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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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奉納舞

今日は答え合わせの回です。誰だかわかりましたか?


「お姫さん!?

姫君、御名前をお教え願えますか。」大橋さんは茶化すように言った。

「名とは人の真です。どこの誰ともわからぬ者に易々と教えるものではありません。」お姫さんはムッとして答えた。

「これはこれは気位の高い、()に姫様じゃ。大変ご無礼仕った。」と笑った。

流れが悪いので、三郎は急いで話を戻す。

「この岩倉具視様というのは、どちらにお住まいで?」

「今は、洛北の岩倉村で、藤屋藤五郎という者の借家にお住まいや。門跡寺院の実相院にほど近いから、わからねば実相院で尋ねればよい。だがまぁ、淋しいところやき、すぐわかるよ。」

門跡寺院とは代々皇族や公家が住職を務めることになっている寺院のことである。

「では、確かに承りました。」

細かいことは後でお姫さんに聞くことにして、そそくさと小川亭を切り上げた。

その後旅宿、寺院、料理屋数軒を回って、店に帰る。

思ったより時間がかかってしまった。少し遅いが、お昼にしましょう。

お姫さんご所望のふわふわおぼろ豆腐。

お昼を食べながら店主に報告・連絡・相談をする。商家ですから。

「御用伺いの途中で、明日、岩倉村に届け物を頼まれました。どうやら相手はお公家さんらしいです。ですよね?お姫さん。」

「岩倉様は前右近衛権少将で、主上さんの近習でした。」

「そんなお方が岩倉村?梅小路並みに何もありませんよ。」

「失礼ですよ、兄さん。」

「私も詳しくは存じ上げませんが、御所の(まつりごと)は、関白と、御所と幕府の間を取り次ぐ武家伝奏2人、主上さんと関白の間を取り次ぐ議奏5人で決め、主上さんがそれを裁可するのが基本的仕組みです。近習の岩倉様は議奏を補佐する国事御用書記をなさっておりました。

主上さんが、異国との通商条約を批判した勅書を水戸烈公に下して以降、朝幕関係は悪くなりました。これでは国を二分してしまうと朝幕双方が歩み寄ることになり、幕府から宮様ご降嫁の申出がありました。岩倉様は、攘夷のためにご降嫁を利用することを思いつきました。ですが幕府はいつまでたっても攘夷を行わず、結果、岩倉様は主上さんを(たばか)り宮様を売った四奸二嬪として蟄居を命じられ、辞官落飾のうえ、そちらで隠棲なされることになったのです。」

「で、そのような方へ、土佐人から手紙と貢物ですか。なにやら政の匂いがしますね。

あまり深入りしてはなりません。商品は菊さんと相談の上決めておきます。

岩倉実相院までは、一刻ではつかないでしょうねぇ。三郎に朝から行ってもらおうかな。」と店主。

「あの、私もご一緒させてください。少しだけ御縁のあるお方なのです。」とお姫さん。

「政には関わりたくないのですが。」と三郎。

「そのように深い関係ではありませんので、ご心配には及びません。お見舞いの言葉を申し上げるだけでございます。」

「お父上さんが良いと仰れば、明日、今日と同じ時刻にいらしてください。」と店主。

「ところで三郎、この後は渋谷街道の法花寺に行っておくれ、他はこちらで引き受けるから。」

一番山深いお客さんだ。このお寺は何人かの孤児を育てているので、次郎兄はお姫さんと行くには丁度いいと思ったのだろう。徳の高い住職に敬意を表して、いつも商品に色を付けて渡している。


