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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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象山の死

7月11日

佐久間象山が殺害された。

象山が命を落としたのは、幕府と朝廷上層部の意を受けて主上の御遷幸を計画したためである。

主上には皇子が一人しかおらず、輦轂(れんこく)の下の戦禍は皇胤断絶の危機であった。そのため幕府と朝廷上層部は隠密裏に御遷幸を計画した。御遷幸先は彦根城である。しかしこの計画はどこからか漏れ、長州に味方する志士たちがこれを許さないと意思表明した。白昼堂々の天誅である。

象山暗殺の知らせに朝廷上層部は震え上がった。

何の要害も持たない禁裏で、自前の武器も兵力も持たず、逃げることも許されず、ただただ狂賊が蹂躙しに来るのを待たねばならない。

朝廷は神仏に祈った。比叡山延暦寺、賀茂上下社、そして生死を司る神――泰山府君。


12日

晴雄は関白二条斉敬(なりゆき)邸に呼び出される。

「黒簿について教えてほしい。」二条さんは関白として聞いている。

「黒簿は、司命神に、ある者の閻魔帳を冥府の十王の回覧に供する時期が近づいたことを知らせるための帳簿です。余命が一年を切ると黒簿に名が載ります。しかし、黒簿を見てわかることは、一年以内の人の生死のみでございます。」

閻魔帳の移動にとって死因は重要ではない。

寿命を迎えると魂魄は乖離し、魂は自ら冥府に向かう。まっすぐ冥府に向かうか、道草を食いながら向かうかは人それぞれである。そのため死亡日もさほど重要ではない。

黒簿が見えることは土御門家の強みであるが、見えるだけでは身辺整理と心の準備くらいにしか役立たない。

「では、書き換えるとは?」

「書換とは申しますが、寿命を迎え分離しかけた魂魄を、神力を借りてもう一度接合する秘術です。結果寿命が延び、黒簿からその者の名が消えるので書換と呼んでおります。」

「つまり、寿命を延ばしたい相手の今はの際に立ち会う必要がある。」

「左様です。」

「卿はその秘術を使えますか?」にこやかに聞く。

「いいえ。」

「では卿の姫は?」にこやかではあるが、有無を言わせぬ圧がある。

「・・・」

「中川宮様が仰っておりました。姫は黒簿が見えると。」

聞かずとも知っているではないか。

「・・・使えます。」

「皇統存続のため姫を召喚します。大難の際は黒簿を書き換えよ。これは関白としての命令です。」

関白と陰陽頭では立場に天地ほどの開きがある。

「承知いたしました。」これ以外の答えは許されない。

晴雄は関白の前で娘宛ての文をしたため、空へ放った。


清姫へ

前略。関白殿が皇統存続のため黒簿の書換をお望みです。

暦道に則り適切な日を選んで、お気をつけて京へいらしてください。

                   草々

7月12日                  父晴雄


暦注では、受死日、十死日、帰忌日、往亡日、凶会日、三伏日など旅を避けるべき日は結構多い。さらに二十八宿や十二直、六曜を加味すると、適切な日はかなり限定される。

我子を戦禍に巻き込みたい親がどこにいる。父のささやかな抵抗である。



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