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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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黒簿

だいぶんファンタジックになりました。


岩倉村到着。

鞍馬口から賀茂川を渡り、下鴨村、深泥池村、長谷村と来て岩倉村に到着。・・・遠い。

空を見上げれば、鳶が鳴きながら弧を描いている。

梅小路は田舎だが、ここは山だ。実相院はすぐそれとわかる。そして岩倉様のいらっしゃる場所はあれだろ。


槙囲いの切れ目から荷車ごと庭に入った。

「こんにちは、岩倉様。千成屋です。」とお師匠さんが縁側から声をかけた。清子はぴょんと荷車から降りた。葛の葉が肩から降りてすました侍に化けた。

誰も出てくる気配がない。三郎はもう一度声をかけた。しばらくすると、気難しそうな男が顔を出した。

「どちらさんですか?」

「土佐の大橋慎三様からのお手紙と贈り物を届けに参りました。」

「あぁ、懐かしい名や。こんなになった儂のことを忘れずいてくれるとは何と有難い。」本当に泣いている。三郎は手紙と荷物を差し出した。

「岩倉様、お久しぶりでございます。」清子は手紙を読んでいる岩倉様に声をかけた。

「はて、この子は誰だったかな?」

「土御門清子でございます。5年前に梅小路の我が家でお会いしておりますが、覚えておいででしょうか。」

「土御門邸に行った夜のことはよく覚えているぞ。なにしろ化け物屋敷だからな。あの時の子か、大きくなったなぁ。」

「ふふ、夜に殿上人がやって来るなど無いことですので、私もよく覚えております。お父上さんは、あの時は岩倉様にうまく乗せられた、と今でも言っておりますよ。」


あの時とは、今から5年ほど前の88廷臣列参事件のことである。

通商条約を幕府に一任する勅書を取り消させるため、参政権のない88人の中下級公家が朝議と九条関白邸に押しかけた。この騒動の立役者が岩倉で、岩倉は各公家の家を回って参内を呼びかけた。

「今でも、やらねばならんことやったと思っとる。」

「ですがそれ以降、無責任な公家が大きな声で言わなくともいいようなことを言うようになったとお父上さんは憂えております。」

「その結果が今の儂じゃ。すでに蟄居しておるというのに、人の手など送ってきよる。まったく気狂いじゃ。」

岩倉はぶるっと身震いをしたが、何か思いついたように清子を見た。

「土御門家やったら厄除けできるんやろ?絶対悪いもんが憑いとる。」

「岩倉様は、伊勢、八幡、賀茂といった神社に好んで神頼みをするような方ではないと思っておりました。」清子は笑った。

「あぁそのとおりや。だいぶん気弱になっておる。気弱になれば神にもすがりたくなるものだ。」そう言って、哀願するような眼差しで清子を見る。

「当家は官人陰陽師にて、御所と関わりのない者にむやみに家職を施すことはいたしません。」きっぱり。

「辞官しておるからな。しかし儂はこのままこのような場所で終わらん。儂が政に復帰した暁には、この借りはきっと返す。」出世払いの申出だ。

「岩倉様からご助力いただけるとなると、それは心強い。岩倉様の(まつりごと)の手腕には恐れ入っておりますから。」仕方ないので清子が折れることにした。


お姫さんは持ってきた箱を岩倉様の前に置いて、

「これは、父から岩倉様への贈り物の小菊紙(美濃和紙)でございます。この中から2枚頂戴いたします。」と言い、うち一枚で人形(ひとがた)をつくりだした。

「不器用ですね。」思わず三郎の口をついた。

「むう、見た目はどうであれ、効果があればよいのです。」それゃそう。

「これは岩倉様についている穢れを移すための撫物(なでもの)です。これで、ご自身の体を念入りに撫でてください。」

岩倉は紙人形で体中を撫でつけた。

「こう?」

「結講でございます。ではその撫物をもう一枚の紙の上に置いてください。」

葛の葉が両手でもう一枚の紙を岩倉様の前に運んだ。

葛の葉は撫物に触れぬようにして、紙で封をした。

「こちらは梅小路にて、祓いの祈祷を行っておきます。

ではこれから、厄が岩倉様に降りかからぬよう身固(みがため)の術を施します。


天を我が父と為し、地を我が母と為す、

来たれ、南斗・北斗・三台・玉女!

