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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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地の利

わかりやすいように地理に半島とか当時はないものを使いました。距離も里とか自分でもわからないので、時間で表しました。なるだけ無駄な説明を省きわかりやすいよう努力しました。





もし親征宣言がなされれば、主上に供奉した各藩の藩士は御親兵扱いになる。

そうは言っても中身が変わるわけではないのだから、これから江戸に向かうなどと言われても、素直に従えるはずがない。もし親征宣言がなされなかったら、それはそれで討幕軍の主力をなす志士たちは大騒ぎをするに違いない。

「そうすると、最悪、攘夷親征宣言の場は(ぎょく)の取り合いの場になりますね。」険しい声で三郎が言う。

「やはり七社でしょうか?」と山南が言う。

「そうでしょうね。主上さんが祈祷をなさるのは、昔から七社七寺と決まっていらっしゃいます。そして神社か寺院かと言えば、皇統は皇祖天神の御血統、一方、寺院は幕府の保護を受けてきました。過激尊攘派なら、討幕のためにいく行幸の場所として、寺院は適当ではないと思うはずです。」と清子は答える。

仏教を受容し、広めたのは朝廷である。しかし、今では、幕府が寺請け制度や檀家制度を設けて民衆掌握の手段として利用している。

七社というのは、伊勢の神宮、石清水八幡宮、賀茂上下社(御祖(みおや)神社と別雷(わけいかずち)神社)、松尾大社、伏見稲荷大社、平野神社、春日大社のことを指す。

「親征宣言の趣旨にふさわしい場所は、もちろん皇祖神・天照大御神をお祀りする伊勢の神宮ですよね。」と山南。神州に住む者ならば一度は行きたい場所である。

「伊勢の神宮は紀伊半島の東端、志摩半島の近くにあります。行程としては東海道の関宿(三重県亀山市)東追分から南下する伊勢別街道を取るのでしょうね。神宮は伊勢山田奉行所が警備等を行っています。門前町の山田は幕領です。」と三郎が言う。

「紀州藩(徳川)と隣接していますし、譜代の鳥羽藩とも隣接しています。紀伊半島にはその他にも津藩や伊勢亀山藩、津藩の支藩である久居藩があり、鎮圧のための援軍には事欠かないと思われます。京から行くとなると何日くらいかかるのでしょうか。」と山南。

「今まで一人の帝も伊勢の神宮にお出ましになったことはありません。

ただ、朝廷は、伊勢の神宮の神嘗祭(かんなめさい)(収穫を感謝する祭)に、毎年例幣使を送っています。一行は150人ほどで、毎年9月11日に出発し、16日外宮、17日内宮に幣帛(へいはく)を奉納します。ですから目安としては5泊6日です。」と清子。

「やはり遠いですね。

まぁ、玉の取り合いは、町に戦禍が及ばないところでしてもらいたいので、私としてはよいのですが。浮浪の士を討つのにそんな遠くに行く必要があるのか、とは思いますね。」と三郎。

「そうですね。より良い場所があればそちらに致しましょう。

神宮とは反対に、賀茂上下社と平野神社は、御所に近すぎて不適当です。賀茂上下社は賀茂川を挟んですぐですし、平野神社は北野天満宮の近くです。どちらも御所から四半刻(30分)で行けてしまいす。」と清子。

「松尾大社はどうでしょう?四条通を西へ行き桂川を渡ったところです。桂川と山に囲まれていて、渡月橋と松尾橋を落としてしまえば逃げ場はなく、戦場として良さそうです。しかも御所から一刻(2時間)もなく行けます。」と山南。浪士組は行幸の通り道の警固をする。そのため、程よい距離にある松尾大社は山南の第一希望だ。

「それが、桂川のあの辺りは石ころだらけで、川の深さはそれほどでもないのです。」と清子。

桂川は渡月橋あたりから大きく蛇行する。川が蛇行すると、内側は流れが遅く土砂が積もり、外側は流れが急で水深は深くなる。桂川は狭い範囲で何度も勾配のきつい蛇行を繰り返すため松尾大社付近は急流が削り取った土砂が堆積する。昔から氾濫しやすく、罧原堤(ふしはらづつみ)は古くからある。

「歩いて渡れる場所もあるので川は大した障害にはなりません。賀茂上下社と平野社よりは町から離れていますが、地続きですし安心できるとはいえません。」と清子。清子の住む梅小路は西国街道の起点である東寺口に近い。西国街道は赤間関(下関)まで続いている。逃走経路となる可能性があり不安に思うのも仕方がない。ただ、西国街道に出たいなら、そのまま桂川に沿って南下すればよいのだ。だから清子のお屋敷は多分大丈夫。

