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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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狩人

君にこの謎が解けるかな?!

10月5日夜 土御門家

中川宮朝彦親王が人目を忍んで来邸している。

「大和の賊の反乱を鎮圧し、捕縛者や死者の調書が次々と京都町奉行所と守護職に上がってきている。死者の首は総て守護職に集めて検分しているのだが、とりあえず、無いのだ。」

中川宮が晴雄に言う。

「何が?でございますか。」開口一番なんともなご挨拶である。

「だから・・・」宮が晴雄を扇子でちょいちょいと近くに呼びよせ声を潜めて答える。

忠伊(ただこれ)。」調書に忠伊に該当する人物がいなかった、と宮は言ったのだ。忠伊公はすでに老齢なので、調書だけでもその生死はわかるはずである。

「本当に関わっていたのだろうか。」年齢を考えると賊徒等と行動をともにできるとは思えない。

「我が子だけでなく数人の供も聞いておりますので、志士どもがその名を口にしたのは間違いないかと。」宮廷内工作の一環として、二条右大臣には祇園社での出来事を正直に話ている。宮は今や朝廷にあって、主上の信任の最も厚い最高権力者だ。忠伊公のことは朝廷内超重要機密であるので、宮に話が伝わるのも致し方ない。

「あぁ、吉村虎太郎だったかな?会津の公用人が藤堂藩から死亡の調書が上がっていると言っていた。

で、今どこにいるだろうか。そもそもどこにいたのだろうか。占ってみてはくれないか。」

筮占による失せもの探しか。探しだして、大和の賊として葬るのだろう。

主上にとってはもちろんのこと、先帝の猶子である宮様にとっても、浅からぬ縁のお方なのに恐ろしいことだ。気づかないふりをするにかぎる。

「恐れながら、筮占でわかる程度のことは、占わずともわかります。」と聞かれたことだけを話すことにした。

「申せ。」

「はい。どこにいらっしゃったかですが、大阪でしょう。天から降りてきた無冠の狩人が、夜夢を喰うという長尾の聖獣を退治するとして、どうやって獲物(得物)を得るかと考えれば・・・縁の有る神社仏閣とその信徒からではないでしょうか。そして大阪の神社仏閣は山吹の花畑の中にあります。」

「では、今も大阪にいるのだろうか。」

「残党の探索も厳しく行われておるようですし、いらっしゃらないでしょうなぁ。」と晴雄。

「だろうな。吾も追討の令旨を何度もしつこくだしている。」苦笑しながら、

「どこにいると思う。」

「長州あるいは水戸。いや水戸です。ただ、遠からずお戻りになると思います。」と少々考えて答える。

「なぜ水戸?なぜすぐに戻る?水戸は徳川御三家の一つではないか、なぜ聖獣狩をするのだ。確かに狩人は尊攘派を焚きつけ利用するが、水戸の過激な尊王攘夷は亡き斉昭公のときの話だろう。水戸は一橋(慶喜)の実家だし、現藩主(慶篤)は一橋を頼りにしている。それなら狩人に加担などしないのではないか?」と宮。

「藩主が変わったからといって、家臣たちの考えは直ぐには変わりません。しかも、水戸藩主は常に江戸詰め、国許にはなかなか目が届きませぬ。宮はきれいに取り繕われた上辺だけを見せられているのですよ。

当家の斎政館の修了者は全国におりまして、その土地土地の様子を書き送ってくれるのです。それによれば、一橋公は相当難渋されておるはずです。

今、長州では禁裏に近づく事ができません。それでは根の枯れかけた福寿草に手入れをする事ができないでしょう。

すぐにお戻りになる理由は、直接福寿草に手入れをするということもありますが、やはり水戸では山吹の花が咲きません。」もちろん晴雄は、園芸の話をしているわけではない。

これに宮の目が輝いた。

「?!もっと詳しく。」

晴雄は宮の従者に目をやる。

「当家の立場もございますのでこれ以上はご容赦ください。」

宮は晴雄の視線を追って、言いたいことを理解した。宮の護衛は会津藩が買っている。会津藩士つまり、守護職の前で徳川御三家の、また一橋慶喜の弱みなど話せるわけがないのだ。

「では書じゃ、書にしたためよ。」

いやいや余計に証拠が残るでしょうが!晴雄は苦笑する。

「約束する、会津にも公家どもにも見せぬ。」

宮様にここまで言われて断れるような立場ではないので、少々脅してみる。

「当家の主祭神泰山府君に他言なさらぬとお誓いくださいますか?」冥府の王に誓うということは、違えれば己が命でもって償ということだ。

「誓う、誓うから書にせよ。」

宮は相当に一橋公の内情に興味がおありらしい。朝廷方の最高権力者が幕府方交渉相手の内情を知っておくことは、相手を理解するために必要なことである。ここは言うとおりにすることが朝廷のためである。

「では、後日したためてお持ちします。」晴雄は答えた。

「いや、今じゃ。どうせ延ばし延ばしにしてうやむやにする手口だろう?わかっておるわ。」

さすが宮、公家の生態をよくご存知です。晴雄の目指すところは、地味に目立たぬようにして無事に時代の荒波をやり過ごすことである。できたら書など渡したくない。

「お待たせしては申し訳ないと思ったのですが。」晴雄はごまかす。

「よい、待つ。そうだ、大和行幸の筮占をした卿の子を連れて参れ。色々話を聞きながら卿を待つ。ゆっくりしたためてよいからな。」にこやかに仰せになる。

うっ、そうくるか。全くいい予感がしない・・・。


守護職配下に気を遣う二人の優しいおじさん。

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