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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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送り火

お盆に五山(十山)の送り火をどうしても書きたかった回


7月16日 梅小路にて

泰清のお盆休みが終わる。泰清は若宮の遊び相手であり、まだ、主上さんの近習のような本格的お勤めではないので、盆には梅小路に帰ってこられる。

お休みは3日間。来てすぐに帰ってしまう先祖の御霊のようだ。


盆の終わり、屋敷の裏の菩提寺梅林寺で、お墓に手を合わせて読経を聞いた後、先祖の御霊を送り出す、そんな時間のこと。

「ねぇ、清。門の外で送り火を見ようよ。」

「床几をだして座って見ましょう。まだ火が灯るには早いから、いろいろ準備ができるわね。飲み物と、食べ物と、団扇は必須ね。蚊の餌食にならないように。」

緑は多いが、血の提供者は少ない。蚊遣りの効果は気の持ちよう。

「よし、そうしよう。」と言うと、二人は駆けて屋敷に戻る。どうせ誰も見ていない。

後ろからお父上さんがゆっくりとついてくる。


ふたりで床几を門の外、北の塀向こうまで運んで、自分たちで飲み物と食べ物を用意した。

飲み物は井戸水。食べ物は井戸水で冷やしたきゅうり。京の水はおいしい。

虫の声が聞こえる。風も心地よく秋の匂いがする。

「見て見て泰清、この切子。大樹様から拝領した江戸切子よ。(わたくし)が大樹様の前で筮占を披露した際に、ご褒美にいただいたの。」清子は、水の入った透明な切子を月明りに掲げて見せる。側面の菊つなぎの模様が見事だ。

「!?そんな大事なもの、こんなところに持ってこないでよ。割れたらどうするのさ。」

至極ごもっとも。

「だって、見せたかったんですもの。」

「いや、今じゃなくてもいいでしょ。」

「泰清に使って欲しいと思ったの。私、泰清のふりして大樹様のところに行ったから、泰清がいつか大樹様と会って、この切子の話をするようなことになったら困るでしょ。」

「何やってるの、清は。」泰清はあきれている。

「全然ばれなかったのよ、すごいでしょ。でも、あの日はお父上さんにすごく怒られたかな。」

「そりゃ、怒るでしょうよ。」

「うーん、それもそうなんだけど、大樹様の御前で桜吹雪をご覧にいれたの。行李の中から。」

「清、それはまずいよ。」咎めるように言うけれど、笑っている。

「そう、まずかった。でもね、そのおかげで、私、祇園や、実相院や、法花寺に行ったの。」

「何だか楽しそうなのはわかったけど、言っている意味がわからない。もう少し落ち着いて、わかりやすく話してよ。」

「だから、怒ったお父上さんが、式神のいない生活を知りなさいと仰って、私は、松原橋の向こうの千成屋さんのところに時々行くことになったの。千成屋さんっていうのは、私が水鏡をしている際に話しかけてしまった人。私の素性を知っているから丁度いいって、お父上さんが面倒ごとを押し付けたのよ。」

「とんだ迷惑じゃないか、清の相手なんてできる人いるの。」

「失敬な。私だって他所行きにしていますよ。確かに、何というか、いつも貧乏くじを引く感じの優しい人ですが。覗いてみる?」

清子は切子の中に千成屋を映す。

「うーん、留守みたい。残念。」戸口を締め切り、灯も点っていない。鴨川の川床へでも送り火を見に出かけているのかもしれない。

「清、毎日楽しそうだね。」

「泰清はどうなの?毎日楽しくないの?」

「やっぱり、仕事だから楽しいとは少し違うかな。」

「ねぇ、若宮ってどんな方?いつも何をしてるの?」さながら噂好きの京雀のようだ。

「御所内のことは、たとえ清でも話しちゃいけないんだ。誓詞を書いてるからね。」

「あぁ、泰清は真面目過ぎる。そんなことでは肩が凝ってしまいます。」清子が言うと、泰清は薄く笑った。含みのある笑いに思えた。

「宮勤めはそんなに大変なの?」月明りの中、泰清の様子を探る。



泰清は、左大文字山の方を見つめて言った。

「清、我等はこれからどうなるのだろうか。」

「どうなるって?」

「清は陰陽師の才能がある、(わたし)などよりよほどすごい。そんな清から見て、我等の将来はどのように見える?

我等の修める陰陽道は、今や迷信扱いされ、政においても験担ぎ程度の扱い。天文観測にしても、その考察には関白殿の政治判断が入る。

それに加えて近頃は、御所の威光の高まりとともに神道が重用されている。仏教もそうだが陰陽道は益々肩身が狭くなった。これから我等はどうなっていくのだろうか。」

泰清は御所で肩身の狭い思いをしているのだろうか。

「そうですねぇ。清国が異国に敗れたのも大きいでしょうね。

 私は陰陽の考え方が好き。万物には対極する二面性があり、一方があるからもう一方がある。一方が行き過ぎるともう一方が調和を取ろうと揺り戻す。生があるから死があり、光があるから闇がある。死ねば生まれるし、明けない闇はない。

人が死を恐れる限り、この考え方はきっと無くならないと思う。」

「でも、陰陽師はなくなるかもしれない。」

「・・・その時は、文官にでもしてもらいましょう。泰清は優秀なんだから。」

「・・・それも、いいね。」

 遠くの山に「法」の文字が浮かんだ。ここからでは文字が見えない大文字山の上の空がわずかに赤い。法、妙、い、左大文字、一、鳥居。東から西へ、先祖の御霊を送るため火が点されていく。

清子は目を閉じて手を合わせた。その様子を見た泰清も手を合わせた。

きっと京中の人が皆同じことをしている。町人も、主上さんも、志士たちも。

何百年も変わらずこうしてきたように、何百年先もこうしているのだろう。

それとも先の世では違っているのだろうか。

変わらないでほしいと二人は願った。

今度こそ8月中はお休みします。

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