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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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狂宴

甲、乙、丙が誰だかわかりますか。

三郎は約束の戌の刻過ぎに家を出る。宵闇が祇園の灯に負けて町全体が夕映えしているように幻想的だ。

尾花亭は四条大橋の東にある芝居小屋のうち北座の隣にある料理茶屋だ。こんな場所は時間と金を持て余している御大尽が来る所で、勤勉な小商人には縁がない。

仲居に案内されたのは二階の一番奥のお座敷。

「お連れさんがご到着されました。」襖が開けられる。

座敷には男が四人いたが、三郎を呼び出した当の黒石さんが見当たらない。芸者と舞妓が計七人いる。

既に大分と酒が進んでいる様子で予想していたのと少々違う。面くらって突っ立っていると、舞妓が迎えに来て席に就かされる。人を招いておいて既に出来上がっているなんて、志士という類は概して浮薄だ。遅刻してきたくせに三郎は不快な気持ちになった。

三郎が挨拶をすると、少々垢ぬけない大男が

「よう来てくれた、千成屋さん。今日来てもろうたのは・・・」と話し始めた。

「店主不在につき持ち帰らせて頂きます。」三郎は即答した。

「うん、酒だね。酒を入れて緊張を(ほぐ)そう。千歳ちゃん酒を飲ませちゃって。」垢ぬけない大男の隣の、これまた垢ぬけない糸目の大男が言った。

三郎の手を引いてきた舞妓が、三郎の前の台の上の盃に酒を注いだ。

「・・・」酒でなんてつられるもんか。三郎は黙って盃を見つめる。

困った舞妓は「口移しで飲ませてあげんしょうか。」白い顔をぐっと三郎に近づけた。

「いや、自分で飲めます。」三郎は慌てて飲み干した。

甘口の酒の華やかな香りが広がる。美味しい。すると頑なだった心が少しだけ緩んだ気がする。

舞妓は空いた盃に酒を注ぐとまた顔を近づけた。三郎はまた慌てて酒を飲んだ。我ながら間抜けだ。

「さらさら気付きんせんね、法花寺の千歳なんに。」舞妓は言った。

三郎はびっくりして、口に含んだ酒を噴出した。

「いやぁ大変。」千歳は慌てて、こぼれた酒を拭く。

「法花寺の千歳ちゃん!?あんまりに別品さんで見違えたよ。」慌てて取り繕う。

「三郎さんも男前になって、惚れ直しんした。」くすくす笑いながら白く柔らかい体を押し付けてくる。まさか千歳がここにいることは偶然ではないだろう。この人たちは何をどこまで知っているのだろう。そう思うと怖くなった。

「あーこりゃ、千歳色仕掛け計画失敗じゃ。仕方ない。」

と言って大男二人組が三郎のところへ酒を持ってやって来た。

「まぁまぁ一杯。儂は土佐の百姓の甲。自慢じゃないけど土佐脱藩の栄えある一人目よ。

こっちは、学習院御用掛の乙。かの松下村塾の竜虎といわれた男ぞ。根っからの攘夷家やが周旋家の前は和蘭(オランダ)語や英吉利(イギリス)語を学んどったこともあるんじゃ。難しゅうて投げ出したがな。」

「それを言われると面目ないのでやめたげて。それに、周旋活動歴は語学習得よりもずっと古いの。甲だって優秀な大庄屋だったと聞いている。お役目ほっぽりだして村人は困ったことだろう。土佐勤王党も抜けてしまって武市殿も残念がっておられるぞ。」