法花寺到着

山門に至る急な勾配を見上げて三郎は大きなため息を吐いた。ここからは車借というわけにはいかない。上の方の階段は霞がかかっているのではないだろうか。

「この階段を登るのですが、大丈夫ですか?」

お姫さんも山門を見上げている。すると、葛の葉がかがんでおぶうしぐさをする。

姫さんは頬を膨らませて、「自分で登れます。葛の葉こそ私が運んであげますよ。」と階段を上り始めた。


三郎は、お布施の大豆を背負って、きつい階段を上り山門をくぐる。途中で何度意識が飛んで階段落ちをしそうになったことか。

境内に子供の声が響いている。

お姫さんはどうなっているかな?とあたりを探す。お姫さんはもう子供たちの方に向かっている。意外に健脚でした。


「こんにちは、ご住職、千成屋です。」

「これはこれは三郎さん。わざわざお越し下さり申し訳ない。坂はきつかったでしょうから、さあさ、こちらでお茶でもどうぞ。」

「子供、増えてませんか?」と三郎は見たままを口にした。

「はは、よくおわかりで。流行病で親を亡くした子を引き取りました。増えるばかりでほとほと困っております。最近は物の値が上がって本当に頭が痛い。だからといって見捨てることもできません。

申し訳ないが、千成屋さんへのお支払はできそうにありません。街道沿いなので、旅人を泊めてやることも多く、その礼も頂戴するのですが、すべて子供たちの飯に変わってしまいます。」住職は辛そうに言った。

京都には孤児院がない。何かしらの理由で親と(はぐ)れた子供は死ぬしかない。

このように寺院で養育してもらえる子供はごく一部で幸せな方である。

「お支払いは、盆と暮でご用意ができたらで結構です。今日も大豆をもってきました。子供たちの腹の足しになればよいのですが。」

たったこれだけでは、あっという間になくなるだろう。三郎は申し訳なく思う。


春は花

いざ見にでんせ 東山

色香あらそう 夜桜や


流行の端唄が聞こえてくる。見ると子供たちが歌いながら踊っている。

よく知っているなぁと思っていると、住職が、

「千歳が時々やって来て、子供たちに踊って見せるんですよ。」

千歳は、この寺でかつて世話になっていた子で、自ら芸妓になった娘だ。

「千歳は嫌がるのだが、子供たちがせがむから仕方なく。」

子供が手で扇を繰る仕草をするのを見て、お姫さんはそのうちの一人に自分の扇子を渡した。

お姫さんが葛の葉に何か話しかけている。葛の葉は自分の扇子をお姫さんに渡す。お姫さんも唄に合わせて踊りだした。踊りは適当で周りの子供たちと合っていない。芸者の舞踊など知らなくて当然だろう。でもなぜだか堂に入っている。

「あれは陰陽師の奉納舞ではないかな。声聞師(しょうもんじ)散所(さんじょ)といった卑しき者がああいった舞をします。どこで覚えたのでしょうね。」とご住職。

土御門家は、声聞師や散所と呼ばれる民間の陰陽師から貢納金の上納を受け、免状(職札)を授けている。お姫さんが舞を知っていても不思議はない。

「不思議といえば、あの娘子は狐憑きです。豹変する前に私が祓っておきましょう。」

住職の慧眼には恐れ入る。葛の葉のことかな、それとも祖霊のことかな?どちらにしても祓ってはいけない狐だろう。

「その狐はあの姫君を守護するものなので、祓いは不要です。」

「それならばよいのですが。」住職の顔はなお曇っている。

三郎はもう一度お姫さんの方に目を移す。子供たちの中に混じって、葛の葉も踊りだした。

お姫さんの手に持つ男物の扇は消炭色の地に金銀砂子(すなご)が散らしてあって、その扇がヒラヒラと舞うと、砂子が昼の光をきらきらと反射した。

貴賤混在。卑しき舞であっても美しい。三郎はしばし見入った。


清子が岩倉具視について説明する下りは、我ながらひどいです。こんな公家姫はいやですね。

この話を読んでくださる方々はこういう話も好きな知的好奇心旺盛な方だと思うので、大丈夫なはずです。申し訳ありません。

次回は、軽めの急急如律令をやります。

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