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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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供命鳥

サブタイトルは君の名は。

そんな衝動になんとか打ち勝ちました。

名はその人の真実を表すものだから間違えては無礼だ。ならば清子のすべきことは、生者の中の死者の魂を読むことだろう。清子は橙の炎と向き合う。


覗いてみれば、死者の魂も生者の魂と変わりはない。

目にしたものはすべて、心の中にある。


雪を冠った筑波山の見事な山容。

学び舎で若者たちと国の行く末について語り合った。

金剛山の頂から見る、燃える五條の代官所。

金剛山の(ふもと)の観心寺で、仲間と一緒に楠公の首塚に手をあわせた。


清子の聞いている忠伊公の話と符合する。やはりこの魂の主は忠伊公だ。

ではそう呼べばいいのだろうか。しかし、清子はこの魂の主がもう一つ別の名前で呼ばれていたことを知っている。

忠伊公は皇子である。長らく勅命を奉じ続けることができたのは、御子たる故ではないか。そうだとすれば真実の名は小松中宮長仁(たけひと)親王。

清子はさらに記憶を遡る。


山頂から九州を望めば、白い帆掛け船が海峡を滑るように進んでいた。

妻子とともに歩く十日(えびす)の神社の境内。ごった返す人混みの中を逸れぬように息子の手をひいた。

大喪の儀。松明(たいまつ)を頼りに、百官ことごとく粛然と歩を進める。

燃える大阪、塩賊の乱。

出石(いずし)川の中洲の処刑場。

勅命とともに、上皇は手ずから節刀(せちとう)を授けた。

後宮の対屋でお母上さんと過ごした幼き日々。


文化14年(1817年)に譲位した光格天皇は、譲位後も依然として政の実権を握り続けた。

上皇は、文政3年(1820年)に長仁親王に対して討幕の勅命を下す。親王は、中山忠頼の養子・中山忠伊となり、討幕を目指す天忠組を興した。

上皇は天保11年(1840年)崩御する。

時の帝は朝威の拡張に熱心ではなかった。忠伊は勅命を奉じ続けてはいるものの、以前と同じだけの熱意を持ち続けることは容易ではなかった。さらに、公家たちが天忠組に加わっていたのは、宮廷政治の手段にすぎなかった。そのため天忠組は急速に衰退した。

安政元年(1854年)日米和親条約調印

以後幕府は異国の要求を次々のんでいく。

皇国が夷狄に蹂躙(じゅうりん)される危機である。皇国のため、夷狄に(おもね)る幕府を倒さなければならない。

忠伊は討幕の決意を新たにした。

すでに世代交代した公家社会において、天忠組の組織網は攘夷思想を媒介にして再生した。

彼は皇国中に湧き上がる憂国の士を結集するために各地を奔走する。

忠伊を突き動かしたのは国を思う心であり、勅命を奉じることはその結果に過ぎなくなっていた。

そして彼の辞世の句は、

 今日かぎり 平野の露と消る身も 心にかかる 国の行く末 


そうであれば、この魂の真実は、

「中山忠伊様、この世はすでに昔日、私が相応しい場所にお連れいたします。心安き場所ですよ。」

忠伊公の魂は中将の魂からするりと離れた。葛の葉が清子に形代を差し出す。光の玉が中将の体からふわりと浮き出て清子の差し出す形代の上に降りた。清子はそれを大事に小箱にしまった。



「中将さんの名は黒簿には載っていませんでした。」と清子は宮に報告する。

「じゃあ、中将は元気になるのだね。」宮の表情が明るくなった。

「それとこれとはまた別です。きちんと医者の指示に従って養生することが大切です。」

何でもかんでも物の怪の仕業にするのは好きではない。適当な言葉で治療を受ける機会を奪うことは陰陽師がもっとも避けるべきことである。だが、それをしない陰陽師のなんと多いことか。

清子は一仕事終えた満足感に浸った。


      「姫、私の心の内はどのようでしたか。」中将の細い声に呼ばれる。


「人前で話してもよいのですか?」清子は躊躇う。


      「聞かせてください。」死なないのに死にそうな顔がこちらを向く。


「頭の二つある鳥が見えました。これは・・・きっと牛頭天王縁起(ごずてんのうえんぎ)にでてくる供命鳥(ぐめいちょう)ね。頭はそれぞれ別人だけど、思いは一つだと言う。」

中将の大きな目に涙があふれた。

「?私、何か悪いことを言ってしまったかしら。正直に申しますと、別の事が気にかかり、中将さんの心の内はよく見ていないのです。もう一度見てみましょうか。」清子は慌てた。


      「いいえ。その鳥は確かに私の心に住んでいます。」小姓が涙を拭う。

      「それは、露西亜の旗に描かれている双頭の鷲です。」


露西亜は文久1年に対馬を不法占拠した憎くむべき夷狄である。

「鷲ですか?」供命鳥は人面鳥である。中将は絵心が無さ過ぎではないか。


     「頭を二つ持つ鳥は飛べるでしょうか。

      幕府と朝廷、将軍と帝、二つの頭を持つ我らは飛べるでしょうか。」


「蛮族は飛べなくて結構だが、皇国が飛べないのでは困る。」と中川宮。


      「朝議はどうなっているのでしょうか。」


「薩摩、土佐、越前、宇和島は変わらず完全開国を主張しているよ。公家の間では開港している三港すべての鎖港を求める意見も根強いから、溝が埋まらない。」

開港している三港とは横浜、箱館、長崎である。


      「一橋公はどうなさっていますか。」


「以前のように薩摩等に同意することはなくなった。こちら側の事情を理解してくれたのだろう。ただ、何というか、煮え切らないね。」


      「まったく橋公らしい。」


「幕府と朝廷が心を一つにすれば、皇国はどこまでだって飛べるはずだ。一緒に心を一つにする努力をしよう。中将、早く元気になって戻ってきてくれないか。」


      「有難いお言葉です。」中将はまたしても涙ぐむ。

       潤んだ瞳を清子に向けて言った。

      「供命鳥ならば、思いを一つにできると信じることができます。

       ありがとう、払暁(ふつぎょう)の君。」目が笑っている。


清子はおかしな呼び名だと思いながらも「どういたしまして、至誠の君。」と答える。

中将は破顔した。




苦しい。忠伊の話を終わらせつつ、政治の動向を入れる章でした。別章にしてもいい話ですが、間延びしている感があるので中将のお見舞い話ということで一括りにすることにしました。忠伊部分も論文でも書いてるんですか!て感じだし。苦しいなぁ・・・。牛頭天王縁起ですが神社で行われている茅の輪くぐりの由来が書いてあります。名前は知らなくても内容は聞いたことはありませんか。



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