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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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交渉相手は狼

幕末と言えば外せない人達です。


7月21日

人の行うべき限りを行うのが人の道というものだ。

もともとはご恩返しから始まっているお姫さんとの関係だ。しかも次が最後と決まっている。

ならば、できる限り希望をかなえて差し上げたい。

しかし、この危険な状況下で三郎に何ができるだろうか。


八朔の日に堺奉行所で配る京菓子を複数の菓子屋に発注し終えた三郎が立ち寄った場所は

――― 壬生浪士組屯所八木邸。

三月に祇園の街中で会った、壬生浪士組の沖田総司と名乗る人物との、あるかないかわからないようなか細い伝手を頼ってみることにした。

ただ、壬生浪士組はすこぶる評判が悪い。

京都守護職の会津藩預かりであることを笠に着て乱暴狼藉を働くのだ。そんな浪士組が大阪北新地で力士と乱闘殺傷事件を起こしたのは先月のことである。この件によりその粗暴さだけでなくその実力も世間の知るところとなった。皆震撼した。

 彼らの本業は、不逞浪士の取り締まりによる治安維持である。三郎の抱える問題の解決に役立ちそうではないか。


――― 人としてできうる限りを行うのが人の道というものだ。

自分に言い聞かせると、思い切って門衛に話し掛ける。

「千成屋の成田三郎と申します。沖田総司様にお会いしたいのですが、お取次ぎいただけませんか。」

市中警邏に出かける前の午後の微妙な時間のことである。

「約束は?」

「しておりませんが、どうしてもお会いしたいのです。」

門衛が面倒臭そうな表情をしたので、「これで取次いでいただけませんか?」とすかさず一両渡す。門衛はにんまりと笑った。ふいに明るい声が飛んできた。

「あー見ましたよ、室さん。それは役得ですねぇ。」門衛に向かってくるのは見覚えのある顔である。

「あ、沖田先生!これは、その、この人から無理やり渡されたんです。この人、沖田先生に会いたいと言っていますよ。」

「?どちら様でしたっけ。」沖田さんは明るい声で尋ねてくる。

やっぱり覚えてないかぁ。

「三月に祇園の水茶屋であなたに五芒星の護符を渡した女の子を覚えていらっしゃいますか?」

「あぁこれのこと?」と言って、腰に引掛けた巾着から、あの時の清明五芒の札を出した。

良かった。これはいけるかもしれない。

「私はその方の傍らに控えていた者で、成田三郎と申します。その際、勧進相撲の見物にお誘いくださいましたが、その件でお願いというか・・・ご相談があって参りました。」

「覚えてますよ。席の指定がしたいとか?」人当たりのよい笑顔で尋ねてくる。

片や三郎の顔はひどく強張っている。ここを越えなければ話すら聞いてもらえないのだ。

「いいえ、もっと重大な相談です。浪士組で一番偉い人に合わせて下さい。浪士組にとっても良い話だと思いますから。」

「ふーん、何だろ。僕、お礼をするって言いましたものね。いいですよ、ついて来てください。」

そう言うと門を出た。思っていたよりあっさりと事が進みそうだ。この沖田さんは、()()()()()にかなり近い人なのだろう。幸運だ。

沖田さんが振り返って門衛に口止めをした。

「あっそうだ。このことは芹沢先生たちには内緒だからね。」


「あの相撲の興行ね、大阪相撲対京都相撲の対決になったんですよ。絶対見なくちゃ。

蜆橋で芹沢さんが力士を斬っちゃった時はどうなる事かと思ったけど、こんな風に落ち着くなんて、やっぱり近藤さんはすごいや。あ、近藤先生というのは三郎さんの言うところの()()()()()ですよ。」

沖田はその後の力士たちとの乱闘に参加しているがそこには触れない。

そんな話をしながら八木邸向いの前川邸の門をくぐる。

門は長屋門で左の棟は道場になっていた。沖田さんが中を覗く。

「だいたいこの時間はここなんだけどなぁ。やっぱりいた!ちょっと待ってて。」

沖田さんは道場に入っていって、指導者らしき人物と話をしている。その人がこちらを見たので三郎は会釈をした。指導者は近藤先生で、三郎と会うのを渋っており、沖田さんが粘り強くお願いをしてくれている、そんな様子だ。

沖田さんが戻ってきて、

「近藤先生が会ってくださるって。座敷に案内しますね。」と言った。

これで話は聞いてもらえる。三郎はほっとしてお礼を言った。

 三郎は屋敷の一番奥まったところにある家屋に案内された。脇には坊城通りに面した裏口がある。通された座敷は襖を取り払って大広間として使われているようだ。

「近藤先生が来るまで少し待って下さいね。ところで、この護符は実はすごいものですよね。八木さん()の坊が教えてくれました。」

護符には清明五芒の下に泰山府君の文字とお姫さんの花王が入っている。

「その護符を書いた人は陰陽宗家のお姫さんです。」

「やっぱり。僕は偶然いいものをもらっちゃったなぁ。」にこにこで護符を眺めている。

しばらくの間、沖田さんとそんな雑談をしていると、三人の男が座敷に入って来た。

「あれ、土方先生たちまで来たんですか?」

「近藤さんが、珍しく総司の頼み事だっていうから、どんなもんかと思ってさ。」つまんなかったら許さねぇと言わんばかりにギロリと睨まれる。浪士組の協力を得られるかどうかは賭であるが、全く勝算が無いわけではないと思っている。それでも嫌な汗がでてくる。

「松原橋の近くで商売をしております千成屋の成田三郎と申します。」

「私は、浪士組局長近藤勇です。こちらは副長土方歳三、同じく山南敬介です。」

すごい威圧感に緊張し声が震えそうになる。そこをぐっとこらえて、

「本日は壬生浪士組の皆さまにお願いがあって参りました。

壬生浪士組が取り仕切る祇園社北林の勧進相撲の初日に従三位民部卿土御門様のご息女がお忍びでお出でになるのですが、その警固をお願いできないでしょうか。」と伝え、十両差し出す。

土方さんの額に青筋が浮かぶ。「はあ?!姫君の警護だ?!しかもこんな端金で?!ふざけてるのか?!」



歴史上の出来事や人物に触発された妄想を書いているわけですが、どんどん妄想度合いが強まって、歴史からかけ離れて行きますのでご留意ください。妄想は楽しい。

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