わたくし)は以前にも見たことがある。


清子が声の主の方を振り返る。

と同時に刀が一閃し、丸い何かが跳ね上がった。

清子はその何かと目が合った。

その目は、「まだやらねばならない事がある。」そう言っていた。


「あれ?まだ息があるじゃないですか。ちゃんと止めを刺してあげないとかわいそうですよ。」


狐は見慣れた人形(ひとがた)に戻った。

口元を真っ赤な血で染めて、清子を見据える目は――。


金色の毛の大狐がいた。立派な石灯籠ほども背丈のある神使の狐。その足は一人の志士を押さえつけ、その牙はもう一人の志士の首元に突き立てられている。口から血がしたたり落ちる。


「あれは、お前様が助けるのじゃ。」満ち足りた笑みが浮かぶ。


「ほら、見て。美しかろう?」葛の葉の嬉しそうな声がする。

一面の野っ原で、白い小花がたくさん咲いていて、風は無く、遠くに大きな木が一本見える。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」清子は叫び声をあげてうずくまった。


すごく昔の記憶になってしまい申し訳ございません。どこの記憶かわかりますか。祇園社での出来事です。

実際に1年の時の流れを感じるほどに昔のことになってしまいました。これは日付を刻む形式の弊害でもあると思うので次は日付をつけないようにしようかと思います。

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