左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後ろに玄武、前後扶翼す、急急如律令!」


岩倉様の周りを囲むように四方から一本ずつ桜色の光がのびる。

お姫さんが四縦五横を指刀で切った。

光は手の動きに合わせ次々伸び、格子状の牢のように岩倉様を囲んだ。

「除」

光の牢は瞬いて消えた。

・・・すごく効きそう。

「心配なさらずとも、岩倉様の名は黒簿(こくぼ)には載っていません。」とお姫さん。

「黒簿?」と岩倉様。

「当家の主祭神泰山府君(たいざんふくん)の管理する死者帳簿です。」

「そうか。」安心したご様子。

「千成屋、手紙の返事を大橋殿に届けてほしい。」

大橋様は土佐藩邸に行けば会えるだろうか。

「お急ぎですか?」

「ただ礼じゃ。届けばよい。」

「かしこまりました。」

これにて岩倉邸を引き上げる。


三郎は、お姫さんと狐一匹だけを乗せた荷車をひいて帰路に就く。

今日のお姫さんはいろいろ興味深かった。長い道中たくさん聞いてみよう。

「さっきの呪詛は格好良かったですね。私も修行すればできますか?」

「世に陰陽師を名乗る者は数多(あまた)おります。呪詛など気の持ちようです。気が弱ってどうしようもない者に効きそうな(まじな)いをかけてみせてやれば良いだけのこと。ならば、今すぐにでも呪詛は使えます。」

「詐欺ですか。」

「いいえ!欲しているものを提供しているではないですか。因みに我が家は免状を有償で付与しています。これを見せればさらに効いた気になること間違いなしです。

ただし、免状を得るためには我家の私塾で少しばかり勉強してもらう必要があります。もちろん有償ですが。」

土御門家、しっかりしている。

三郎は自分の寿命が気になる。

「黒簿ってすごいですね。どうやったら見られるのですか?やはり血統、それとも修行で何とかなるのでしょうか?」

「土御門家の者だからといって皆が見えるわけではありません。見えるほうが稀です。時々見える者が現れるので、見えない者も黒簿を信じるのです。要は、生まれたときに狐が付くかどうかです。」

「?若干飛躍が。」

「我が家では赤子が生まれると、信太神社に詣でることになっているのです。

そこには姿見の井戸というのがあって、そこに赤子の姿を映すのです。そうすると運が良ければ森の中から狐が現れ、その赤子に信太の白狐、つまり晴明公のお母上さんの御加護があると言われています。

で、私は運良く、このように葛の葉と仲良くなれたのです。」

お姫さんは腕の中の狐を抱きしめる。

「では、私も井戸を覗けばもしかするんですね。」

「それから、冥府にある物を見るのですから、自分の魂の半分を冥府に置かなければいけません。」

ガシャン。三郎は荷車を止めて振り返った。

「それはあかんやつじゃないですか?」

「そんなことはありません。半分置いたとしても寿命は減らぬと葛の葉は言います。」

「本当に?騙されてるんじゃないですか、この化狐に!」

「なんて酷い!」

お姫さんは葛の葉をぎゅっと抱きしめ、葛の葉も姫さんにぎゅっと抱きつき、二人して三郎に非難の眼差しを向けた。

負けました。

「自分には見えそうにありません。では、私の名前は黒簿に載っているのでしょうか。」

「知りたいですか?

黒簿を覗くためには、その人の心を覗かなければなりません。思ったことや考えている事もわかってしまいます。例えば、あんな事やこんな事までです。」

「それは困ります!」

「知らないほうがいい事だってあると言ったのはお師匠さんですよ。」

「それはそういう意味ですか。」

「どうでしょう。ふふ」

・・・どっちかわからない。

京の町が見えてきた。

「流石に疲れましたね。」

「私は楽しかったですよ。」


途中で土佐藩邸に寄った。手紙を届けるためだ。

「千成屋と申しますが、恐れ入りますが、大橋慎三様にお取次ぎお願いします。」

「大橋?脱藩したよ。」

二人が出会って3日目なので、そろそろいろいろ聞いてもいいころかと。

ただこのペースで行くと終わらないので、もう少しテンポ良くしようと思います。


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