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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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胡蝶の夢

天文は天のふみ。綺麗です。

目を閉じ、もう一度、重ねた指の感触をなぞり、額にそっと口付けをする。

混乱させて何も考えられぬようにすれば十分。戸惑う瞳に「何も致しはせぬ。」と答えると、絡めた手をそっと放してほくそ笑む。

「??な、これはいったい・・・?」清子の頭は大混乱を起こしている。

「これで、()()()()ができたのですか?」目を白黒させて大真面目に聞いてくる。

あぁ可愛い。あぁなんと真っ白い。その魂は吾のもの。

「ふふっ。何もしておらぬのに出来るわけがないではないか。種の保存法すらわからぬとは難儀な。ふふっ。」

「騙したのですね。」清子の眉根がぎゅっと寄る。

「騙してなどおらぬ。続きをするか?」と、もう一度色気を満載にする。が我慢できず吹き出してしまう。

「なっ、するわけないでしょ!もう。暫く人には化けないで。可愛くない、まったく可愛くない。」とそっぽを向いてしまった。

()()()()はお前様には早過ぎる。くくっ。笑いすぎて尻尾がでてきた。」

「むぅ、槐、懲らしめて。」槐は勾陣式。守りの式神である。

「あっ、本気で槐を使役してる!うわ、痛い、ごめんなさい。もうしません。」

葛の葉は狐の姿に戻った。

「あのね、お前様の魂は吾の(たま)分けだから強い破邪の力を持っておる。そしてお前様の血はお前様の転生先を繋ぐもの。御子など宿そうものならお前様の魂をこの家に留める事ができなくなるでしょう?行儀見習も嫁に行く為にするものじゃ。転生先をこの家に限っておくことが、家職の隆盛ひいては家を守ることになるのだから、お前様はこの家の惣領となる定めじゃ。」葛の葉が丁寧に清子に教える。

「惣領?泰清がいるではありませんか。私は陰陽頭にはなれませんし。」

「晴雄は陰陽師宗家をお前様に、陰陽頭は泰清にと考えておるのだろう。だから大樹の前にお前様を連れて行った。」

清子は泰清に変装してしまったが。


(わたくし)は本当にどこにも行かないようだ。

「私は幸せですね。」

慣れた場所で、慣れた人に囲まれて、家職の陰陽師をしながら一生を過ごしていける。多少の不自由があるからといって、これに不満を言ったら天罰が下ります。

「家を継ぐ」とは、親が子の幸せを願って、その財と知を子に受け継がせることです。すべての幸せは食えてから始めて成るものでしょう?だから自分が死んでも、子が食うに困らぬようにと、自分が幸せだったから、この幸せを子にも、子の子にもと、持っているありったけを渡すのです。

ただ、――当家に受け継ぐべき知識などあるのでしょうか?

 清明公は天文博士であった。天文とは星々が示す吉凶の兆しを読み取ること。当家にとって、朝廷にとって、今でも天文とはそういうものだ。

 しかし、私はすでに知っている。(ほうき)星は太陽の周りを一定の周期で回っていることを。日食や月食の時期は算出することができることを。つまり、天空は吉凶を示しはしない。

天文に限らず、今後西洋からもたらされる知識は神の領域を減らしていくだろう。陰陽師が祓う災厄にも陰陽五行説とは別の理屈があるだろうことは容易に想像がつく。

もはや当家に受け継ぐべき知識などあるのだろうか。

「人が神を信じなくなったら、葛の葉はどうなるの?当家はどうなるの?」私はどうなるの?

「吾は吾じゃ。この家もこのままでよいのではないか。公家には蹴鞠の宗家や和歌の宗家とか、あってもなくても構わぬものがたくさんあるだろう?」

「?!あってもなくてもとは失敬な。それらは美しいのです。でも当家の家道は実用の(すべ)です。」

「ふふ、美しいものの仲間入りをすればよいではないか。」

・・・そんなことができるの?わからない。不安を覚えずにはいられない。しかしそれでもこの家を守ることが私の定め。


「――葛の葉。私はこんな夢を見たことがあります。

川の(ほとり)に大きな木が一本あって、私はその木の下で、草原(くさはら)に寝っ転がって白い蝶と戯れているのです。離れたところで人々が(せわ)しく何かをしているのですが、私には関係ないのです。私はどこまでも自由でした。

ですがそれは本当に夢だったのでしょうか。今の私の方が夢だったりしないでしょうか。

でも、今の私が夢だとしても、私は私として今を生きるしかないのでしょうね。」

「それは夢ではないぞ。お前様が望むならいつでもこの夢から覚ましてやろう。」葛の葉の優しい声がする。

清子は床の間の隅に置かれている金魚鉢を見つめる。金魚の赤い尾がひらひらと揺れる。

(もし今が夢なら、私はどうしたいでしょうか。)

「ね、北林へ行こう。」葛の葉が誘う。

(もし夢なら、先のことなど考えず、家のことなど考えず、楽しいことをただ楽しいと感じたい。)

「そうね。行きましょう。」

「ではこの手紙は、槐、燃やせ。」槐の手の上で三郎の書いた文は青白い狐火に包まれた。

「でも、吉凶占いくらいしてみましょうか。」

「必要ない。当たるも八卦当たらぬも八卦じゃ。」


濡場はありません。ご期待に沿えず申し訳ありません。半永久的に生きる者に性欲はあるのかとか、本体は霊体だろうから快楽はあるのかとか無駄なことを考えてしまいました。清子はしっかりした娘なので、どうやって外出させるか考えて思考力を奪うことにしました。

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