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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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梅小路の子狐


丁稚の弥助は腰が抜けてしまって立ち上がれない。番頭の菊蔵さんは目を見開いて中空を見つめている。もちろん三郎も口から心臓が飛び出しそうなほど驚いている。

「菊さん見た?今の見た?」と三郎が言うと、

「サブさんも見ましたよねぇ。突然人の姿が消えました。」と菊蔵さん。

信じられないが夢ではないようだ。折角寺にいるのだから僧侶の講釈を聞いてみよう。

菊蔵さんは足が立たない弥助の脇を抱えて歩きだした。


宗龍様が言う。「それは狐に化かされたのさ。人が消えるなんて、いっくら何でも信じられん。」

そう、これが普通の反応だ。

「ですけど、何か悪さをされたわけでもないんですよ。だいたい狐のくせに山菜知らないっておかしいでしょう?それに私やうちの店の心配をしたんですよ。いや、むしろそれだけ言って消えてしまうなんて、まるでお告げみたいじゃないですか。」と三郎は興奮して言った。

「確かになぁ。水干を着た子供ねぇ。」坊主は顎をいじりながら、少し考えるように目を細めている。

消えたのは水干を着た子供だった。やや釣り目で、中性的、何でも見通しそうな目をしていた。出来事の不思議さを差し引いてもなお、怪しげな雰囲気があった。

「もし...狐に化かされたんと違うんなら...一つだけ心あたりがある。」

「!」

「梅小路にお住まいの子狐さんや。」

梅小路の狐と言えば、陰陽頭土御門家である。安倍晴明の母は狐だったというのは有名な言い伝えである。

であれば、これは一大事。本当にお告げでだ。



清子は鉢を覗くのやめた。部屋の隅でまるまって寝ている、葛の葉と(えんじゅ)の方へ行く。

葛の葉と槐は清子と泰清の飼っている狐だ。

葛の葉の頭を撫でながら一人呟く。

「人の寿命なんて、見えたところで意味ない。」

寿命は天から与えられたもので命期が尽きれば必ず死ぬし、人は輪廻転生するのだ。ということは、寿命の長さがわかったからといって、いいことは十分な終活ができるくらいだ。

「早死になんて珍しくもない。

だからさっきの少年のことも、どうでもいいわ。」

葛の葉が目を覚まし、清子の手にその頭を擦りつけてくる。まるで慰めてくれているようだ。


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