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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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不浄

今回は誰でしょうか。社会科資料集には載ってないかもな人物です。


5月20日 土御門家

子の刻(夜11時頃)。屋敷内が突如騒がしい。屋敷に陰陽寮の官人が幾人かやって来たのだ。

「こんな時間に何事か?」家主は寝間着姿である。

「申し訳ありません、しかし、火急の用にございますれば。」

「何かあったか?」

「姉小路公知(きんとも)様が、ご帰宅途中朔平門を過ぎたあたりで何者かに殺害されました。」

「なんと!いったい誰が?」

「推測の域をでませんが、薩摩の手の者の仕業かと思われます。」


去る4月20日大樹公が5月10日を諸外国との交易拒絶実行の日と主上さんに奏上なされた。それを聞いた長州藩は自らも攘夷を行わんと決し、現在下関の砲台から関門海峡を通る外国船を打ち払っている真最中である。よって京都にはほとんど長州人がいない。

姉小路さんは即今攘夷派の急先鋒。長州藩士の取り巻きがいないのをいいことに、長州藩を快く思っていない薩摩藩士に(やら)れた。ありえることである。


「なるほど、すぐに不浄を払えということか。」

「左様至急とのお達しでございます。」

死は不浄。刀傷沙汰での死など禁裏及び公家社会においてもっとも忌むべきものである。御所方は、不浄が御所内を侵すことがないよう即刻祓わせたいのだ。

そして不浄を祓うことができるのは、冥府の主神・泰山府君を主祭神とする土御門家のみ。

「祭祀具を運んで祭壇を作っておいてほしい。準備ができ次第すぐに行く。」

陰陽頭は地下官人たちに指示をした。


清子の部屋

「清子さん、清子さん、お休みのところ申し訳ないのだけど手伝ってもらえるかな。」

清子はまだ、眠りの浅いところをうろうろしている。

「清子さん、清子さん。かるたを新調しませんか。浮世絵でもいいですね。美人画、春画何にしましょうか。」お父上さんは、耳元で猫撫で声で話しかける。不浄の祓いをすれば何かしら特別手当が出るだろう。

「御所のわきの公家町で不浄の祓いをしないといけないから、清子さんにも来て欲しいな、来てくれると助かるな。」清子の頬を指でつんつん突いてくる。

「うぅ、他にも陰陽師はいらっしゃるのでしょう?わざわざ私が行く必要はないと思いますが。」寝ぼけ声で答える。

「他の陰陽師が祓えるのは穢れまでじゃ。不浄に至っては我等しか祓えぬ。」真面目な声が返ってきた。

「誰かが亡くなったと。」

「そうじゃ。斬り殺された。」

清子はガバッと飛び起きた。目を覚ますには十分に刺激的である。


清子は急いで支度をする。水干を着て髪を一つに束ねる。いかにも陰陽師らしく。

清子は思うのだ、陰陽師は穢れや不浄を祓うが、同時に周りの者を安心させることも務めであると。だから陰陽師は陰陽師らしく。祭祀は祭祀らしく行う必要があると。


朔平門前

朔平門近くは篝火が煌々と焚かれている。遺体はすでに無い。血痕も土に吸われてしまい、地下官人が示すところの土がわずかに湿っているのみである。どこから聞きつけたのか様子をうかがう者が大勢集まってきている。

お父上さんは朔平門と殺害場所に面する築地塀一体に結界を張り、清子が殺害場所を祓うことになった。共に不浄を祓う能力があるのであれば、御所外の不浄の浄化より、御所に不浄が入らぬようにすることの方がより優先されるためである。結界を張るといっても広範囲に及ぶことから容易なことではない。


御所の築地塀は鬼門封じのため北東が欠けている。そのせいで付近の公家屋敷の配置は少々歪になり、殺害場所である朔平門のあたりは他の公道より広い空間ができている。殺害場所を含む約三(けん)四方を浄化することになった。その四方の(かど)には幣が二本ずつ、中央には四本奉幣されている。北の幣は黒、南は赤、東は青、西は白、中央は黄色。

地下官人が、お父上さんが結界を張り終えたことを伝えてきた。

多くの人々が清子に注目している。

怖くはない。自信はある。


清子は祭壇の前に立った。妖しく揺らめく篝火の下、禁刀を抜く。

土御門家秘伝の太刀(たち)である。

(まじな)いを唱える。できる限り派手に、皆の不安が消えるように。


「天を我が父と為し、地を我が母と為す、

来たれ、南斗・北斗・三台・玉女!

左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後ろに玄武、前後扶翼す。急急如律令!」

奉幣された四方の角から一本ずつ桜色の光がのびる。

清子は四縦五横を禁刀で切る。

光は禁刀の動きに合わせ次々伸び、格子状の牢のように忌場を囲んだ。


()王は道をあけ、蚩尤(しゆう)は兵を避いた、我は一天四海に出陣する。

我に歯向かう者は死に、我を(とど)める者は滅びる。急急如律令!」

切った九字に刃を突き立てる。

すると光の矢が一閃し、光牢を打ち抜いた。まるで流れ星のようだ。

光牢は花火のように砕け散った。


一斉に歓声があがった。


観客の中から、供を幾人も従えた美丈夫が清子のところにやってきた。いかにも身分が高そうである。

「面白いものを見せてもらった。陰陽頭土御門殿の御子息か?」

まぁ、格好からしてそういわれても仕方ない。白い水干に大好きな空色の袴である。

「左様にございます。」

「将来が楽しみなことだ。」と言って去って行った。

誰?

お父上さんがやってきて小声で囁く。

「あのお方は主上さんの兄君で、大塔の宮の再来と言われておるお方じゃ。今は還俗なさっておいでだが、御門跡であるのに子をなした生臭坊主でじゃ。」

「へぇー。」

住む世界が違いすぎて何の感慨もわかない。早く帰って眠りたい。


祭祀場を片付け終わると、人々は何事もなかったかのように忌場を渡っていく。

姉小路さんがお亡くなりになっても、何事もなかったように時は流れる。



設定上、身分が高い人とは絡みにくいです。この答え合わせは次回の後書きでいたします。

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