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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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共同戦線

朔平門は禁裏の北門で、建春門は東側の塀の南の方にあります。


申の刻正刻(16時)

相撲の結びの取り組みが終わり、観客は帰り支度を始め、場内は雑然としている。

黒石さんと吉村さんがやって来た。

「お初にお目にかかる。私は長州藩士黒石矢太郎と申します。こちらは土佐の吉村虎太郎。土御門民部卿の姫君とお見受けいたしますが。」

「何用でしょうか?」山南様がお姫さんの前に立ち塞がる。

「我等はお願いがあって機会を窺っておりました。少々話をお聞きいただけませんか。」と吉村さん。

「嫌だと言ったら?」と葛の葉。

「それは困りますね。これから学習院(禁裏の建春門前にある公家用の教育施設。今は諸藩から朝廷に対する建言を受け付ける場所となっている。過激攘夷派公家の温床。)に出向いて、土御門様が、浪士組とばかり仲良くして我らとは話もして下さらぬ、と泣き言でも申してきましょうか。」と黒石さん。

「そっ、それは困ります。」とお姫さん。

「話ならばここで伺いましょう。」と山南様。

「いや、ここは壬生浪のど真中。流石に場所を移させてください。」と黒石さんが苦笑する。

「では、祇園社の社務所はどうでしょうか?祇園社は当家と懇意で、お父上さんが数日前に、何かあれば宜しく頼むと先触れを出しているのです。お父上さんにお書きいただいた書状も持っておりますし。」とお姫さん。

「それは(かたじけな)い。」

山南様は遠巻きにいる隊士達に目で合図をする。隊士の一人が浪士組の控えの間に事態が動いたことを知らせに行った。


 社務所は南楼門を入って左手にある。祇園社の社務所ともなれば流石にきちんとしていて、素にして優美な30畳の四居敷(よついじき)の座敷に9畳の予備の座敷を供えた客間に通された。社務による恭しい挨拶があり、茶や菓子が提供され、お姫さんが社務を下がらせた。

お姫さんは敢えて笑みを作り、黒石さんたちの方を向く。

「話とは何でございましょうか?」

「我等は草莽の士ですが、志は、お公家様方と同様に天朝第一と考える尽忠報国の臣民です。

我等は神州を外夷から守るための策を練りました。天子様には在京諸藩をことごとく伴い行幸し、どこぞの神前にて攘夷親征を宣言していただきます。そこで供奉(ぐぶ)した藩兵は御親兵となり、天子様を奉じて江戸に下向し、征夷(大将軍)に攘夷を迫るというものです。征夷がこれを拒めば違勅の廉で討ち取ります。

 戦の勝敗は道、天時、地の利、将帥、軍法の五事が分けると言います。

兵法での()(窮めるべき最善)は、君主がいかに臣下の心を掴み、生死を預けさせるかです。我らの尊王報国の志は一点の偽りもなく、この命はもとより天子様に捧げております。

将帥は、かの勇敢にして富貴な中山忠光公(呪殺の章を見てね。)にお務めいただくことにし、軍法もすでに用意してあります。残すは天時、地の利です。

 古来、どこに陣を敷き、どこを決戦の場とし、いつ兵を起こすかを決めるのは軍師たる陰陽師の役割でした。皇軍の陰陽師といえばやはり御父君しかいない。

そこで、いつどこで攘夷親征を宣言していただくべきか決めていただきたいのです。そしてその結果を天子様に上奏していただきたい。」と吉村さん。

「あまりに途方もないお話に正直驚いております。」お姫さんの声に戸惑いがにじみ出ている。しかしそれも束の間、

「しかし、お父上さんはきっとお引き受けなさらないでしょう。何故なら当家は官人陰陽師にて、朝廷からの命がなければ動きません。命じられもしないのに勝手に占筮をして意見するなどと、そのような出過ぎた真似はしてはならないのです。あなた方の尊王の熱意には感服いたしましたが、ご期待には沿えそうにありません。どうぞご容赦ください。」ときっぱりと告げた。

それを聞いた吉村、黒石両人は互いに頷き合った。この話は、葛の葉がすでに宴席で断っているので、お姫さんの返答は想定済なのだろう。

吉村さんは「私は、以前に姫君をお見掛けしちょります。

姉小路様が禁裏の朔平門近くで切り付けられてお亡くなりになった日のことです。私は建春門前の学習院に出向いておりましたので、その後の不浄の祓いを拝見したのです。実にご立派なものでした。

御父君が無理なのはわかりました。ではせめて、姫君によって、我らに天時と地の利の策を授けていただけないでしょうか。」と言って、傍らに置いた風呂敷包みの中から(めどぎ)と紙筆墨を出した。なんと用意周到な。

「お断りしたらどうなるのかしら?」とお姫さん。

「良い御返事を頂戴するまで、お頼み申し上げ続けるのみです。」石黒さんが慇懃無礼に軟禁するとほのめかした。困惑したお姫さんが三郎たちの方を見る。

「この場を無事に脱することが優先です。」と山南様。お姫さんはこっくり頷いて、

「わかりました。ですが筮占には集中力が必要です。今、私の心はひどく動揺しております。ですからこの座敷を私ども四人にしてください。筮占が終わりましたらお教えしますから。」と言う。

すると二人は「承知いたしました。」と言って、9畳間に下がり襖を閉じた。


襖が閉まると、お姫さんは、

「最初に、山南様に申し上げておくべきことがございます。」と切り出した。そして、

「当家は官人。天朝が何よりも尊く、その利益になるのならば長州とも手を握ります。主上さんが幕府を滅ぼすと思召せばそれに従うのみです。浪士組の皆様とは立ち場が異なります。」と言う。

「では、今回は、あの者たちの言うとおりにすることが天朝のためになると?」と山南様が尋ねる。

「いいえ。主上さんは幕府を滅ぼそうなどとは思召しではありませんし、過激な攘夷もお望みではないと聞いております。」とお姫さん。これを聞いた山南様は、

「ということは、今回は、姫君と我等は同じ敵の敵ということですね。」と満足げに言い、

「それで充分でしょう。

私たちが、今、求めるべきは、この謀議の関係者を一網打尽にするための天時と地の利はどこか、ということです。」と言った。

「で、占うんですか?」と三郎が尋ねる。

「いいえ。当たるも八卦当たらぬも八卦、筮占は人智を尽くしてもいかんとも決しがたい時に初めて頼るものです。ですので、まずは人智を尽くします。」とお姫さん。

これを陰陽師宗家のお姫さんが言うのです。なんと男前な。三郎は心の底から感心した。

敬語が難しいです。用法がおかしいかもしれませんが、無知なのでご容赦ください。主上について給いとか遊ばすとか使ってしまうと読みにくくないでしょうか。清子にも敬語を多用すると文が堅くなるし。ただでさえ読みづらいと自負しているというのに・・・内容もアレですし・・・。今日はそこに方言を入れようとして完全にキャパを越えました。この章での方言は放棄です。

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