笊(ざる)
答え合わせです。
「土御門家の雑掌殿をお連れした。」と黒石さん。
「でかした!」と酔っ払いども。
葛の葉単体は座敷に入るなり三郎を見つけ、にっこり笑って手を振る。まるで女子である。
酔っ払いどもは色めき立った。
「まさに傾城。」と和泉保臣(和泉)(丙)さん。
「うわ、わっち負けんした。まことに殿方でありんすか。」と千歳。落ち込まなくて大丈夫、あれは妖狐だから。
機嫌のよさそうな葛の葉は、つっと三郎の近くに来て胡坐をかいた。
「一緒に狐拳なさいます?」と吉村虎太郎(甲)さん。
三郎は慌てて「なさいません。絶対になさいません。」と答える。狐が猟師に撃たれるのはさすがにまずい。
「えー、一緒に遊びたい。っていうか、酔わせたい。」と久坂玄瑞(乙)さん。
「酒を飲めばよいのか?」と葛の葉は手近な盃を一つ取り上げた。
盃の下から花が現れた。
酌婦が...花隠しに加わっていないお侍さん付の舞妓と芸子を除いて舞芸子5人全員+中居1人みんなで葛葉を囲む。葛の葉はにっこり微笑んで、皆の手から徳利を回収していく。そして手酌。一切の容赦なし。
くいっと一杯飲み干すと、頬に少し朱が差してなんとも色っぽい。あっダメ、正気を保て自分!これは妖。
妖に心を奪われてしまった久坂さん、「日本の行く末について、夜が明けるまで語り合いましょう。できれば二人きりで。」と前のめり。
すると吉村さんが「出たよ、面食い。見目が良ければ何でもええの?大丈夫は美醜を問わずとかなんとか言ってなかったっけ?」
「それは妻を娶る時の話。しかも僕は語り合おうって言ったの。変な妄想しないでください。」と久坂さん。
「衆道は武士の嗜みだから気にしなさんな。」と真木さん。
「どうせ武士やないき分からんね。」と吉村さん。
「男が女とつがうのは子ばなす為。子もなし得んのにつがうのは真の愛があるけんやと思うぞ」と和泉さん。そこは深掘らなくていいところです。
黒石さんが仲間を紹介する。「こちらの糸目が土佐人の吉村虎太郎君。こちらの大男が我が長州の久坂玄瑞。このご老体が久留米の水天宮神官の真木保臣(和泉)様。であちらで一人すましているのは我らが誇る桂小五郎。」
葛の葉は・・・多分聞いてない。酒を持つ手がとまらない。そんなに飲んで大丈夫かな。状況をわかってのか不安だ。
久坂さんが、「早速ですが、従三位民部卿土御門様にお会いしたい。」
葛の葉は小首を傾げて久坂さんを見返す。なぜか赤面する久坂さん。
「今、皇国は大いに乱れて、異国による浸食の危機に瀕しています。それもこれも、幕府が主上の御叡慮を無視して通商条約を結んでしまったことが原因です。綿々と続く皇統を保持する皇国に生まれたのであれば、御叡慮を実現するのが臣民の道だと思いませんか。
であれば、条約を和親条約まで引き戻し、耶蘇堂を廃し、踏み絵を復活させ、公使館を廃止すべきです。開国は、国力を養い、世界が皇国に跪くようになってからすればいい。腑抜けた幕府は相手国がどうたらこうたらと破約を延ばし延ばしにしているが、異国が承服しなければ、決闘死戦やむ無しと腹を括るべきでしょう。」
三郎は、こんな志士らしい志士には初めてお目にかかる。今は日本中が尊王だし攘夷だが、自分とはまるで温度の違う圧倒的憂国の士である。
「流石益荒男!攘夷をすることなく、異国に倣って富国強兵をしようものなら、気付けば民心は凋落され国を奪われる羽目になる。それが狡猾な夷狄の手口なのだ。」と黒石さん。
酒に酔っているのか自分の言葉に酔っているのか量りかねる。長州人は皆こうなのだろうか。まるで別世界に生きているようだ。
「あなたにもこの大業の手伝いをしてもらいたい。」と久坂さんが畳に散らばった盃を押しのけて、葛の葉の手を取った。
葛の葉はにっこりと手を放す。「破約なぞ、そなた等がどうこうできるものではない。」
「我等草莽の士に直接条約を破棄する力はない。だから影響力のある同志を集めているのです。」と久坂さん。
「当家は参議ではないし、役に立たぬぞ。」酌をしようと近づいた千歳から徳利を取り上げた。
「そんなことはない。陰陽師は、災厄を未然に察知し、避けるのが仕事。昔は軍師はみな陰陽師であった。朝廷の陰陽師は土御門様。土御門様こそ軍師にふさわしい。先日の石清水八幡宮行幸の際も、出発前に反閇をなされておられました。これを行軍の前にもして欲しいのです。ついでに、打ち鮑、勝栗、昆布で敵に打ち勝って喜ぶの儀式もお願いします。」と吉村さん。
「軍師?行軍?」徳利を逆さにして振っている。空になったらしい。
「幕府が攘夷を行わなければ、違勅の廉で征夷(大将軍)を討つ。」と和泉さん。
「吾は面白いと思うが・・・。」空の徳利を千歳に渡しながら答える。
「形だけでよいのです。戦の采配はこちらでしますから。」と吉村さん。
「土御門様がお好きなものは何でしょう?」と黒石さん。
「賄賂か?政に関わらぬのは当家の矜持ゆえ、金では買えぬぞ。当家は公家町の平堂上のように日々食えぬほど貧しくはないからな。主命か姫のお願いだったらともかく。」
「姫?」
「土御門家の惣領娘じゃ。晴雄は娘にとかく甘い、姫の頼みなら大概聞く。姫はな、優しくて聡明で、(吾と同様に)呪詛の達人で、(吾に似ているから)愛らしい、でしょ三郎?」にっこにこでお姫さん自慢をする。
「是非、姫君に会わせてください。」と吉村さん。
「だーめ。図々しい。」
葛の葉の隣には盃の山が出来上がっている。
――― 酒も飽きたし、どうしようかな。
玄瑞ファンの方々申し訳ありません。面食いの話は松蔭の妹を妻とするよう言われたときに、容姿を理由に断ろうとした話があったので、こんな感じにしました。男色ではないはずです、面食いなくらいですから。