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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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叶え

蛤御門久坂ver.



7月18日 子の初刻(23時頃) 天王山

大坂からでも見えるほどの巨大な篝火の下、500人を超える兵士を前に進軍の号令をかける。

総督真木保臣

「今から我等はお花畑を目指し進軍する。

我等は、帝のため、皇国のため、攘夷の叡慮を遮る奸臣松平容保を禁闕から駆逐する。そのためには、玉座近くではあるが、やむを得ず銃器を用いることとする。

天誅を恐れ、禁闕(きんけつ)に身を隠す無法無体の悪党の首を、何としても上げよ!」

監軍久坂玄瑞

「我等は禁闕を犯すといえども、主君の為、皇国の為国賊を討つのである。容保は、上は武力を以て天朝を(おびやか)し、下は暴虐を以て士民を殺害し、あるいは公家の忠良を退け、あるいは浮浪の徒、無頼の者を家来に集めて輦轂の下を凶徒の巣窟にした大罪人である。

我等は正道を歩んでいる。

今は天朝に弓引く逆賊のそしりを受けてはいるが、国賊を討ち取った暁にはすべてが賛辞に変わるのだ。疑うことなく真っ直ぐ進め!」

長州勢は、伏見、山崎(天王山、男山)、嵯峨からそれぞれ御所へ向けて進軍を開始した。

長州藩の最終目的は、去夏奪われた政権を奪還することである。しかし御所を制圧するなどと口にするのは憚られる。ただ制圧するにしても、容保及び会津藩を除かなければ始まらない。さらに言うと、仮令御所を制圧できなかったとしても、容保さえ除いてしまえばどうとでもなる。

京都守護職松平容保の排除は、長州勢が上げるべき最低限の戦果である。

長州勢は、御所の九門を三方から同時に攻撃し、敵の戦力を分散する作戦を採った。三勢力のうちいずれかが、九門内の中心に位置する凝華洞に辿り着けばよいのだ。


18日 亥の正刻(22時頃)、家老福原越後率いる伏見勢凡そ500は、京を目指して、進軍を開始した。

伏見勢を待ち受けるのは大垣藩と彦根藩。伏見勢は、直違(すじちがい)橋を過ぎたあたりで大垣藩と戦闘となり、大垣藩の奮闘により伏見藩邸に敗走する。さらに彦根藩が伏見藩邸を放火したため、大坂まで敗走することとなる。三方同時攻撃の一翼が19日未明早々に崩れた。

嵯峨勢と山崎勢も同時に攻撃を仕掛けることができなかった。

嵯峨天龍寺は山崎より御所に近い。通常であれば嵯峨勢が先に到達するのは自明だ。しかし進軍は互いに敵の囲みを抜けて行くのだ。長州勢は、嵯峨勢が人数的にも、距離的にも、より敵の警戒を受けると予想していた。この作戦は、そもそもが天の味方なくして成功しえないものであった。

だが、神州において、天孫に弓引く者を天が助けるはずもない。


嵯峨勢は、御所の外苑を囲む九門のうち西側、烏丸通沿いを突いた。

嵯峨勢の家老国司信濃率いる一隊が、筑前藩の守る中立売御門を破り、門脇の烏丸邸、日野邸を通って、会津藩の守る公卿門前に至った。長州兵は日野邸の塀に上って、会津兵に盛んに銃撃を浴びせる。弾除けの無い会津兵はバタバタと斃れた。しかし(いぬい)門を守る薩摩兵が救援に来ると、長州勢は耐えられず烏丸通に逃れる。逃れ出たところを、相国寺の薩摩藩邸から下って来た兵と中立売門を守る筑前兵が討ち取った。

嵯峨勢のうち来島又兵衛率いる別隊は、蛤御門と下立売御門の中ほど八条邸の南の塀柵を破って公家町に侵入し、北上して蛤御門に迫る。敵兵は門外から来ると思っていた蛤御門の会津兵は、不意を突かれ劣勢になる。しばらくすると、公卿門前で国司信濃率いる嵯峨勢を退けた会津藩兵、薩摩藩兵、台所門から駆け付けた桑名藩兵が加わり戦局は拮抗する。激闘の最中、来島又兵衛が撃たれ、指揮者を失った嵯峨勢は瓦解した。


山崎勢が、松原通りを通り柳馬場通りを北上して堺町門に到達した頃には、嵯峨勢の敗戦は決定的となっていた。

山崎勢は、去夏と同じように鷹司邸の裏門から邸内に入る。久坂は、無礼を承知で前関白鷹司輔煕殿下の部屋の前の庭に回りこむ。殿下はまさに御所へ参内するところであった。

久坂は殿下近くの縁側に駆け寄って、額を地べたに擦り付けて叫ぶ。

「殿下、どうか私を御所にお供させてください。どうしても天聴に奏上せねばならないことがあるのです。好きで禁闕を騒がせているのではないのです。お願い申し上げます。殿下、どうかお連れ下さい。」

必死に頭を下げるが、殿下は一言もなく立ち去ろうとする。慌てた久坂は土足のまま御殿に駆け上がり、殿下の裾に取りすがる。

「殿下、どうか私を御所へ。殿下、どうか。」

殿下は、取りすがる久坂を見下ろす。見上げる久坂と視線が交わる。その目は冷え冷えとしており、見知らぬ雲上人のように思われた。

殿下は非情に久坂を振り払った。

「図々しいにもほどがある。」

殿下は長州藩を切り捨てた。



「ハハハハハ ハハハハハ」

結局他人事じゃ。そりゃあ、望んだ沙汰も出ぬわけよ。

ひとしきり笑って惨めったらしい気持ちを笑殺すると、仲間の方に向き直り、自分と仲間の志気を鼓舞する。

「我等は既に九門内にある。凝華洞は目前だ。我等はこの手で必ず容保の首を取る!」

仲間は鬨の声を上げて答えた。

打ちひしがれている暇はない。当初の予定通り、自力で凝華洞に辿り着けばいいだけのことだ。



七年史、京都守護職始末、久坂玄瑞(一坂太郎著)参考

ちょっと長くなってしまって変なところで切れてしまいました。ごめんなさい。



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