「そうですか。我々の屯所からは半刻(1時間)ほどで行けるので、仕事をするなら近くていいと思ったのですが。駄目ですか。」山南は残念がる。

「では、伏見稲荷大社はどうですか?東洞院通をずっと南下して鴨川を渡ったところです。御所からは一刻(2時間)とかからずですが、京の町とは鴨川で遮られ、背後に伏見奉行所や宇治川、巨椋(おぐら)池が控えています。」と山南。

鴨川は洛外で西に進路を変え、桂川と合流して淀川にそそぎ大阪湾に至る。

「遮ると言いますが、私の住む東山とは地続きです!それに伏見奉行所に過度な期待をかけないでください!確かに伏見奉行所はちょっとした要塞ですけれども、与力は10人、同心は50人しかいません。そもそも与力と同心は兵役を免除された非戦闘員です。援軍は他を頼ってください。」与力の息子の三郎はつい熱がこもる。

「他というと、淀藩、高槻藩、膳所(ぜぜ)藩あたりでしょうね。」

淀藩は伏見奉行所の支配管轄に隣接する藩で、桂川と宇治川(淀川)が合流する地点にある淀城を居城としている。高槻藩は摂津国の高槻地方 (大阪府北部) を領有し、膳所藩は琵琶湖の西側を領有する。

「では、春日大社はどうですか。」と清子。

「実は、私は、ここが一番いいのではないかと思っています。」と三郎は自信ありげに言う。何しろ生まれは堺で商人なので、大和国、河内国、大阪は爺さんに連れられて何度も往来している。

「春日大社は大和国(奈良県)にあり、御所からは四刻半(9時間)ほど離れています。春日大社自体は奈良奉行所が警備等を行っていますが、大和国内にある郡山藩、津藩、高取藩、隣りの紀州藩の援軍が期待できます。」と三郎。

「石清水八幡宮はどうですか?春日大社と似たような距離と位置関係にあると思うのですが。」と山南。

「春日大社のある大和国は、東も西も南も山で囲まれており、他国と隔てられています。容易に出入りできるのは北側からだけです。これに対して石清水八幡宮の背後には何の障害もなく、そのまま大阪の町にでることができます。すぐ近くに淀川が流れていることも問題です。大阪に通じるということはそのまま洋上に出ることができるということで、主上さんをそのまま長州に移すことができるということです。」と三郎。もちろん堂島には広大な長州蔵屋敷がある。

「それはまずい。」清子と山南がそろって声を上げた。

「大和国は山深いので奥地に入るほど虜にできます。」三郎はにやりと笑う。

吉野川以南は峻険な果無(はてなし)山脈だ。出口などわかり切っている。吉野川の河口、十津川の河口、熊野川の河口こういった部分を押さえておけばいい。そして、

「こちらは街道の出入り口を見張っていればよいわけですね。」と山南。他に道などないのだからそういうことだ。

「奥地といえば、建国の祖・神武天皇の陵墓が橿原(かしはら)にあります。神武天皇陵、伊勢の神宮、江戸という道のりも天朝復権の道のりとして魅惑的です。それに、大和国は南朝(ゆかり)の地です。討幕の始まりの地としてこれ以上ふさわしい場所は他にあるでしょうか。」清子は、うっかり討幕方に立って、行程の様式美にうっとりしてしまった。

後醍醐天皇は、大和国の吉野で、足利尊氏から政権を取り返さんがために南朝を開いた。吉野に逃れて三年ほどで崩御することになったが、その臨終の際に、「玉骨はたとい南山の苔に埋ずもるとも、魂魄は常に北闕(ほっけつ)(京都御所)の天を望まんと思う」という言葉を残した。大和国は、後醍醐天皇の復権に対する執念の宿る地と言えるのだ。

「決まりですね。具体的な日にちはどうしますか?」と三郎が聞く。

清子は高ぶる心を諫めて答える。

「天時は移ろいゆくもの。早ければ早いほどよいでしょう。

一切不成就日の8月18日です。」


無駄な説明を省いたのですが、なかなかしんどい文章になりました。省いたのに長いですし。

読んでいただきありがとうございます。

以下の本を参考にしました。

江戸時代の神社 高埜俊彦著 / 南朝全史 大覚寺統から後南朝へ 森茂暁著 


南北朝分裂は皇位継承問題と天皇親政VS武家政権の二つの視点から見るべきですが、本作では後者ばかりで話を進めていきます。後醍醐天皇の最期の言葉もその視点から読んでください。

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