「それを言われると、いたたまれないのでやめたげて。武市殿は何かと挙藩一致、正々堂々王道にこだわりすぎる。これは考えの相違やき仕方ない。」と甲。

「確かになぁ。そりゃ仕方がない。ただ呑むだけというのもつまらん、ちいと遊ぶか。」と乙。

乙は料理の皿の飾り花の枝から花を一つ摘み取った。

「まず簡単なのから始めよう。盃をいくつか伏せて、この花が何処に隠されているか当てる遊び。」

「決まりは、狐拳で負けた人が花の入っている盃を当てる。外したすべての盃の酒を呑む。ただこれだけ。」

狐拳は三竦(さんすく)めで狐が猟師に負けて、猟師が庄屋に負けて、庄屋が狐に負ける。狐は手で頭の上に耳を作り、猟師は鉄砲を撃つ仕草。庄屋は握った手を膝に置く。

「呑んだ盃はまた使う?それとも除く?千成屋さんはまだ若いし、呑ませ過ぎるのも可愛そうだから除こうか。」と乙が言うと、

「えー、じゃあ沢山盃置く。置いていい?置いちゃおう。」と甲。

「なんか楽しそう。俺も混ぜて。」と初老の丙が登場。

「えー、丙さん神官でしょう。こういうの簡単に当てちゃうんじゃないですか?」と甲が言う。甲たちが丙に敬語を使うのは丙が年上と言うこともあるが、丙が従五位下の官位持ちであるからだ。

「無理無理、俺は現人神(あらひとがみ)に仕えることにしたから天の声は聞こえないの。座右の銘は七生報国。」と丙。

「えーと、今、何生目ですか?」と乙。

「中臣鎌足、平重盛、楠木正成、丙ときたから四生目かな。」と丙。

「じゃぁ、わっちらが三味線ひきと花隠しをしんす。」と千歳と芸妓が言う。

「えー、千歳ちゃんたちやらないの?野郎ばっかでやって何が楽しいのさ。」と乙が言う。

いつの間にか盃がわんさか畳に伏せられている。中居に店中の盃を全部を持ってこさせたようだ。この人たち矢場い(泣)。

「はいはい行きますよ。」

べんべんべんべん三味線の音が鳴り始める。

ちょんきなちょんきな、ちょんがなのはっで、ちょちょんがほい。

「コン」「ズドン」

「ちょっと千成屋さん、ちゃんとやって。ちゃんと狐の耳は頭の上に作る。それからコンは大きな声で。男だったら腹括る。」と甲。

このノリについていくには酒が足りない。そう自覚した三郎は、手近な盃に酒を注いでもらい飲み干した。もうやけっぱちだ。

「はいはい、狐のお二人さん。敗者決定戦始めてくんなまし。」

ちょちょんがほい

「ズドン」「ズドン」

ちょちょんがほい

「コン」「-」

「はい甲、栄えある一番目。」と乙。

「うわー、アホん事あるな。えー、全然見つからん。」甲は、伏せられた盃の一群の周りを行ったり来たりして、物色しながら盃を開けていく。

「おいおい、他の人の分の盃も残しといて。」と丙。

「そんなこと言われても、あっ、あった。何杯呑むの?1、2、…16。クソ、仕方ねぇ。

身はたとえ 祇園の茶屋に朽ちぬとも 留めおかまし 大和魂」甲は舞妓がついだ盃を片っ端から空けていく。

「いけん、いけん、そんなんに使わんといて。本気で怒るぞ。」と乙。

「だって、この歌好きじゃき。」と甲

「先生の辞世の句捩る(もじ)とか、松下村塾門下生全員敵にまわしたね。天誅もの。」と乙。

「あぁちょっとお腹がチャポンチャポンしてきた。」と甲。

「吐く前に止めといて。」と乙。

「はい、じゃぁ二回戦。全部盃がなくなるまでやるからね。」と丙

ちょんきなちょんきな、ちょんがなのはっで、ちょちょんがほい

「コン」「ズドン」「ズドン」


「入るぞ。」黒石さんの声と同時に襖が開いて、

あ・・・葛の葉。・・・ズドン?


甲乙丙を愛してやまない方々、申し訳ありません。

私はこの3人の中では甲が好きです。

乙は周旋活動を頑張ったことを理由に出世(長州藩の大組)をしました。松下村塾の竜虎並び立つですね。 

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