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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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一人

いつもは明るい清子さんの内面を少し書きました。

葛の葉が去るとすぐに、和泉さんが吉村さんに「どう思う?」と尋ねた。

「いやすごかった。首領が仲間にしたいとお考えになるのも無理からんと思うた。」と吉村さん。

「私は関わりたくない。気味が悪い。」と苦り切った様子の久坂さん。

「確かに仲間に加わればよいが、たかだか平堂上一人、無理をする必要はないじゃろう。」と桂さんが答える。

 三郎は、この話をもっと聞きたいような気もするが、聞いてしまっては取り返しがつかなくなる気がして、また、葛の葉を追いたいこともあり(いとま)乞いをした。

三郎は階段を駆け下り、人の間を縫うようにして店を出、あたりを見渡す。宮川筋か、大和大路か、それとも四条大橋を渡っただろうか。

幸いなことに、橋をふわふわとした足取りで歩いている葛の葉が目に入った。さっき迄散々だったのに何故か機嫌良さげに見える。

三郎はこれを追いかけて、「葛の葉さん、少々お話宜しいですか?」と腕をつかんだ。怒っているので行動が荒っぽい。

「?」

「なんで、あんなところで日時の確認なんですか。あれでは、あちらにお姫さんの行動が筒抜けです。」と(なじ)る。

「吾はそのために来たのだから当然だろう。最近よく屋敷の周りをうろついてる長州人から三郎の匂いがしたから、ちょうどいいと思ってつきて来たのじゃ。」

「危ないでしょ?日にちを変えた方がいいと思います。」変えなければならない。

「危ない?吾がついているのに?」本気で言っているのか確かめるように三郎の顔を見る。しかし三郎が何を考えていようがどうだっていい。

「そなたは自分の心配でもするのだな。」にやりと笑うと、くるりと背を向けて歩き出した。

己の力に対する自信?ひ弱な三郎への(あざけ)り?それとも他の何か?

よくわからないが、(ふけ)待月に照らされた不吉な笑みだった。

三郎はそれ以上追うことができなくなった。



土御門家 卯ノ刻正刻(朝6時)

土御門家は、敷地内に陰陽寮の天文方を擁している。さらに私塾斉政館も。表門を入るとそれらにつながる。内向き用の門は表門より北にある。もちろん貫木(かんのき)がされている。

一匹の狐が屋敷裏の林から、器用に木をつたって白塀を超えた。子供部屋は拝殿の向こう側。本宅から渡り廊下で繋がった北の離れだ。

でも、今の刻限は拝殿で朝拝をしているはずだ。

葛の葉は拝殿に向かって駆ける。口には白い花を何本かくわえている。


元柱固真(がんちゅうこしん)八隅八気(はちぐうはつき)、五陽の五行神、太陽の周りを回る対なす聖二神、害気を払い、四方を鎮護し、道を開き、悪鬼を駆逐し、その加護が四方に及び、皆が健やかで平穏であることを謹んで五陽霊神に願い奉る。」


広い拝殿に父と娘の二人きり。

二年程前は泰清がいた。五年程前は母もいた、六年ほど前は叔母(藤子)もいた。

今、泰清は後宮におり、叔母は江戸にいる。母はどうしているかわからない。

 叔母は、先帝の典侍で、崩御に伴いご実家橋本家にお戻りになった勧行院様(和宮の母)のところにお行儀見習いに上がっていた。土御門家は公家町から遠いものだから住み込みであった。宮中に上がることなく、公家として恥ずかしくない礼儀作法を身に着けるには丁度良かったが、思いがけず和宮の降嫁が決まり、宮と歳の近い叔母は宮の心の支えとなるべく江戸に下向した。不思議な巡りあわせである。

 叔母が橋本家へお行儀見習いに行ってからしばらくして、母はいなくなった。時を同じくして斉政館や天文方のある庭に矢来がたてられ、清子と泰清の周りは式神だらけになった。今、清子に付いている生身の人は、かつて後宮の大膳部で働いていたという老女だけである。

 何故母がいなくなったかはわからない。

 清子たちの教育は父の監視下で、斉政館の算術師範や天文方の天文博士、また父自身により施された。

何の不自由もない。ただ、本宅と渡り廊下で繋がった八帖四間に一人きり。

お父上さんは、朝拝が終わると、天文方からの昨夜の報告を聞きに戻っていった。

拝殿に一人きり。ただ、淋しい。


拝殿に狐が一匹飛び込んできて、清子のところへ駆けてくる。

そして口にくわえた白い花束を差し出す。

「まぁ、宇気良(オケラ)の花ですね。ありがとう。」本当にうれしそうに。

宇気良の花はこの世とあの世の境目に咲くといわれる花でアザミに似ている。

陰陽道では、乾燥させた宇気良を祈祷の際に火にくべて使う。立ち上る煙がこの世とあの世を繋ぐのだ。

「朝帰りですが、昨夜はどこに行っていたのですか?槐も(わたくし)も心配しておりましたよ。」

と言いながら狐を抱きかかえる。

「昨晩、いつも屋敷の周りをうろついている長州人から三郎の匂いがしたものだから、心配で様子を見に行っておった。」嘘ではない。

「そうでしたか、それはご苦労様でした。それでどうでしたか?」

「三郎は女子を侍らせ楽しく酒を飲んでおって、吾は水を差してしまった。」

見方によっては嘘ではない。

「それはそれは。」若干棘がある言い方をする。

「三郎を長州人たちから取り戻したのはいいが、吾は白粉と酒の()()に酔ってしまって、鴨川の畔で動けなくなり、そのまま夜を明かすことになってしまった。」大嘘だ。

三郎と別れた後、橋を渡り切ったところでふと立ち止まり、両手で自分の口と鼻を覆い、自分の呼気の酒臭さを確認した。これでは魂の片割れに嫌われてしまうと思った乙女な葛の葉は、橋の下で夜を明かすことにした。そして目を覚ますと隣に宇気良が咲いていた。

「狐は鼻が利きますから大変でしたね。もう大丈夫なのですか?」

「まだ少し気分が悪いから、少しだけここで眠ってもいい?」これはかわいい嘘。

「もちろんです。」そういって膝の上で丸まる狐を撫でる。


心がざわつくのは何故かしら。

楽しく女子を侍らせ酒をのんでいた?別にお師匠さんが誰と何をしていたっていいではないか。私の何でもないでしょう?





婚約者(?)に膝枕をしながら他の男のことを考えている聖女。

晴雄の実際の妻はちゃんとしています。広橋家のお姫様です。母がいなくなったのは、晴明の子孫にかけているためです。晴明の妻梨花。

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