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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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北斗七星に祈る

ファンタジー回。これはこれで好きなのです。


葛の葉は襲い来る志士たちを鮮やかに打ちのめしていく。長柄の得物は多対戦に向いている。

「ねぇ葛の葉、この人達、何だか様子が変よ。」葛の葉の背後で清子が言う。

皆白目を剝いているし、体の動き、筋肉の動きに緩急強弱がない。まるで糸操り人形のようだ。

「それゃ殺し合いじゃ、尋常な精神ではやっておれんわ。」葛の葉がおかしそうに答える。

「違う。これはそうじゃない。きっとこれ。」

清子は自分の首にかけていた御守り袋から蛍火(けいか)武威昌運丸御守りを取り出す。これは北斗七星の神威を宿した土御門家御製のお守り。

葛の葉が襲い来る志士たちを伸している中、清子は呪詛に集中する。そこにあるのは絶対の信頼。


清子は、お守りを細かく千切ると、扇で空に向かって舞い上げる。

「来たれ天衝、天禽、天心、天柱!

この霊符は凡常の札に非ず、これ尊帝真君の神威の宿る霊符也。

この霊符に触れたれば、何ぞ悪鬼の走らざるや、何ぞ病の癒えざるや。

千の妖、万の(よこしま)、皆ことごとく滅せよ、急急如律令!」

霊符は、薄明りの中、きらきらと星屑の雨のようにあたりに散っていく。

霊符の欠片は、糸繰り人形に触れると一際(ひときわ)白く輝き、光を失った。

人形たちは糸が切れたように崩れ落ちた。

「あーぁ、流石じゃなぁ。」葛の葉は、ため息まじりにつぶやいた。

葛の葉は殺さない。

ただ仕向ける。そうならざるを得ない状況に。

自分たちが一番欲っしていた物を、仲間が壊そうとするのを見たなら、他の仲間は、その他の物を壊すことに躊躇するだろうか。

正直なところ、土御門家?何それ美味しいの?

清子への追手は止んだ。しかしまだ後ろから剣戟の音がする。

「何故お師匠さんはまだ襲われているの?」清子が葛の葉を見上げる。

「そりゃ、もともと糸操り人形じゃなかったからだろう。」事も無げに言う。

「お願い葛の葉、お師匠さんを助けて。」清子は葛の葉に懇願する。

葛の葉はそんな清子を微笑ましく思う。

そして三郎に目を移す。

同じ得物で2対1、まぁ無理じゃな。即死は困るがそれも運次第だ。

「あれは、お前様が助けるのじゃ。」満ち足りた笑みが浮かぶ。

(私が助ける?)清子は三郎の方を振り返る。


例えば人が死んだとして、昨日までの私は、それが運命だったと言ったでしょう。

例えば人が生きたとして、明日の私も、それが運命だったと言うでしょう。

ですが、例えば今の私が何もしなかったとして、明日の私は、この人の死を運命だったと言うのでしょうか。 

――ようございますよ。

そう言って、清子の我儘を聞いてくれた三郎の声を思い出す。

顔は、そう、少し困ったように笑っているの。


清子は倒れている志士の方に走った。転がっている刀を拾い上げる。

刀を握る手に力を込めて、三郎を助けに走った。


葛の葉は理解が遅れた。清子が何をしようとしているのか。

だってそうでしょう。葛の葉は呪詛を使って生かせと言ったのだ。それなのに、禁刀を禁刀としてしか持ったことのない姫君は、腕っぷしの強そうな武士たちにひとり立向かっていくのだ。

意味が解らない。

二人の志士は後ろから近づくのが清子だと気づいていない。

振り向きざまに薙ぎ払われたらひとたまりもない。

葛の葉の血の気が一気に引いた。

葛の葉はすべてをかなぐり捨てた。


一陣の風にあおられて、清子は転びそうになる。しかしそれは刹那のこと。

顔をあげると、目の前に金色の毛の大狐がいた。立派な石灯籠ほども背丈のある神使の狐。その足は一人の志士を押さえつけ、その牙はもう一人の志士の首元に突き立てられている。口から血がしたたり落ちる。

狐は咥えたものを吐き捨て、足下のものを蹴散らした。口に咥えていたものは小さく弧を描くと、どさりと重たい音を立てた。


狐は見慣れた人形(ひとがた)に戻った。

口元を真っ赤な血で染めて、清子を見据える目は――。

「ご、ごめんなさい。」清子はその目に答えた。

「ありがとう。」でもいいのに、口をついたのは「ごめんなさい。」

葛の葉は清子から刀を取り上げる。掴んだ細い腕をへし折ってしまいたい衝動にかられる。

「お前様はなぜ、いつもいつも――」

葛の葉の怒りをぶちまけようとした時、傍らから声がした。口に咥えたものが落ちた辺りからだ。

「あれ?まだ息があるじゃないですか。ちゃんと止めを刺してあげないと、かわいそうですよ。」聞き覚えのある、空っぽで明るい声だった。

清子が声の主の方を振り返る。

と同時に刀が一閃し、丸い何かが跳ね上がった。

清子はその何かと目が合った。

カッと見開かれた目は、「まだやらねばならない事がある。」そう言っていた。


清子の視界がゆがみ、暗転し、世界は崩れた。


葛の葉は崩れ落ちた姫君を抱きかかえた。その腕の中からだらりと細腕が垂れる。その振袖の白い曼殊沙華が真っ赤な紅葉に照らされて浮き出るように咲誇っている。

「後は、よしなに。」葛葉はそう言い残して、闇の濃い方に消えた。


葛の葉どこ行くの?

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