表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
37/154

後の祭り

――討幕のために臣籍降下した皇子

葛の葉が語る話は、雲上の話で三郎には現実味がない。しかし、お姫さんの様子をみれば、大変まずい状況に陥ったのだとわかる。押し黙り、受け入れがたい現実に必死に耐えている様子だ。

清子は自分を欺くのに必死だった。何度も何度も大丈夫と自分に言い聞かせても、『天忠党は一平堂上が触れてよい事柄ではない』との声が頭の中に響く。

「顔色が悪いですが大丈夫ですか。そろそろ帰りましょうか。」と三郎が気遣う。

「ご心配くださり恐れ入ります。そうですね、そういたします。」お姫さんは薄く笑った。

それを聞いた吉村さんが「心配や。お送りしますよ。」という。おそらく善意での申出である。

「供がおりますので、ご心配には及びません。」お姫さんは感情のない声で答える。

それを聞いた黒石さんが、

「でも、ご気分が優れないのは我等のせいでしょう?責任を感じずにはおれません。我等から御父君に申し開きを致しましょう。」と薄ら笑いを浮かべて言う。人の嫌がる様を見ることが快楽とでも言いそうだ。

お姫さんは今度は険しい声で、「不要じゃ。」とぴしゃりと言った。

座は静まり返った。

「乗り物、呼んできますね。」三郎は慌てて座敷を出た。

社務所は南楼門のすぐそばにある。乗り物は南楼門近くに待機しているはずである。

三郎は居た堪れなくなってその場から逃げたのだ。あんな風に狼狽えたお姫さんを見るのは初めてだった。

何とかして差し上げたい。しかし、三郎がして差し上げられることなど何もない。

あぁ、相撲など見に来てはいけなかったのだ。やはり、自分が止めるべきだった。

お姫さんが相撲をみたいと仰ることをいいことに、本当は自分が最後に一日だけと望みはしなかったか。

どれだけ後悔しても後の祭りだ。


 南楼門に立ってあたりを見渡す。

なにやらやたら賑やかである。まだ日が暮れて間もないというのに、もう酔っ払いが騒いでいる。酔っ払いの群なんて近寄るものではない。三郎は土御門家の乗り物を急いで探す。

そして何故かそれを酔っ払い集団の真ん中に発見した。

「お疲れ様です。こちらの方々は?」といつもの駕篭()きに聞く。

「長州さんが、暇じゃろうと酒と肴をぎょうさんくんさったんで、一緒に飲んどることろですわ。うちの姫さんはやっとお帰りですか?」

つまり買収されたというわけか。

長州志士が京で人気があるのは、こんな風に気遣いがうまく、金離れがよいことも理由だ。

「気が利かず申し訳ありませんでした。そろそろお帰りですけど、もう少しだけ待ってください。」

この状況は知らせた方がよいと判断し、三郎は踵を返した。


「ふふっ、将を射んと欲すれば先ず馬か。」葛の葉は三郎の話を聞いて笑った。

「どうしましょう。」困惑する清子。

「もう二択じゃ。志士どもを連れ帰るか、壬生浪に追い払ってもらうか。」葛の葉は開き直ったかのように言う。

「どちらも嫌です!」清子が叫ぶ。

「壬生浪?」吉村が聞き返す。

「壬生浪。」葛の葉が山南を見る。

「えっ!」吉村と黒岩は脱兎の如く逃げ出す。

山南は、すかさず呼子笛を吹いた。

「どうしましょう。まだ連れ帰った方がましでしたのに。」清子は途方に暮れた。

葛の葉と清子と三郎は外の様子を伺うべく玄関まで行く。

呼子笛を聞いて、黒づくめの壬生浪士が集まって来た。志士たちも南楼門から入って来た。

逃げた二人と追う山南は群衆に紛れてわからない。そこかしこにある灯篭の明かりを頼りに乱闘は始まった。

「三郎、逃げるぞ!」と葛の葉。

「でも、ここにいた方が安心でしょう?お姫さんの命を狙っているわけではないのですから。」と三郎。

「天忠党に喧嘩を売るわけにいくか。お家の大事じゃ。

よいか、壬生浪とは赤の他人!ここから離れる。」そう言うと葛の葉はお姫さんを半ば抱えて出ていく。

玄関先で、立て掛けてあった錫杖(しゃくじょう)を一本拝借した。


葛の葉は殺さない。

腰にある刀は禁刀(呪術用)だ。その禁刀は実際は穢れでも不浄でも肉でも何でも断てる。

が、しかし、

人が死ぬと、冥府の十王は閻魔帳を回覧して亡者の行先を地獄か極楽か決める。その閻魔帳に〈死因:泰山王の神使に斬殺された。〉などと書かれては困るのだ。仕事馬鹿な主・泰山王は、お茶を飲みながら葛の葉の毛並みを愛でるのを唯一の楽しみとしている。その休憩は人の時間にすると何千年に1回くらいしかないのだが、葛の葉はそんな主が好きだ。悲しむ顔など見たくない。次の休憩の時には吾が2匹に増えていたら主はどんなに喜ぶだろう、そんなことを考えたりする。

だから葛の葉は殺さない。


乱闘騒ぎのせいで南楼門にでることはできない。仕方がないので西楼門に向かう。しかし、こちらにも追手が廻っている。追手は葛の葉と清子に襲いかかる。

「誰に刃をむけているかわかっておるのか?」葛の葉は聞く。

「わかっておるわ。壬生浪は、夷狄に媚諂(こびへつら)い忠良を刈り尽さんとする幕府の狗。お前達はその走狗を使って我等を()めようとした悪人だ。」志士はそう言うと、容赦なく斬りかかった。


祇園社は昔は神仏習合した宮寺だったので錫杖もあっていいかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