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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
49/154

暗示


正月 土御門家

土御門家の正月は大騒動だ。宮中や摂家、公家宅に新年の挨拶回りをすることはもちろんの事、土御門家本家として、また、陰陽師宗家としてたくさんの挨拶を受けなければならない。清子と泰清は、終日新年を寿ぐ挨拶を受け続けた。

夜、子供部屋に戻ると、

「ねぇ清、今年もあれをしよう。」と泰清が言う。

あれとは、一年の始めにお互いの今年の運勢を占筮しあう遊びである。清子は泰清の運勢を占い、泰清は清子の運勢を占うのだ。

作法などは無視して、思い思いに自分の(めどぎ)を散らかして、それでいて二人とも大真面目に占い始める。下手をしては自分の力量が相手にばれる真剣勝負だ。


()が出そろった。

清子「坎為水(かんいすい)

泰清「沢水困(たくすいこん)


「うわぁ、ひどい。」

「本当だ。」

くすくす笑って互いに顔を見合わせる。

卦は自分の置かれた状況に合わせて意味を解釈するものだ。

坎為水の大意は、混迷を極める。誠意をもって対処すれば好転する。

沢水困の大意は、如何ともしがたい。好転するまで耐えるべし。

卦意は最悪だが、良く言えば好転するしかない卦でもある。

「清は何のことを言っていると思う?」と泰清が聞く。

「うーん、深刻な事態になりそうなものってことよね。

・・・はっ!私、お父上さんから何でもいいから斎政館で講義をしなさいって言われたの。」

「すごいじゃないか!」僕も講義をしてみたい。

「泰清なら卒なくこなすでしょうけど、私はどうかしら。」

清の講義なんて、どうせ他人が聞いてもわからないよ。穢れ祓いだけをさせておけばいいんだ。

「何をするか決めた?」僕なら何をするだろう。

「まだ全然。

絶対このことね。終わるまで耐えなさいってピッタリすぎる。」

「泰清のは何だと思う?」清子が問う。

「今はこれしか思いつかない。」

「何?」

「蹴鞠。」

「何それ?」

「若宮が蹴鞠にはまった。」

「もしかして、できないの?」

「うん、全く駄目。毎日が苦行。」

「ふふっ、この卦にピッタリね。努力はそのうち報われる、ですって。」

「他人事だと思って。そんなことを言うなら、人生は白駒の(げき)を過ぐるが如し、講義は猶更一瞬だ。」

二人は占の結果が卦ほどに悪くなさそうでほっとした。

「でも念のため、泰清の名が黒簿に載ってないことを確認しなくちゃ。」清子はそう言って泰清の肩に両手を伸ばした。


寿命を見る?簡単に言ってくれる。

魂は心だ。人は何も感じなくなったら終わりだもの。

寿命を読むことは心を読むことの延長?

それは嘘だ。

だって僕にはわかるよ、清が考えている事。

でも清にはわからないでしょ、僕の考えている事。僕には魂なんて見えないのに。


泰清は清子の腕を振り払った。

「勝手なことをしないでよ。いくら清でも、僕の心は僕だけのものだ。

僕がいつ自分の寿命を知りたいと言った?

僕は、仮令(たとえ)次の瞬間命を落とすとしても、自分の寿命など知りたいとは思わない。

清は僕じゃないし、僕は清じゃないだろう。」

僕が清で、清が僕なら良かったのに。


――僕らは双子の陰と陽。

陰陽道では男は陽で女は陰だ。女は新しい生命を産むから、陽に転じる陰なのだ。

僕らを知る人は皆、この陰陽の調和を讃える。

でもね、清、冥府に片足を突っ込んで何かを生めると思うかい。

清は陽だよ。極まればすべてを枯らす陽だ。

そうすると清は一人で完結しているね。


思いがけず強い反発が返ってきて清子は驚く。

清子は悪気なく泰清の魂を覗こうとしたが、言われてみれば傲慢な話だ。

二人は一対だけど泰清は泰清であり、清子ではない。

清子はこっくりうなずいて素直に謝った。


ほら、またそうやって、清は無自覚に僕の中の(かげ)を濃くする。

あれ?僕も清と(おんな)じで陰も陽も区別がないね。

結局みんな、陰も陽も綯交(ないま)ぜにして調和しているんだ。

でも、何で僕の心は軋むのだろう。

多分、清が自然の摂理に逆らっているせいだ。

そして、そのことを受け入れることで、僕は僕の心の均衡を保っている。

そのことを思えば、僕は僕を肯定できる。


泰清は清子の頬に触れながら優しく微笑むことができた。

清子は泰清の笑顔をただうれしく思った。


お兄ちゃん、複雑すぎる。

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