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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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飛龍頭の具

三郎がピンチです。

7月20日 千成屋京都支店

盆が明けた。

お姫さんが来なくなってから、はや三か月が経つ。もうすぐお姫さんが楽しみにしていた祇園社の相撲の興行だ。

しかし、しかし、三郎の大問題。次郎兄がいない(泣)。

何時(いつも)もなら次郎兄がいるはずの場所に三郎は座っている。

何故(なぜ)いないのか。

お盆に実家(与力の方の爺様の家)に帰ったときに家族みんなが揃ったところで、三郎は思い切って武士になりたいと言ってみた。話が長くなるので詳しくはまた後日にするが、怒り狂ったのは次郎兄だった。他は驚いてはいたがそれ程でもなかった。まだ父方の爺さん(千成屋本店店主)には三郎の口から言えていない。でも次郎兄からもう伝わっているだろう。やっぱり怒っているだろうな。


だって仕方ないじゃないか。三郎は長兄の代わりもできるように、つまり武士にもなれるように育てられたし、与力屋敷で父の背中を見ていたのだから。職業に貴賤はない、しかし、同じ憂き世の口しのぎならば公僕となり人々のために働きたい、そう思ってしまうのだ。


次郎兄は「俺がいない間に店潰してみろ、()()ですり潰して飛龍頭(ひろうず)の具にしてやる!」と捨て台詞を残して本店に行ったきり戻って来ない。勿論妻の雅さんも一緒だ。

あの温和な次郎兄からは想像もつかない罵り言葉を浴びせられ、心が折れそうだ。

とりあえず京都支店を潰さないように菊蔵さんを始め使用人たちを大切にしようと心に誓った。


「ごめんなさいよ。」

「いらっしゃいませ。あっ、黒石様。」やっぱり来たかぁ。

「おぉ、やっと摑まった。店主は?」

「しばらく留守にしております。」帰る目途なし。

「なかなか二人揃わないなあ。仕方ない。今日は千成屋さんを接待したいと思ってね。祇園の料理茶屋「尾花亭」に戌の刻(午後7時)に来られますか?」

何のためのお誘いかわかりきってるのに行くわけないでしょうが。

「今晩はちょっと小用がありまして。」

「いつならいいの?」

「・・・」

「ほうらね嘘だ。嫌だなぁ、取って食うたりしませんよ。こっちは在京の仲間うちで選りすぐりが集まるんだから、来なかった後のことを心配したほうがええと思いますよ。店は動かせんけぇのぉ。」黒石さんは涼しい顔で言う。

天誅ですか。驚いて黒石さんを見る。

「物騒な世の中だから、気をつけたほうがええと言うたまでです。堅苦しい席ではありません。三郎さんと仲良くしたいだけですから。芸者や舞妓も手配してありますし、お好きなら娼妓も手配しますよ、どうしますか?」

「いっ、いえ、結構です。」と慌てて答える。

「フフ、それでは後ほど尾花亭でお待ちしています。」と鼻で笑って出ていった。

えっ、何笑い?よくわからないけどすっごい侮辱をされた気分だ。


「菊さん聞いた?どうしよう。」

行かない→打ち壊し→次郎兄に殺される。

行く→お姫さんのお父上さんは紹介できない→黒石さんに殺される。どっちも同じじゃないか。

いや待て、店の打ち壊しが入らない分行ったほうがマシかも。

「今、若旦那さんがいないのはかえって好都合かもしれないですねぇ。責任者不在で返事を保留にするんです。」と菊さん。

「なるほど無難です。

でも筋目(すじめ)とか通用するのかなぁ。あちらさん、自分達の筋目は大切にするけど、他人の筋目とかぶち壊しそうだよね。あぁ行きたくない。生きて帰ってこられるかなぁ。」

「安心してください、骨は拾います。」菊さんが苦笑しながら言った。

去る5月10日、長州藩は下関で外国船を打ち払った。京の町中、尊王攘夷を身をもって実行する長州藩を讃える声であふれている。しかし三郎は、京の治安の悪化は志士たちのせいだと考えている。そして長州人は志士の代表格だ。

菊さんもやっぱり長州贔屓なのだろうか。

他の仕事が手につかない。本店から、堺奉行所の八朔の準備の不足物を至急調達するよう指示書が来ている。その指示書を斜め読みしながら、こんな調子じゃ飛龍頭にされる日も近いなと思う。


飛龍頭はがんもどきですが、皆さんはどちらの名前を使いますか。私はがんもどきです。

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