百両の仕事
全く華のない回ですが、壬生狼に華を求めるのが間違いです。
もちろんこの反応は想定済みだ。この方が興味を惹くだろうとあえて十両にしたのだ。
百両ほど出すべきかとも考えた。しかし番頭の菊蔵さんから、「回収不能分は若旦那代理の花代と帳簿に記載しますから。」とちくりと言われ、考え直した。
千成屋京都支店は播磨の醤油(龍野醤油)や大豆(山崎産)関連商品の仲買兼小売業をしている。この大豆関連商品販売は次郎兄が始めた商売である。堺商人は堅実が身上。まずは自分のできる限りのことをするのが筋というもので、安易に金で解決しようとしては次郎兄に飛龍頭の具にされても文句は言えない。
それに花代と言われるのも許しがたい。菊蔵さんの言う花代とは芸者や娼妓の揚げ代のことである。お姫さんに対して不敬なのはもちろんだが、金を積んだところで触れることもできないのに花代とはあまりに自分が哀れではないか。お姫さんと会った時から、そういう報われない感情は決して持たないと決めている。お姫さんと過ごした時間はそのうち夢か現かわからなくなって記憶の底に埋もれる定めなのだ。
「私としては、この話が、浪士組の皆様にも良い話だと思って持って参りました。
ですのでこの額なのです。不穏な長州志士や不逞浪士を一網打尽にして、壬生浪士組の名を上げてみませんか。」
長州志士という言葉は効果抜群なようで、一同の目つきが変わった。
「土方君、私は少々興味があるな。土御門家といえば、ここからそんなに遠くないところにお屋敷があるし、朝廷の機能の一部を屋敷に備えていると聞いている。そんなところに伝手ができるのは悪い話ではないだろう。聞くだけ聞こうじゃないか。」と近藤さんは言った。
喰いついた、三郎は思った。「私共は理由あって土御門様とお付き合いがあるのですが、最近、長州系志士たちから土御門様に取り次ぎをしろと付きまとわれているのです。何やら企てているようなのですが、もっと詳しいことを知りたいと思われませんか。」
「何か知っているのか。」と土方さん。
「どうも、土御門様を討幕のための武装蜂起に参加させたいらしいのです。
今回の相撲見物では、あちらから接触してくる可能性があるのですが、この機会をうまく利用すれば、より詳しいことを知ることができると思うのです。」と三郎。
「なるほど聞き捨てならない話ですが、うまく利用するとはどういうことでしょうか。」と山南さん。
「捕まえて吊るし上げれば吐くだろう。」と土方さん。
「もっと根本的に禍根を断っていただきたいのです。」と三郎。
それでは蜥蜴は尻尾を切って逃げるだろう。長州人たちの話では首魁がいるのだ。名前で呼ばないあたり、その首魁は貴人かもしれない。できればその首魁もろとも一掃したい。そうすれば、お姫さんも安心して町を歩けるようになるかもしれない。
「私に一つ考えていることがあります。
当日、隊士の方一名を従者として姫君につけていただき、他の隊士の方々には遠巻きに警固をお願いしたいのです。もし志士から接触があれば、その話に乗るふりをして諸々聞きだします。」と一晩考えたことを伝えた。
「つまり姫君を囮にするってことか。そんなことをしていいのか?」と土方さんが驚く。
よくはないだろう。しかし命の危険があるとは思っていない。
「そうともいえますが・・・、尽忠勇猛な浪士組の皆さまが無事保護してくださいますでしょう?」と焚附けた。
ずっと目を閉じ腕組みをして聞いていた局長が口を開いた。
「土方君、私はこの話乗ろうと思う。どうせ角力場の警備はしなければいけないのだ。その方法ならばこちらに新な負担はほとんど生じない。一方、話が本当になったなら、我らは救国の士にもなれるだろう。」
「確かにそうだ。」土方さんがにんまり笑った。
「従者は山南さんがいいだろう。」と近藤さんが指名する。
「それ以外の選択肢はありませんよね。土方さんに公家の姫君の従者なんて務まるはずありませんからね。」と沖田さんが茶化すように言った。
「何人で警固していただけるのでしょうか。」と三郎が確認する。
「うちの隊士は今現在50人ほどです。屯所(前川邸、八木邸、南部邸、新徳禅寺)の留守番に4人、市中警邏に8人、当てにできない芹沢派閥6人(芹沢鴨、新見錦、平山五郎、平間重助、野口健司、佐伯又三郎)を除いた30人ほどで角力場へ行く予定です。ですので30人ほどでの警固となります。これでどうでしょうか。」
「十分でございます。まことに忝く存じます。」
三郎は深々と頭を下げた。
三郎が佐幕派すぎです。山南さんの投入で少し薄められるといいのですが、新選組で薄めようなんて無謀でしょうか。佐幕派である首脳陣から切腹を命じられる一方、尊攘派の伊藤甲子太郎ともまた行動を同じくしたわけではない山南敬助氏、資料の少なさが妄想を駆り立てます。
この首魁に心当たりがある人は相当な歴史マニアですよ。次は悪い狐の話です。